2011年 11月 のアーカイブ

Move Over(1971, 非シングル曲)/ジャニス・ジョプリン(1943-1970)

2011年 11月 30日 水曜日 筆者: 泉山 真奈美

歴史を彩った洋楽ナンバー~キーワードから読み解く歌物語~ 第8回

moveover.jpg

●歌詞はこちら http://lyrics.wikia.com/Janis_Joplin:Move_Over

曲のエピソード

1970年10月4日、滞在先のロサンジェルスのホテルで事切れているのを発見されたジャニス・ジョプリン。27歳という若さだった。死因はヘロインの過剰摂取と言われている。この「Move Over」は、彼女が死の直前まで取り組んでいたアルバム『PEARL』(1971/全米アルバム・チャートNo.1)のオープニングを飾る曲で、シングル・カットされなかったものの、ジャニスのヴォーカルが炸裂する名曲として今に聴き継がれている。イントロからして、一度聴いたら絶対に忘れられないほど強烈だ。なお、“Pearl”はジャニスの愛称。

ジャニスは恋多き女だった。バック・バンドの Big Brother & The Holding Company のメンバー数名、更には一般人の恋人もいた。が、どれひとつ実った恋はない。この「Move Over」は、特定の男性に向かって「私の目の前からさっさと消えてちょうだい」と言ってるのではなく、「お前とはもうお終いだな」と言いつつも、いつまでも彼女の周りをうろちょろする優柔不断な不特定多数の男たちに向かって啖呵を切っているもので、世の中に存在するそうした男性陣には非常に耳が痛い内容。

曲の要旨

口に出して「お前とはもうお終いだ」って言ったくせに、いつまで経ってもあたしの目の前を未練がましくうろちょろするアイツに腹が立つ。あたしにはちゃんとした男が必要なのに! 新しい恋人を作っちゃうかもよ、なんてほのめかしてみても、アイツは「好きにしな」って受け流すだけ。なのに今でもアタシの目の前からいなくなってくれない。ああ、鬱陶しいったらありゃしない! もう、とっととどっかへ消えて(move over)ちょうだいよ!

1971年の主な出来事

アメリカ: この年の春までにアメリカ軍15万人をヴェトナムから撤兵させると発表。
New York Times 紙がアメリカ国防総省の秘密文書を掲載して物議を醸す。
日本: 沖縄返還協定に調印。
世界: 印パ戦争が勃発。

1971年の主なヒット曲

Imagine/ジョン・レノン
What’s Going On/マーヴィン・ゲイ
Me And Bobby Mcgee/ジャニス・ジョプリン
Joy To The World/スリー・ドッグ・ナイト
Maggie May/ロッド・スチュアート

Move Overのキーワード&フレーズ

(a) Lord
(b) hang around someone
(c) Dontcha(=Don’t you)+ V
(d) play with someone

少し前に、ジャニス・ジョプリンが生前に付き合っていた複数の男性たちの証言映像を目にした。みなそれぞれ年齢を重ね、今ではすっかり中年~壮年層のいいオジサンになっている。激しい気性の持ち主だったであろうジャニスと男と女の関係にあった頃は、それなりに衝突もあり、苦い思いもしただろう。が、彼女が非業の死を遂げて40年以上も経った今、彼らが口々にジャニスの思い出を語る時、その顔には優しい笑みが浮かんでいた。うちひとりが、しみじみとこう言っていたのが忘れられない。“Janis wasn’t pretty, but she was cute.(ジャニスは美人じゃなかったけど、魅力的だったよな)”。すると、全員が「そうだ、そうだ」とうなずいたのである。映像の何でもないヒトコマだったけれど、思わず目頭が熱くなるシーンだった。

非アフリカン・アメリカンの女性シンガーで、ジャニスほどブルース――単に音楽ジャンルを指す言葉ではなく、「憂鬱」の意味も含む――をヴォーカルに投影した人は他にはいない。これからもジャニスに匹敵するシンガーは登場しないだろう。太く短くを地でいくような、余りに刹那的なその生き方が彼女の歌には加味されているが、そのことを差し引いても、ジャニスの歌は聴く者の心を鷲掴みにして決して離さない。

初めてジャニスの歌声に触れたのは高校時代。もちろん、それまでにもFEN(現AFN)から流れる彼女の歌声を聴いたことがあったかも知れないが、もしそうだとしても、間違いなくアフリカン・アメリカンのR&Bシンガーだと思い込んだだろう。高校時代のクラスメイトにバンド活動に熱心な友人がいて、彼女が大のジャニス信奉者だったのである。ある時、筆者の手持ちのR&B/ソウル・ミュージックのLP(CDなんてない時代)を貸して欲しいとせがまれ、何枚か渡すと、「代わりにこれ貸してあげる」と言って1枚のLPを手渡してくれた。それが、ジャニスの遺作となった『PEARL』だったのである。

1曲目の「Move Over」を初めて聴いた時の衝撃は、未だに忘れられない。「何これ?! カッコいいじゃないのっ!!」というのが偽らざる感想。以来、R&B/ソウル・ミュージックのジャンル以外のシンガーの中でも、ジャニスは特別な存在であり続けている。この曲を未聴の方は、ぜひ一度だまされたと思って(苦笑)聴いてみて下さい。ノック・アウトされること必至ですから。

ジャニスは男なしでは生きられない女だった。彼女をモデルにした映画『THE ROSE』(1979/ベット・ミドラー主演)でも、そのことが克明に描かれている。そして、本物のジャニスの気性の激しさも。振り回される男たち。付き合っている男との関係がギクシャクし始めると、「アンタなんかとはもう別れてやる!」と啖呵を切ったことは一度や二度じゃないと思う。男と切れては寂しさに苛まれ、そしてまた別の男に走…。決して淫乱なのではない。どこまでもピュアで哀しい女、それがジャニスなのだった。

(a) は困ったときや面食らった時に口にする“Jesus Christ!(何てこった!)”と同じ。言葉にならない絶望感を表す時の“Lord have mercy!(ああ!)”にも近い。ジャニスはこれを、なかなか目の前から消えてくれない男に向かって「もう勘弁してよ!」という気持ちを込めて言う。ここを「神様!」と解釈してはダメ。“Jesus Christ!”を「イエス・キリスト様!」とうっかり直訳による誤訳をしてしまうことに等しい。その昔、日本では「しまった!」と言う代わりに「南無三!」と言った。宗教絡みの決まり文句や嘆息は、洋の東西を問わず、けっこうあるものだ。ジャニスの“Lord”は、もはや懇願に近い。……と、ここで初めて邦題「ジャニスの祈り」に合点がいった。常々これは何と的外れで珍妙な邦題なんだろうと思ってきたが、そっか、歌詞にある“Lord”からヒントを得たのね、きっと。

(b) には「(目の前を)うろちょろする」という他に「~と付き合う」という意味もある。後者に匹敵するイディオム (b) 以外にもいろいろあるので、以下に挙げてみる。

(1) keep company with someone
(2) get along with someone
(3) go around with someone

(1) は日常会話としてもよく用いられる言い回しで、“company”は“I enjoy your company.(君と付き合うのは楽しいよ)”といった風に日常会話でも「付き合い」の意味で用いられる。(2) と (3) は良く似たイディオムで、ほぼ同じ意味。その他、“I’m going out with him.(私、彼とデートする仲なの)”といった言い回しも。(b) は、どちらかと言えば「仲間とツルむ」といったニュアンスを持つので、恋愛関係を余り感じさせない。なのでジャニスは、自作のこの曲で相手の男を鬱陶しい存在として表すために (b) の表現を使ったのではないだろうか。

単語と単語がくっつき、その発音がそのままスペル化されるのはよくある。(c) もその一種で、実際に次のようなタイトルの曲がある。

○Betcha(=bet + you)She Don’t Love You/イヴリン・キング(1982)
○Baby Don’tcha(=don’t + you)Worry/マーヴィン・ゲイ&タミー・テレル(1968)
○I Gotcha(=got + you)/ジョー・テックス(1972)

“you→ya→(前の単語の語尾がtの場合)cha”という変化をたどってこうなってしまう。アポストロフィが付いている場合と付いていない場合がある。“betca”は辞書によっては載っているが、“don’tcha”や“gotcha”は載っていない場合が多い。それらのもとの英文を探るには、“cha”をいったん切り離すと解りやすい。

