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談話研究室にようこそ 第16回 失敗する呪文(その2)

2011年 11月 17日 木曜日 筆者: 山口 治彦

第16回 失敗する呪文(その2)

 ふたつめの失敗例は,シリーズ第2作の『秘密の部屋』で,ハンサムだが魔法の腕はさっぱりというインチキ教師ロックハートが,暴れる妖精たちを鎮めようと,無駄に発する呪文です。

 もっとも,いかにダメ魔法使いといえども,先の少年ロンとは違ってロックハートは大人です。また,事実はどうあれ,彼は有能な魔法使いを演じています。「お日さま,ひなぎく,熟したバター…」のようにあからさまに幼稚な呪文ではまずい。では,どんな呪文がいいでしょうか。作者ローリングの答えはこうです。

(20) Peskipiksi Pesternomi(ペスキピクシー・ペステノーミー)

 一見したところ,英語らしくない綴りです。 綴りを工夫して,見かけだけ呪文らしくしてあります。ですが,この呪文は次のようにたやすく分解できます。

(21) pesky + pixie + pester + no + me
厄介な 小妖精 悩ます ダメ 私を

 意味も分かりやすいですね。「やっかいな妖精よ,わたしをなやませるな」ということです。

 留意すべきは,pester + no + meのところがピジン英語のもじりになっていることです。ピジン英語とは,英語と現地語の混交が起こってできた簡略英語です。

 たとえば,おどけた挨拶に用いられる“long time no see”(お久しぶり)という表現は,ピジン英語が標準英語に取り入れられた例です。“I haven’t seen you for a long time”と言うべきところを,主語(I)や前置詞(for),冠詞(a)を省き,否定の助動詞は本来haven’tのところをnoだけで済ますという簡略ぶりです。

 “perster no me”と“long time no see”では,このnoの使い方が似ています。動詞(pester/see)の前からか後からかという違いはあるものの,どちらも否定の助動詞として機能します。

 要するに,まじめな呪文は格の高いラテン語系の単語をもとにして作られているのに対し,このPeskipiksi Pesternomiはカタコト英語の香りがするわけです。ピジン日本語であるアルヨことばで訳すと,「困った妖精,ワタシ悩ませる,やめるヨロシ」のような感じです。

 ラテン語系のことばが持つ由緒正しい格の高さは望むべくもありません。カタコトのピジン英語を想起させることによって,この呪文の権威を意図的におとしめています。(20)は,失敗すべくして失敗する呪文なのです。作者ローリングの仕掛けは,なかなかに手が込んでいます。

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【筆者プロフィール】

『明晰な引用,しなやかな引用』(くろしお出版) 『語りのレトリック』(海鳴社)山口治彦(やまぐち・はるひこ)

神戸市外国語大学英米学科教授。
専門は英語学および言語学(談話分析・語用論・文体論)。発話の状況がことばの形式や情報提示の方法に与える影響に関心があり,テクスト分析や引用・話法の研究を中心課題としている。
著書に『語りのレトリック』(海鳴社,1998)『明晰な引用,しなやかな引用』(くろしお出版,2009)などがある。

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【編集部から】

雑誌・新聞・テレビや映画、ゲームにアニメ・小説……等々、身近なメディアのテクストを題材に、そのテクストがなぜそのような特徴を有するか分析かつ考察。