異性の浮気をテーマにした洋楽ナンバーの歌詞に十中八九、登場するのが(d)。“You are playing with my heart.(あなたは私の心をもてあそんでいるだけ)”というフレーズを、過去に数え切れないほど訳してきた。もう少し言葉が補足されて、“You’re playing the game with me.”というフレーズも多い。意訳すると、「あなたはただの遊びのつもりなのね」。

では、(d) でジャニスは何をいわんとしているのか。「あなたは私をもてあそんでいる」だけでは、ちょっと真意が伝わりにくい。言葉を補って意訳してみると、「別れを告げておきながら、いつまでも私の側から離れないなんて、フザケないでよ!」、とまあ、こんな風になる。

さて、この曲の主人公の女性(ジャニス)と、相手の男性の行く末はどうなってしまうのだろう? これは個人的な推測に過ぎないが、実際のところ、ジャニスは「とっとと消え失せてよ!」と大見得を切ってはいても、相手の男性にまだ未練が残っているような気がする。男性の態度をハッキリ見極めたくて、無理に毒づいているとしか思えない。そしてもし、彼が「やっぱりお前とやり直すよ」とでも言ってくれたなら、きっとジャニスは満面の笑みを湛えて男性を受け入れることだろう。ジャニスという女性には、そういう可愛らしい(cute)面があったから。そんな彼女が、たまらなく好きだ。

【筆者プロフィール】

泉山真奈美(いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「リリック英文法」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。近作はマーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツ。

漢字の現在:人名と異体字

2011年 11月 29日 火曜日 筆者: 笹原 宏之

漢字の現在 第149回 人名と異体字

 戸籍には、役人(戸籍係)による、楷書ですらない筆跡も残っており、はなはだしくは毛筆の先から墨が垂れて「・」(丶)が加わってこの字体となったという話も複数聞く。届け人の個性がにじみ出たものもある。1枚の戸籍でも、同一人物が欄によって、あるいは親子の間で、名字の字体が異なるというものさえも生じた。よく語られる字体へのこだわりには、後付けのものがけっこう多い。明治初期に起こったこうした些細なできごとは、一般に記録も残されず、伝承もされなかったようだ。そこにも画数が運勢を動かす特別な力を発揮するという大正期から広まった信仰が関わり始めている。

 官報にも、その神経質ともいえる区別が再現されている。





 前回扱ったワタナベ姓は、そもそも何件あるのだろうか。そういう実態を知りたいと願う様々な人々が名簿や電話帳などを駆使して推計を出している。人生を費やした男性もいたという。そうした成果によれば、ワタナベ氏は日本のベストテンの第5位に入っているそうだ。こういうことは、アメリカや中国、韓国などのように、国が集計して発表すれば良いのだろうが、日本にはそういうものを社会や文化を知るための情報として考える風土が育たないままに、個人情報というものを拡大解釈してしまい、今や技術的にも予算的にもさほど問題はないはずだが、統計を出すことさえ敬遠する傾向が生じた。

 日本では姓名が何通りあるのかという全体像も、いくら民間の努力があってもサンプリング調査では見えない。誤字・略字を解消しよとする電子化戸籍と、総務省の住民基本台帳との字体上の不整合も、一部で目に付く。悉皆調査があってはじめて漢字コードの検討も可能だったはずであり、そうしていれば自身の姓が、字体レベルではなく字種レベルであっても、コンピューターで打てないというあちこちで起こった悲劇も回避できたように思われる。

 字体レベルの話に戻ろう。「齋(斎)藤」「齊(斉)藤」の1字目には、異体字が目立ち、種々の公私のリストには数十種は確認できる。それ以上に存在している。ある近しい齊藤家の歴代の戸籍をご厚意で見せていただいたことがあった。すると、手書きの時代には、当人たちも意識しないうちに、字体が役所内で変転を重ねていたことが分かった。

 結婚式の席次表は、前に述べたとおり、とても気をつかって姓名のフォーマルな字体が再現される。「齋」だけでなく、次のような字体が出現している。「崎」「吉」が出てこなかったのが不思議なくらいで、後は現実の縮図とも言える。

       

 「絋」という字体も見られたが、年齢から見て、「紘」だったのかもしれない。後者の字を用いた学生は、よく間違って書かれると言っていた。無理もない、よく知っている「広」という字から類推が働くためだ。

 披露宴会場をもつ都内の大手ホテルでは、部屋の名前がゴシック体で、「蓬莢」と表示されていた。恐らく「蓬萊」を入力しようとしたときに、「蓬莱」しか候補に出なかった。そこで懸命に探して、「人人」が含まれたものを見つけた、という書字(打字)の過程が浮かんでくる。田舎の旅館(第99回 山梨)とはまた異なる字体の現れ方ではないか。

 引き出物には、「壽」の異体字、「御」の異体字が、ともに筆写字形だけに辞書に載りにくい字体が印刷されている。とくに、前者は正月以外で、これほど目にする機会はなく、珍しい。披露宴の出欠の返事に用いられるハガキでも、欠席などの字を「寿」を上から書いて消すという、少しくどくも感じられかねない手法が日本で今でも行われることがある。これも、通常の辞書に載ったことはなさそうだが、日本人が編み出し、一部で喜ばれてきた文字の運用法といえるであろう。そこでは、簡易な字体の「寿」が好まれているようだ。

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【筆者プロフィール】

『漢字の現在』 『国字の位相と展開』笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
 早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。最新刊は、この連載がもととなった『漢字の現在』(三省堂、2011年8月刊行)

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【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「「渡辺」「渡邊」「渡邉」以外のワタナベさんたち」でした。

この連載への質問、また「ここでこんな字が使われていた」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「漢字の現在」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。

オバツダ

2011年 11月 28日 月曜日 筆者: 石井 正人

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(123)

パンに塗って食べるミートペーストと並んで、パンに塗って食べるいろいろな乳製品というのもドイツで味を覚えたものだった。クラフト Kraft 社のフィラデルフィア・クリームチーズさえまだ日本であまり見かけなかった頃の話である。 けれどもドイツでよく食べた塗るチーズ、日本で言うクリームチーズは、ドイツ製ではなかった。以前にドイツでさんざん世話になり、最近ようやく日本にも上陸して手に入るようになって喜んでいるキリ Kiri やブルサン Boursin といった、ハーブやガーリック入りの様々なクリームチーズを作っているベルBel社というのは、フランスの会社である。

こういう既製品もさることながら、ドイツでおいしさを知ったのは、家庭で手軽に作るチーズ・ディップだった。何日か世話になった一人暮らしの老婦人は、朝の食卓に必ず、タマネギとパセリのみじん切りとカッテージチーズを和えたもの出した。パンにのせて食べる。風味がきついのと辛みがあるので、お前には無理かも知れないが、これで私は目を覚ますので、朝食には欠かせないのだ、とその老婦人は言っていた。いや、そのおいしかったこと。日本で真似をして作ろうとするが、どうもうまくいかない。後で分かったのは、あれはカッテージチーズではなかったということだった。どうやらクヴァルク Quark というもので、味わいはサワークリームに近い。酸味となめらかさが、カッテージチーズとは比べものにならない。納豆や豆腐と同じで、やはり原材料のある本場に行かないと本物は手に入らない、というわけだ。

バイエルンで教わったのは、オバツダ Obatzda という料理だった。レストランで出していたり、既製品を売っていたりするが、もともとは家庭料理だそうだ。古くなったカマンベールにバターや柔らかいチーズを足し、タマネギやピーマンのみじん切りを加え、ハーブを入れて練り上げる。オバツダという奇妙な名前は、*angebatzte という今はもう使われなくなった動詞の過去分詞のバイエルン訛りで、押し潰し混ぜる、というような意味だそうである。ホームメード・チーズディップの極点と申すべきか。病みつきになるお味である。

昔は肉などほとんど口に入らなかった農民が、肉の代用に乳製品を使って工夫した田舎料理というものがあって、オバツダはその典型的な例なのだという話を聞かせてくれたドイツ人の友人がいた。大変興味深い話なのであちこち調べているのだが、残念ながらまだどうも調べきれないでいる。

【筆者プロフィール】

石井 正人(いしい・まさと)
千葉大学教授
専門はドイツ語史
『クラウン独和第4版』編修委員

【編集部から】

2008年2月に『クラウン独和辞典』(第4版)が刊行されました。日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。

An Unofficial Guide for Japanese Characters 88

2011年 11月 27日 日曜日 筆者: SADANOBU Toshiyuki

<< An Unofficial Guide for Japanese Characters 87

Speakers that cannot speak about “class”

Previously, I said that the “baby” and “youth” often become “runt” characters who are oblivious to hierarchy, and that this is expected by the people around them. “Status” is not the only thing about which adult characters (“elderly” and “senior citizen”) are aware, but child characters (“baby” and “youth”) are not. We can make a similar observation about “class.”

For example, a child might say “a woman came walking slowly (yukkuri)…” But a child (at least a “baby”) wouldn’t say “a woman came walking languidly (shizushizu to)…”

Languidly (shizushizu to) does not just mean to walk quietly and slowly. It is used for the quiet and slow walk of a “refined” person, normally a “woman.” It is different from the “tottering” (yota yota) gait of a “senior citizen” character. It is also different from the “toddling” (yochi yochi) walk of a “baby.”

But I do not want to get into the issue of how “baby” characters walk here. The problem is not the baby as a walker (expression character), but rather as a speaker (verbal character). If the “baby” sees the behavior of a “refined” “woman,” that “baby” will not say “she walks languidly.” That is to say, “babies” cannot speak about “class.” Of course, in reality, babies can sense a range of refinement and vulgarity. We need only look back on our own childhoods to see this. However, “baby” characters are not conscious of “class,” and do not speak about “class.”

Maybe they just haven’t been taught the word “languidly” at school yet? Hmm… maybe. Isn’t it easier to imagine adults (“elderly” and “senior citizen”) as the kind of speakers who would use the expression “languidly” to describe the gait of a “refined” “woman” character? It’s hard to imagine not only a “baby,” but also a “youth” character, who one would expect to know the word, to use “languidly.”

On another note, the “God” character might announce, “The queen will walk quietly to her throne,” but would not say “The queen will walk languidly to her throne.” (Or at least, any God that did say this would not be a majestic “God,” but rather a fairly anthropomorphic god.)

If “God” does not use the expression “languidly” to describe the gait of a “refined” “woman,” it is not because he doesn’t know the word (of course he knows… he is “God” after all), but rather because of a problem with character. That is, because “God’s” “status” is “highest of the high,” he does not speak of mundane matters such as “class” or lack thereof.

Only humans living in the real world speak of “class,” especially “adults” (“elderly” and “senior citizen” characters) who are thoroughly submerged in the mundane. But it is not suitable for “children” (“baby” and “youth” characters).

author

Bonnou no Bunpou: Taikien o Kataritagaru Hitobito no Yokubou ga Nihongo no Bunpou System o Yusaburu Hanashi (The Grammar of Earthly Desires: How Our Desire to Narrate Daily Experiences Shape Japanese Grammatical Systems)Toshiyuki SADANOBU.
Professor of Linguistics at Kobe University. Ph.D.: Kyoto University, 1998. Research Interests: Personal Experience in Grammar and Communication.
Selected Publications:
(1) Bonnou no Bunpou: Taikien o Kataritagaru Hitobito no Yokubou ga Nihongo no Bunpou System o Yusaburu Hanashi (The Grammar of Earthly Desires: How Our Desire to Narrate Daily Experiences Shape Japanese Grammatical Systems). Tokyo: Chikumashobo, 2008;
(2) Sasayaku Koibito, Rikimu Repootaa: Kuchi no naka no Bunka (Whispering Lovers and Creaking Reporters: Culture in Our Mouth). Tokyo: Iwanami, 2005;
(3) Ninchi Gengoron (A Cognitive Study of Language). Tokyo: Taishukan, 2000.
URL:http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

角色大世界――日本 88

2011年 11月 27日 日曜日 筆者: 定延利之(中文)

<< 角色大世界――日本 87

讲述不了“品”的说话者

上回叙述到,“幼儿”和“年轻人”容易成为不意识“格 (调)”上下级的“ごまめ(Gomame, 小家伙)”。而且,周围的人也有那样期待。像“格 (调)”这样,大人(“中年人”、“老人”)意识小孩(“幼儿”“年轻人”)却不意识的情况,在“品 (格)”里也可观察的到。

例如,如果小孩子说:“有个女人呢,慢慢地,走了过来……”的话,没有什么可奇怪的。但是,如果说:“有个女人呢,しずしずとね(shizushizu-to-ne,静悄悄地),走了过来……”的话,就太不像孩子了。因为,这不是小孩子(至少不是“幼儿”)的技能。

“しずしずと歩く(shizushizu-to aruku, 静悄悄地走)”,不单单是静静地慢慢地走。“しずしずと歩く(shizushizu-to aruku, 静悄悄地走)”是指“优雅”的人物,一般是“女人”静静地慢慢地走路的样子。这个与“老人”的“よたよた(yotayota, 蹒跚)”的脚步不一样。也跟“幼儿”的“よちよち(yochiyochi, 摇摇摆摆)”的走步不一样。

不不,我可不是要讨论“幼儿”的走路问题。我想说的不是走路的方式(行为角色形象),而是作为说话者(话语角色形象)的“幼儿”。即使“幼儿”看到“优雅”的“女人”的举止,也不会用“しずしずと歩く(shizushizu-to aruku, 静悄悄地走)”来表达。也就是说,“幼儿”讲述不了“品 (格)”。当然,现实生活中的幼儿们或许知道什么是优雅,什么是下贱粗鲁。回想一下我们的幼年时代的话,就会明白。但是,一旦成为“‘幼儿’角色”的话,似乎就不意识“品 (格)”,也不讲述“品 (格)”了。

什么?您说,那只不过是因为在学校晚些才教“しずしず (shizushizu)”这个词的缘故吗?嗯,是那样的吗?关于用“しずしず (shizushizu)”来表达“优雅”“女人”的走步的说话者,在脑海中马上呈现出的应该是“大人们”(“中年人”“老人”)吧。反而联想不到“幼儿”和应该知道“しずしず (shizushizu)”这个词的“年轻人”吧。

还有,神仙在告知启示的时候,会说“女王在那个时候,会静静地走向宝座吧”,而不说“‘しずしず(shizushizu, 静悄悄)’地走向宝座吧”。(如果会说的话,那就不是庄严肃穆的“神仙”角色,而是洋溢着人性的神吧。)

“神仙”不用“しずしず (shizushizu)”来表达“优雅”的“女人”的走步,不是因为“神仙”不知道“しずしず (shizushizu)”这个词(是肯定知道的吧,毕竟是“神仙”嘛)。而是,角色的问题,即,“神仙”的“格 (调)”级别是“特上(Tokujô, 最高级别)”,因此就不能讲述“品 (格)”之好坏这么庸俗的事情。

讲述“品 (格)”的是尘世间的人们,尤其是,身上沾满世俗的“大人们”(“中年人”“老人”)的拿手戏。对于“孩子们”(“幼儿”“年轻人”)就不太适合了吧。

author

《烦恼的语法―人们想谈体验的欲望会动摇日语的语法体系》(筑摩新书,2008)定延利之(SADANOBU, Tosiyuki)
神户大学大学院国际文化学研究科教授。文学博士。
专业:语言学、交际学。现在正在进行的课题:《与人物形象相应的音声语法》的研究、《以日语、英语和汉语对照为基础,制定有益于日语音声语言教育的基础资料》。
著作:《Ninchi Gengoron (认知语言论)》(大修馆书店,2000)、《Sasayaku Koibito、Rikimu Repotaa―Kuchi-no-naka-no Bunka (喃喃细语的恋人、用力说话的报告人―口中的文化)》(岩波书店,2005)、《Nihongo Fushigi Zukan (日语不可思议图鉴)》(大修馆书店,2006)、《Bonno-no Bunpo―Taiken-o Katari-tagaru Hitobito-no Yokuboo-ga Nihongo-no Bunpo Shisutemu-o Yusaburu Hanashi (烦恼的语法―人们想谈体验的欲望会动摇日语的语法体系)》(筑摩新书,2008)等等。

地域語の経済と社会 第178回 「方言ネクタイはいかが?」

2011年 11月 26日 土曜日 筆者: 日高 貢一郎

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第178回 「方言ネクタイはいかが?」

 男性のおしゃれで特に目立つのは、ネクタイでしょう。色・柄・デザイン・素材・大きさ(幅)などにその人のセンスや好みが表れますし、ずいぶん印象が違ってきます。

 ちょっと変わり種のネクタイとして、「方言」をあしらったものがあります。

(クリックで拡大表示します)
【写真1 金沢弁の方言ネクタイ3種】
【写真1 金沢弁の方言ネクタイ3種】

 以前(平成6年)、大阪なんばの高島屋デパートが、父の日のプレゼント用などにと、おもしろ企画として、大阪の名物=タコ焼きや、けつねうどん、通天閣、関西空港、などをデザインしたネクタイと並んで、「方言ネクタイ」を何種類も作って大変話題になったことがありました。(詳しくは、日本方言研究会編『方言の現在』所収の拙稿「方言の有効活用」を参照)

 おそらく全国的には同様な“ご当地ネクタイ”がいろいろ登場しているだろうと思いますが、そのひとつ、金沢の「方言ネクタイ」を手に入れました。

 パッと見ただけでは「方言」とは気づかないかもしれませんが、目を近づけてよ~く見てみると、次のような方言が実にたくさん、ネクタイの全面に斜めにびっしりと並んでおり、それに太字で書いた語が混じっていて、変化を付けるアクセントになっています。

あだける あてがいな あのおんね あらみち あんか
いーじー いかなてて いさどい いじっかしい
うつぶらいかく うまそい うら えびす えんじょもん
おいだすばせ おいね おゆるっしゅ かさだかな
がっぱになる かやる がんこ きときと きまっし … 

 このネクタイは、金沢美術工芸大学の視覚デザイン専攻の学生たちが、金沢をアピールしたいとデザインしたものだそうで(平成17年)、方言版(エンジ・紺の2色)の他に、友禅流し、加賀鳶、加賀野菜、石川県の地図を図案化したものなどもあり、全部で6種類、色違いを入れると合計13のバラエティーが作られたとのこと。

 正絹で2500円(+税)と手頃な価格設定もあって、地元の人たちにも、また観光客からも大変好評で、息長く売れ続けており、平成19年には第2弾も作られ、このときに方言版はピンク・紺・ダークグレーの3色に増えた由。

【写真2 金沢弁の方言リスト(77語を収録)】
【写真2 金沢弁の方言リスト(77語を収録)】

 方言ネクタイには、書かれている方言とその意味がわかりやすいように、大剣(幅の広いほう)の内側にポケットを付けて小さな「方言のリスト」を入れる心配りまでされています。

 それには「金沢弁―日本の共通語―English」の3つが対比されていて、「Let’s start step1 ア行」から「Finale! step7 ヤ行 so, you are a master of kanazawa dialect!!」まで、合計77語が紹介されています。
 裏表紙には、「Let’s spread kanazawa dialect over the world 金沢弁を世界中に広めよう!」とあります。

 その土地らしい名産品や、代表的な風景、建造物、食べ物などと並んで、地元の方言がネクタイに取り入れられ、それが男性の胸元を飾って地域PRの一助にもなっている……。
 考えると、ちょっと楽しい遊び心の表現になっています。

 

《参考》 『北国新聞』(平成17年12月3日朝刊)で、このネクタイのことが紹介されました。また、金沢の古書店「近八書房」のブログでも、この新聞記事と方言ネクタイが写真入りで紹介されています。http://chikahachi.exblog.jp/2585953/

情報提供:加藤和夫・金沢大学教授

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【筆者プロフィール】

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
 井上史雄大橋敦夫田中宣廣日高貢一郎山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

日高貢一郎(ひだか・こういちろう)
 大分大学 教育福祉科学部 教授(国語学・方言学) 宮崎県出身。これまであまり他の研究者が取り上げなかったような分野やテーマを開拓したいと、“すき間産業のフロンティア”をめざす。「マスコミにおける方言の実態」(1986)、「宮崎県における方言グッズ」(1991)、「「~されてください」考」(1996)、「方言の有効活用」(1996)、「医療・福祉と方言学」(2002)、「方言によるネーミング」(2005)、「福祉社会と方言の役割」(2007)など。

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【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。
方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載。

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この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。

漢字の現在:「渡辺」「渡邊」「渡邉」以外のワタナベさんたち

2011年 11月 25日 金曜日 筆者: 笹原 宏之

漢字の現在 第148回 「渡辺」「渡邊」「渡邉」以外のワタナベさんたち

 目映い光の中で祝宴の行われる間は「鳳凰」、メニューには「海老」「蟹」。これらは常用漢字表外字だが、こういうときには、ルビなんて合わないようだ。むしろこういう感興に酔える場面では野暮とも映りかねない。カタカナ表記の「キンメダイ」より「金目鯛」、交ぜ書きの「金ぱく」よりもやはり「金箔」が選ばれていた。「贅沢」にふりがなを付けたら贅沢なイメージが損なわれてしまう、という人もいらしたことを思い出す。ふりがなも万能ではないのだ。

 披露宴の席次表では、出席者への配慮として異体字への気遣いが驚くほどなされるということは、私自身も体験した。そういう注意を促し、字を選ばせるためのリストは、いろいろな式場で準備されている。経験的に蓄積されたもののようで、各種できあがっている。私の時にも、確かあった。今回は、それを入手された新婦さんが、面白そうでしょうと事前に下さった。面白い異体字や当て字などによく気付き、教えてくださる利発な才媛ももう花嫁さんとなる。





 一般に、名前を間違えると失礼になるという前例と噂とが、このようなリストの準備を生じさせているのだろう。概して、姓名を表示する際には、中国や韓国では考えがたいほど細部の字体、さらにはデザインレベルでの区別が求められることがある。学校の名簿や卒業証書もそうだ。選挙ポスターではひらがなで表示され、開票時の得票数の確定のためには字形へのこだわりなどうかがわれないような国会議員さんたちにも、それが現れているようだ。そして、読み方までもが、ほぼ自由という日本人の多様性好みのある意味で頂点にあるのが氏名というものだ。

 最も異体字の多い漢字は何だろうか。石碑では「龜」(亀)がよく使われることもあって、六朝を中心にバリエーションが凄まじい。『偏類碑別字』のパンフを見た、少年時の衝撃は忘れられない。ただ、漢字の字典では、そういうものは選別されたり無視される傾向が強く、字典では「国」「殺」「炒」など、また別の字が採られやすい。

 日本人の姓で多そうなのが、しばしば話題に上る「渡辺」の「邊」(べ・なべ)とその異体字だ。この姓自体がとくに関東で確かに多い。とある大規模な大学の学部で、1年生の必修クラスを、姓名の五十音順で分けた結果、クラス全員が「ワタナベ」さんになったと聞いた。今はクラス分けの方式を変えたそうだが、そこではJIS第2水準の外字を含む姓名は、下の名前まで含めてすべてカタカナで表示されてしまう。そのクラスには、カタカナ化されたものを中心に数えると、何種類のワタナベさんがいたのだろうか。

 500人くらいのクラスでも、ワタナベさんが決まって複数含まれていて、あっという間に数通り揃ってしまう。「邊」「邉」「辺」と、その中間にあるさまざまな組み合わせが実在し、さらに戸籍が電子化される前はこうだった、などという変遷までが語られる(戦前から「辺」だった人もいるのだろう)。当人以外も、たいていワタナベにはいろいろな難しい字があったと記憶している(むろん、ワタベとも読む渡部は、ここでは除外している)。

 パーツが「自」か「白」か、「冖」か「宀」か、「八」か「儿」か、「方」か「口」か、しんにょうの点は1つか2つか。これらの揺れは古来の筆法などによるものであり、これだけでも組み合わせると相当な数に上るが、現実の100万人以上のワタナベ氏の用いるパーツは、こんなものではない。本家と分家とを区別するためなど、日本らしい意図的な異体字使用もあったことだろう。かつて戸籍には、略字を用いてはいけないという規定があったくらいで、事実上どういう字体で書いても良かったことが、実際の戸籍からうかがえる。

 有名ホテルの式場でのリストには、俗字の類の中でも別格の扱いで、「辺」には13種もの字体が並んでいた。同じ字種の異なる字体の識別に、よほど慣れた人でないと、正確に特定の字体を選び出すのは至難の業では、と案じてしまう。現実には、ワタナベさんだけでなく、田辺さんなども加わって、さらに複雑さを増す。

  

と3つが現れた宴があった。さらに、別の式では、

 

が現れた。前者は多いのだが、それらしいものは、JISの定めた包摂規準とは無関係に、みなこれで代用しておく、という方式も一部で実施されているようだ。

 そして、その席次表の下部には、「ご芳名の誤字がありました節は深くお詫び申し上げます」とも記してある。席次と並んで、皆がかなり細やかに気を遣うところとなっているのだろう。

 以前、印刷物で、「邊」の異体字を作り損ねて、かえって新たな字体になってしまい、それがまた前後と違うフォントとなっていたために、やけに目立ってしまったものも見た覚えがある。役所から個々人まで、さまざまな原因から新たな字体を生み出してきた。中国に行けば、どれも簡体字で「」とされることだろう。100種以上は作られてきた姓に含まれるという「辺」の異体字は、日本の漢字の特異性の一端を物語っている。

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【筆者プロフィール】

『漢字の現在』 『国字の位相と展開』笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
 早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。最新刊は、この連載がもととなった『漢字の現在』(三省堂、2011年8月刊行)

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【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「華燭の典と漢字」でした。

この連載への質問、また「ここでこんな字が使われていた」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「漢字の現在」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。

「百学連環」を読む:「アート」を巡る大いなる伝言ゲーム

2011年 11月 25日 金曜日 筆者: 山本 貴光

第34回 「アート」を巡る大いなる伝言ゲーム

 西先生が、「術(art)」の定義を示した英文を、どこから引用してきたのかという問題を追跡しているところでした。

 前回は、”(Art is )A system of rules, serving to facilitate the performance of certain actions”という文が、ウェブスターの『アメリカ英語辞典(American Dictionary of English Language)』(1828)に掲載されていることを確認しました(以下『ウェブスター英語辞典』と記します)。

 この手がかりを踏まえて、もう少し見てみることにしましょう。前回は省略しましたが、『ウェブスター英語辞典』のARTの項目全体を眺めてみると、面白いことが見えてくるのです。

 まず、項目の冒頭にこう見えます。

ART, n. [L. ars, artis; (以下略)

 これ、どこかで見覚えがないでしょうか。実は、第27回で提示した「百学連環」の文中に、これと似た表現がありましたね。再掲しておきましょう。

學術の二字則ち英語にてはScience and Artsをラテン語にはScio ars又はartis.

(「百學連環」第2段落第11文)

 なぜここでarsとartisという二つの形が並べられているのかということについて、第28回で推測を述べました。つまり、これはラテン語の辞書を引くと出てくる、主格と属格を並べたもの。西先生も、どこかからこのような表記を引いてきたのではないかというわけでした。そのarsとartisが、『ウェブスター英語辞典』にも記されています。

 続けて『ウェブスター英語辞典』を見てゆきます。ARTの項には、三つの定義が掲げられています。前回は引用しませんでしたが、第一の項目はこのように記されています。

1. The disposition or modification of things by human skill, to answer the purpose intended. In this sense art stands opposed to nature.

Bacon. Encyc.

 訳してみます。

1. 人間の技能によって事物に処理もしくは変更を加え、意図した目的に適うように仕立てること。この意味での「アート」は「自然」に対置される。

ベイコン、『エンサイクロペディア』より

 「自然(nature)」と対比される「アート(art)」、つまり人が手を加えたものということです。この場合、「人工」や「人為」といった漢語がこれに相当するでしょう。「アーティファクト(artifact/人工物)」や「アーティフィシャル(artificial/人工の)」にもつながる意味ですね。

 また、定義の末尾には”Bacon. Encyc.”と、出典と思しきものが記されています。18世紀、19世紀頃の欧米の辞書を見ていると、しばしば過去の作家が書いた文章からの引用がずらっと並んでいます。いま見た定義の場合は、定義全体をよそから引っ張ってきているということでしょうか。手がかりは、ベイコンと『エンサイクロペディア』です。

 実は、この後、文献をどのように検索し、絞り込んでいったかという過程をもう少しお見せしようと思っていたのですが、不覚にもそういうわけに行かなくなってしまいました。

 いえ、これぞという文献には辿り着いたのです。しかし、その過程で文字通り数百回の検索や閲覧を繰り返しているうちに、自分がどのようにして、その文献を探り当てたのかが判らなくなってしまったのでした。

 もちろん、ブラウザーの履歴には、検索の日時や検索語などのデータが残っています。でも、量が多すぎて、ここからなにをどうやってある文献に辿り着いたのかを特定するのは至難の業。私の記憶力の問題もありますが、注意していないと、遭遇したものを読むのに夢中になって、どうやってそこまで来たのかを忘れてしまうのです。

 調べている最中はまだしもなのですが、一晩寝てしまうともういけません。調べものをしたブラウザーで、各種サイトや文書を全部開いたままにしておいても、時間が経つともはやなにがなんだかごちゃごちゃになってしまいます。ですから、日ごろは手帖になにをどうしたかという手順ごと記しておくのですが、今回は怠ってしまったばかりに過程が失われてしまった次第です。

 ただ、記憶に残る大筋だけ言えば、一方ではウェブスターが辞書をつくる際、大いに参考にし、下敷きにしたというサミュエル・ジョンソンの英語辞典を確認し、他方では『エンサイクロペディア・ブリタニカ』を調べてゆくうちに、ウィリアム・ハズリットが書いた「ファイン・アート」の定義に出合ったのでした。次回、このことを検討して、「百学連環」に戻りたいと思います。

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筆者プロフィール

山本貴光(やまもと・たかみつ)

『コンピュータのひみつ』(朝日出版社) ジマーマン+サレン『ルールズ・オブ・プレイ』(ソフトバンククリエイティブ)文筆家・ゲーム作家。
1994年から2004年までコーエーにてゲーム制作(企画/プログラム)に従事の後、フリーランス。現在、東京ネットウエイブ(ゲームデザイン)、一橋大学(映像文化論)で非常勤講師を務める。代表作に、ゲーム:『That’s QT』、『戦国無双』など。書籍:『心脳問題――「脳の世紀」を生き抜く』(吉川浩満と共著、朝日出版社)、『問題がモンダイなのだ』(吉川浩満と共著、ちくまプリマー新書)、『デバッグではじめるCプログラミング』(翔泳社)、『コンピュータのひみつ』(朝日出版社)など。翻訳書:ジョン・サール『MiND――心の哲学』(吉川浩満と共訳、朝日出版社)ジマーマン+サレン『ルールズ・オブ・プレイ』(ソフトバンククリエイティブ)など。目下は、雑誌『考える人』(新潮社)で、「文体百般――ことばのスタイルこそ思考のスタイルである」、朝日出版社第二編集部ブログで「ブックガイド――書物の海のアルゴノート」を連載中。「新たなる百学連環」を構想中。
URL:作品メモランダム(http://d.hatena.ne.jp/yakumoizuru/
twitter ID: yakumoizuru

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【編集部から】
細分化していく科学、遠くなっていく専門家と市民。
深く深く穴を掘っていくうちに、何の穴を掘っていたのだかわからなくなるような……。
しかし、コトは互いに関わり、また、関わることをやめることはできません。
専門特化していくことで見えてくることと、少し引いて全体を俯瞰することで見えてくること。
時は明治。一人の目による、ものの見方に学ぶことはあるのではないか。
編集部のリクエストがかない、連載がスタートしました。毎週金曜日に掲載いたします。

メンテナンスのお知らせ

2011年 11月 24日 木曜日 筆者: 辞書ウェブ 編集部

システムのメンテナンスのため、以下の日時において一時的にサービスが中断いたします。
ご不便をお掛けいたしますが、ご了承くださいますよう何卒お願い申し上げます。

日時:11月25日(金)12時~13時

引き続き、小社ウェブサイトをよろしくお願い申し上げます。

フランク・エドワード・マッガリン(4)

2011年 11月 24日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・第14回

1888年7月25日9時50分、マッガリンとトローブのタイプライターコンテストが始まりました。コンテストは、手書き文書の清書45分と、口述タイピング45分の二本立てです。審判のディーン(Norman F. Dean)、ウィリアムズ(Edwin M. Williams)、ペリン(Buchanan Perin)の立会いのもと、クジ引きをおこない、まずはマッガリンが口述タイピングを、別室でトローブが手書き文書の清書を、それぞれおこないました。コンテストに用いられたのは裁判所記録で、マッガリンにとってもトローブにとっても、もちろん初めての文書でした。

同日10時50分、今度はトローブが口述タイピングを、別室でマッガリンが手書き文書の清書を、それぞれ開始しました。そして、11時35分にコンテストは終了し、審判の判定が始まりました。判定の結果は、マッガリンが、口述タイピング4294ワード、手書き文書の清書4415ワード。トローブが、口述タイピング3747ワード、手書き文書の清書3191ワード。マッガリンの圧勝でした。賭金500ドルは、マッガリンが手にすることとなりました。

「Caligraph No.2」のキー配列
(「Caligraph No.2」のキー配列)

マッガリンの勝因は、もちろんマッガリンの方がタイピング能力が高かったからですが、トローブは必ずしもそう考えませんでした。マッガリンが「Remington Standard Type-Writer No.2」を使っていて、トローブが「Caligraph No.2」を使っていたことから、これはタイプライターの差だとトローブは主張したのです。「Caligraph No.2」では、大文字と小文字が別々のキーになっており、どちらも一打で打つことができるのですが、これが逆にアダとなりました。実際トローブは、「Caligraph No.2」のキー配列のうち、小文字に関しては完璧に記憶しており、キーボードを見ずに打つことができたようです。しかし、大文字に関しては、キーボードに目をやる必要があり、それが手書き文書の清書では、大きな差となって現れたと考えたのです。というのも、口述タイピングでは固有名詞を必ずしも大文字化しなくていいのですが、手書き文書の清書では元原稿にある大文字は必ず大文字で打たなければいけません。その結果、大文字のキー配列を覚えきれていないトローブは、手書き文書の清書では、どうしても遅れをとってしまったわけです。

「Remington Standard Type-Writer No.2」のキー配列
(「Remington Standard Type-Writer No.2」のキー配列)

一方、マッガリンが使っている「Remington Standard Type-Writer No.2」では、大文字と小文字が同じキーになっており、プラテンシフト機構を使って打ち分けます。すなわち、まず「Upper Case」キーを押してプラテンを手前に移動させ、次に大文字を打ち、さらに「Lower Case」キーを押してプラテンを元の位置に戻すので、大文字を打つのに3回キーを押す必要がありました。しかしマッガリンは、キーボードを全く見ることなく、これら3つのキーを連続して素早く打つことができたのです。

翌7月26日、パレスホテルに集まった聴衆の前で、マッガリンは、目隠しタイピングの技術を披露しました。これに対しトローブは、敗北を完全に認めたうえで、「Caligraph No.2」を捨てて「Remington Standard Type-Writer No.2」に乗り換えることを宣言しました。

(フランク・エドワード・マッガリン(5)に続く)

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://slashdot.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

編集部から

安岡孝一先生の新連載「タイプライターに魅せられた男たち」は、毎週木曜日に掲載予定です。
ご好評をいただいた「人名用漢字の新字旧字」の連載は第91回でいったん休止し、今後は単発で掲載いたします。連載記事以外の記述や資料も豊富に収録した単行本『新しい常用漢字と人名用漢字』もあわせて、これからもご愛顧のほどよろしくお願いいたします。

Stand By Me (1961, 全米No.4, 全英No.1)/ベン・E・キング (1938-)

2011年 11月 23日 水曜日 筆者: 泉山 真奈美

歴史を彩った洋楽ナンバー~キーワードから読み解く歌物語~ 第7回

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●歌詞はこちら
http://www.lyrics.com/stand-by-me-lyrics-ben-e-king.html

曲のエピソード

ここ日本でも未だに人気が衰えない曲で、CMソングにもカヴァーを含めて頻繁に使われている。また、アメリカの人気作家スティーヴン・キング(Stephen King/1947-)の中編小説『THE BODY』(1982)をベースにした映画『STAND BY ME』(1986)の主題歌になったことから、同映画の大ヒットと共に曲もリヴァイヴァル・ヒットし、1986年に全米No.9を記録。なお、再レコーディングではなく、オリジナル・ヴァージョンと同じものが改めてシングル化されてヒットした。

1950年代後期~1960年代に人気を博したR&Bヴォーカル・グループのザ・ドリフターズ(The Drifters)に1959年からわずか1年間だけ籍を置き、後にソロ・シンガーに転向したベン・E・キングの最大ヒット曲で、R&Bチャートでは4週間にわたってNo.1の座に就いた。もともとはドリフターズのために書き下ろしたものだったが、彼らがレコーディングを拒否したため、ベン自身が歌うことに。一聴するとラヴ・ソングに聞こえることから、英語圏では結婚式に歌われることも多い。が、アフリカン・アメリカンの人々が「我々にも公平な権利を」と訴えたいわゆる公民権運動の萌芽を感じさせる1961年という時代を考えれば、この曲がある種のメッセージ・ソングとして捉えられたおかげでヒットしたことも見逃せない事実。さらには、曲の成り立ちには、ある有名なゴスペル・ソングが深く関わっていたのだった。

曲の要旨

誰しも、言いようのない不安に駆られて心細い気持ちになることがある。そんな時、ひとりでも自分の支えになってくれる相手がいれば、弱気な気持ちを奮い立たせることができるもの。自分を取り囲む世界がガラガラと音を立てて崩れるようなことがあっても、救いの手を差し伸べてくれる誰かがいてくれる限り、へこたれたり泣いたりしてなんかいられない。自分の支えになってくれる人の優しさを心張棒にして、何とか前を向いて生きていこう。

1961年の主な出来事

アメリカ: キューバとの国交を断絶。
人種差別反対運動のデモ隊フリーダム・ライダーズの活動が南部で活発化。
日本: 三重県名張市で死者5人を出す毒物混入事件が発生。
世界: ソヴィエト連邦(当時)が人類初の有人衛星の打ち上げに成功。

1961年の主なヒット曲

Will You Love Me Tomorrow/シュレルズ ※シレルズという表記もあり
Surrender/エルヴィス・プレスリー
Runaway/デル・シャノン
Hit The Road Jack/レイ・チャールズ
Please Mr. Postman/マーヴェレッツ

Stand By Meのキーワード&フレーズ

(a) the land
(b) stand by me
(c) shed a tear

「ダーリン」。昔から愛しい人を指すカタカナ語として用いられてきた。では、この曲では誰を指すのか? 単純に考えれば、曲の主人公の側に寄り添ってくれる愛しい人だ。が、じつはここでくり返し歌われる“darlin’(本来はdarling)”は、一種のオブラート的効果となっている。何故か。

じつはこの曲には、元歌がある。「ゴスペル音楽界のキング」、若かりし頃は「ゴスペル音楽界の皇太子」という御大層な異名をとった、アメリカの超有名牧師ジェームス・クリーヴランド(James Cleveland/1931-91)が作ったゴスペル・ナンバー「Oh Lord, Stand By Me」である。シカゴを拠点に活動したクリーヴランド氏は、高名な牧師として、そしてゴスペル界の重鎮として知られた人物。元歌となった同曲の歌詞はこちら↓

http://www.higherpraise.com/lyrics/praisethelord/7_praisethelord1622.htm

どうです? 歌詞の内容が似ていると思いませんか?

そう、この曲は、もともとはゴスペル・ナンバーだったのである。ベン自身もそのことを否定していないから、今さら隠すことは何ひとつない。タイトルからゴスペル・ナンバーを瞬時に想起させる「Oh Lord」を取っ払い、さらに歌詞にラヴ・ソング風の味付けをした。それが、オブラート的効果と言った”darlin’”の部分。

英語では、ゴスペル音楽を俗に“God’s music(神様を称える音楽)”と呼び、非ゴスペル音楽、日常生活の出来事を歌った流行歌の類を、それと相反するものとして“Secular Music(世俗の音楽)”と呼ぶ。熱心なクリスチャンや教会関係者の中には、“Devil’s Music(悪魔の音楽)”とキツい言葉で呼ぶ人も。つまりベンは、神様を称える曲を悪魔の音楽にすり替えてしまったのだ。“darlin’”のフレーズを付け加えて歌った瞬間に。

試しに、「Stand By Me」の“you”の部分を“God”や“Jesus”、“Lord”に置き換えてみると――その際、歌詞から“darlin’”をひとつ残らず削除することも忘れずに――アラ不思議! そのまんまゴスペル・ナンバーとして通ってしまう。そしてこれこそが、ベンの狙いだったのだと思う。

クリスチャン以外の人々にも聴いてもらうために、主語をボカして綴られた歌詞や洗練されたサウンドをあえて施したものを、俗に“Contemporary Gospel(現代的なゴスペル)”と呼んだりする。もしもこの曲に“darlin’”のくり返し部分がなかったなら、間違いなくそのジャンルに含まれていたことだろう。但し、“Contemporary Gospel”なるジャンル名はそう古くはなく、この曲が大ヒットしていた頃には、まだその名称が存在していなかった。何せ当時は、レイ・チャールズがゴスペル風のサウンドを従えてR&Bを歌っただけで(その時、“ソウル・ミュージック”が誕生したと言われている)、教会関係者たちに「地獄へ落ちろ!」とののしられた時代だから。ベンはプロとしてデビューした時から世俗のシンガーだったから、ゴスペル・ソングを下敷きにした曲に“darlin’”を付け加えても教会関係者たちから後ろ指を指されずに済んだわけである。

(a)を辞書で調べてみると、「[the ~] 田舎、地方」なんていう意味が載っている。必ず定冠詞を伴う。仮にそこが“in this land”なら、「この国で」という意味になる。でも、ちょっと待って欲しい。ベンはこの曲を田舎暮らしの人々に向かって歌っているのか? 答えは否、である。恐らく聴く側は、“the land”を“my land”に変換して解釈しただろうし、拡大解釈するなら、「自分たちが置かれている情況」を“the land”に重ね合わせて聴いたのではないか。1~3行目は、直訳しても意味が通ることは通るが、ここを「辛い目に遭っている」ことを示す比喩的表現だと思えば、“the land”の解釈も違ってくる。そして「ただひとつの明かり」として登場する「月明かり」は、今にも消えてしまいそうな最後の望みの綱なのだ。

この曲がリヴァイヴァル・ヒットしたきっかけを作った映画のタイトルにもなった(b)は、直訳すると「僕の側に立っていてくれ」だが、ご存じのように、この曲で歌われている意味の「~の味方になる、~を援助する」は、辞書の“stand”の項目にもしっかり載っている。そこに他の意味を付け加えるとしたら、「~を支える、~の力になる」だろうか。この曲では、むしろこっちのニュアンスが強い。

(c)を採り上げたのは、今一度、“tear”を辞書で調べていただきたいから。これが可算名詞だということを、意外に思う人もいるかも知れない。“rain”は不可算名詞だけれども、“raindrop”は可算名詞、と言えば解りやすいかも。共通しているのは、どちらも“一滴、二滴”と数えられるという点だ。では、何故にこの曲では複数形の“shed tears”になっていないのか? 普通は複数形で用いられることが多いのに。そこには、ある決意が込められているのである。「涙を一滴もこぼさないぞ」という固い決意が。かなり飛躍して意訳すると、「絶対に泣くもんか」となる。単数形の“tear”をわざわざ用いた(c)は、強い意志の表れ。これは公民権運動と連動して大ヒットしたものだ、と、その昔、大先輩の音楽評論家W氏から言われた記憶がある。ベンはそこまで考えていなかったかも知れないが、「泣くもんか」のフレーズを聴けば、何となくそのことに合点がいく。

ベンのインタヴュー映像で、彼がこの曲を「愛する人を思い浮かべながら作った」と語っていたのを聞いた。穿った見方をすれば、元歌への遠慮がそうした発言の根底にあったのではないか。少なくとも、似て非なるものとは言え、「Oh Lord Stand By Me」がなかったなら「Stand By Me」もなかったわけだし。ベンの立場上、♪… darlin’… を加えて非ゴスペル・ナンバーに仕立て直す必要があったのでは……? 何よりも、この曲がクリーヴランド牧師から盗作だとして訴えられたことが一度もなかった、という事実が、そのことを雄弁に物語っている。

【筆者プロフィール】

泉山真奈美(いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「リリック英文法」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。近作はマーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツ。

漢字の現在:華燭の典と漢字

2011年 11月 22日 火曜日 筆者: 笹原 宏之

漢字の現在 第147回 華燭の典と漢字

 教え子の結婚式が毎月続く。お招(よ)ばれにあずかり、馳せ参じると、懐かしく想い出されることが多く、そして式や宴で幸せそうな新郎新婦の晴れやかな姿を仰ぎ見ると、とても嬉しい気分を分けてもらえる。美しく装った新婦の方が概してしっかりとしているように見えるのはなぜだろう。同時に、娘を嫁がせる父親の気持ちに近い感情を覚える。

 以前、私のゼミ内で知り合って、合宿で仲良くなった教え子同士が結婚するとの喜ばしい報告を受けた。そのときには、驚きとともに運命を決定づける契機となったことに、責任と感慨を抱いたものだ(いや、ゼミなどなくとも、赤い糸で結ばれたのかもしれない)。

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 めでたい席でのスピーチは、忌み言葉などに気を遣いながらも、気の利いたことも言いたい。スピーチは頼まれないと気楽だが、少々リラックスしすぎてしまうようだ。珍にして妙な話にでも、人の良さそうな伯父さんが、意気を感じたとやってきてくださる。世の中、意外とつながっていて、座席には知っている人もたまにいたりする。

 「新郎」と「新婦」という語は、日常会話とは離れたものなので、言い間違いが頻発する。プロの司会者であっても、逆に言ってしまっては訂正をしている。「太郎」のロウはまだしも、「新婦(プ)」のプが「夫」「父」と重なる点もそれを助長している。

 小学校1年生の時の恩師という女性教諭が、「「あ」をなんてしっかり書けるんだろう、と感動した」と思い起こしておっしゃっている。私とはまさに逆の習熟ぶりで(第136回)、何だかスピーチをさせてもらったことが申し訳なくなってくる。

 いずれの式場でも披露宴会場でも、ここは中国でもベトナムでもないので、「囍」は一つも見当たらない。和洋は取り混ぜて行われても、中華風の結婚式というのは、日本人同士ではほとんど選ばれないようだ。むしろ「寿」という字がそこここに目立つが、それも大きく貼り出すことはあまりない。

 式場、披露宴会場近くの案内板に書かれた「衣装」は、表外字交じりで「衣裳」となっている。ディズニーランドの公式ホテルの式場でも、やはり「衣裳室」と同様だ。業界ではこの旧表記が根強く、戦後66年経っても「旧」という状態にはなっていない。現在、この業界や一般でも高齢層における位相表記となっている。不動産業界の「月極」など、こうした例は、気にかければいくつも拾うことができよう。

 挨拶状の「お慶び」は常用漢字表の表外訓の使用例だが、この方が「お喜び」よりも強く伝わるのだろう。この場面ではやはりすっかり定着している。

 「ご高誼」と「ご厚誼」は、挨拶状に両方見られる。耳で聞けば捨象される差だ。文脈によっては、「ご交誼」も加えても良さそうであろう。

 讃美歌などの歌詞の表記にも、位相がありそうだ。「アーメン」の「ン」が下付で小さい。その「メン」の下に、縦書き用の閉じ括弧のようなものが添えてあり、音符1つに対応するカタカナが複数並ぶ場合は、カナを小書きにして、その記号を付けるようだ。「イエス」のイエは、「イエ」とも「イェ」ともなっている。

 「祈禱」は「祈祷」、なるほど、そのほうが一般に分かりやすいし、人名用漢字にも「祷」も入ったくらいだ。「絆」も結婚式で頂く品にしばしば記されている字だ。これは、赤い糸のほかにも、さまざまな人たちとの繋がりを表現できる漢字として、その場にふさわしいものとなっている。「糸」を「半」分ずつもっているのが「絆」という話も日本らしいものだ。筆字風の書体でも「半」の「ソ」が「ハ」となっていた。ただ、明朝体の字形に倣ったということではなく、「八」のように末広がりのほうがよい、という意識がフォントデザイナーあたりに働いた、なんていうこともあるのだろうか。

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【筆者プロフィール】

『漢字の現在』 『国字の位相と展開』笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
 早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。最新刊は、この連載がもととなった『漢字の現在』(三省堂、2011年8月刊行)

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【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「中学生と「躾」」でした。

この連載への質問、また「ここでこんな字が使われていた」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「漢字の現在」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。

大規模英文データ収集・管理術 第12回

2011年 11月 21日 月曜日 筆者: 富井 篤

「トミイ方式」の変遷・3

(4) コンピュータ時代

このコンピュータ全盛の時代に、わが「トミイ方式」の中の「コンピュータ方式」の採用は、筆者自身がITに弱かったこともあり、比較的遅く、わずか10数年前です。現にいろいろな友人・知人から、「何故コンピュータを採用しないのか」、しつこく問われ続きました。しかし、いかにコンピュータが賢くても、「カード方式」のすべてにとって代われるものであるとは、コンピュータ音痴の筆者でさえも、どうしても思えなかったため、「コンピュータ方式」に切り換えることはできませんでした。そこで、全面切り替えではなく、小出しにしながら部分的に「コンピュータ方式」を採用していきました。

「トミイ方式」の外層だけしか見ることができなかった人は、そのほとんどが、「いまや、人間にできることでコンピュータにできないことは何もない」というスタンスで、「コンピュータ方式」への全面的な切り替えを迫ってきました。しかし、「トミイ方式」のすべてを隅から隅まで理解していた筆者にとっては、「トミイ方式」はそれほど単純ではなく、もっともっと奥の深いものであり、おそらく、「トミイ方式」の90%はコンピュータに取って代われるかもしれないが、取って代われないものが10%あり、その10%が「トミイ方式」の真髄であるという信念は、最後まで揺るぎのないものでした。

というわけで、「コンピュータ方式」への完全な切り替えというわけにはいかず、これまでも何回となく述べてきたように、「コンピュータ方式」の一部採用という程度になっています。

それでは、何が「コンピュータ方式」への完全な切り替えを阻んでいるかというと、そこにはいろいろな理由がありますが、大きな理由を1つだけ挙げるならば、それは「分類の煩雑さ」です。第10回(10月24日公開)で述べたように、「トミイ方式」を始めてから35年余り経過している現在では、「分類工程」はすでに終わっており、すべての英文データは「分類」だけで43,000個から45,000個あります。“「分類」だけ”と言ったのは、「トミイ方式」には、実は、その考え方として、「分類」と「順序」の2つがあり、「順序」までも入れると、数えることのできないくらいの数になります。これをコンピュータに担わせるということは、筆者自身の経験から考えると、ほとんど不可能に近く、どうしてもやろうとするならば、「カード方式」の手法をかなり取り入れなければならないことになります。

詳しいことは、後の「コンピュータ方式」による「英文データの収集と分類・収納」(II)のところで述べることにします。

したがって、現在では、「トミイ方式」は「カード方式」と「コンピュータ方式」の併用となっています。原稿が電子化されている場合には、迷うことなく「コンピュータ方式」で英文データを収集し、すでに「分類」が終わっている43,000個から45,000個の末端単位――これを、昔、使っていた言葉である「お座敷」と言っています――の中に収納しています。しかし、原稿が英字の雑誌や新聞、原書などの場合には、パソコンに打ち込んだり、OCRで電子化したりすることがリーズナブルである場合には、その作業をしてから「コンピュータ方式」で英文データを収集・収納していますが、その一連の作業がリーズナブルではない場合には、ほとんどの場合、いまだにカードに収納しています。

実は、これらの点が「コンピュータ方式」に移行するかどうかの大きな分かれ目になります。

したがって、「コンピュータ時代」と言ってはいますが、実際には「コンピュータ方式」が「カード方式」におぶさっている「カード+コンピュータ時代」といったところです。

いずれにしても、「カード方式」であれ、「コンピュータ方式」であれ、収集したデータは、必ず「使いたい時にはいつでも使えるように分類・収納されていること」、これが必須です。「収集はしたが、使おうと思っても出てこない」では、そのデータはないのも同然です。

余談になりますが、筆者は、この「カード方式」を採用するようになってからは、この方式を英文データの収集・整理のみではなく、日本語のデータ収集・整理にも使っています。

日本語の新聞、雑誌、書物などを読んでいる時、上記したような対象データを貪欲に収集しています。その対象となる読み物によって、いつでも出せるように分類・整理しているものもあり、単に収集しているだけのものもありますが、決して赤で傍線を引いたままのものはありません。

これで“4「トミイ方式」の変遷”を終わり、次回からは、「トミイ方式」の実体により近づいた“5「トミイ方式」の機能と目的”に入っていきます。

【筆者プロフィール】

富井篤(とみい・あつし)
技術翻訳者、技術翻訳指導者。株式会社 国際テクリンガ研究所代表取締役。会社経営の傍ら、英語教育および書籍執筆に専念。1934年横須賀生まれ。
主な著書に『技術英語 前置詞活用辞典』、『技術英語 数量表現辞典』、『技術英語 構文辞典』(以上三省堂)、『技術翻訳のテクニック』、『続 技術翻訳のテクニック』(以上丸善)、『科学技術和英大辞典』、『科学技術英和大辞典』、『科学技術英和表現辞典』(以上オーム社)など。

耳の文化と目の文化(33)―地名の表記(7)―

2011年 11月 21日 月曜日 筆者: 新田 春夫

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(122)

ドイツ語正書法では [t] の音はtで表す。しかし、ギリシア語起源の Theater [tea:tɐ]「劇場」、Mathematik [matemati:k]「数学」、Mythe [my:tə]「神話」などの語はドイツ語では気息音のhがないにもかかわらず原語のまま th で表記される。

ところでこれとは関係はないが、ドイツ語圏の地名の中には [t] の音が th で表記されるものがある。中部ドイツの州の Thüringen テューリンゲン、バイエルン州の、ワーグナーの祝祭劇場で名高い Bayreuth バイロイト、ドイツで初めて鉄道がニュルンベルクから敷かれた Fürth フュルト、ドナウ河畔の Donauwörth ドーナウヴェルト、また、スイスの州の Thurgau トゥールガウや都市 Winterthur ヴィンタートゥーアなどである。

Thürigen の地名はゲルマン部族のひとつのテューリンゲン族に由来する。中世語では Duringen, Türingen などと書かれていたから t による表記でいいのだが、更にそれ以前の5世紀末にはラテン語で T[h]oringi, T[h]uringi と th による表記もあったので、近世以降はそれを基にしているとも考えられる。

Bayreuth の bay- は「バイエルン族」を意味する初期中世ドイツ語の Beiera、-reuth は「開墾地」を意味する riuti から来ている。従って、-reuth は -reut と表記してもいいものである。ちなみに、これには -rod[e], -rath, rad[e], -reut, ried などの異形がある(Gernrode ゲルンローデ(ザクセン=アンハルト州)、 Benrath ベンラート(ノルトライン=ヴェストファーレン州)、Autenried アウテンリート(バイエルン州))。

Fürth は Frankfurt フランクフルトの -furt と同じく、「歩いて渡れる川の浅瀬」を意味する語に由来するからこれも t の表記でいいものである。

Donauwörth の -wörth は中世語の「川中島」を意味する wert から来ているから、tの表記が本来である。-wörth は -werth、低地ドイツ語では -werder などの異形があり、このような地形は各地にあるので地名としては前に他の語をつけて区別している:Kaiserswerth カイザースヴェルト(ノルトライン=ヴェストファーレン州)、Finkenwerder フィンケンヴェルダー(ハンブルク州)。従って、Donauwörth はもともとは「ドナウ川の川中島」という意味である。

スイスの州名の Thurgau はこの州にある村のひとつ Turgi に由来する。従って、州名の Thurgau の th も t でもかまわないはずのものである。また、Winterthur という地名もケルト起源の名前にも基づくローマ人の居住地 Vitudurum に由来すると考えられているから、本来 -thur は tur と表記されてもいいものである。

【筆者プロフィール】

新田 春夫(にった・はるお)
武蔵大学教授
『クラウン独和辞典第4版』編集委員

【編集部から】

2008年2月に『クラウン独和辞典』(第4版)が刊行されました。日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。

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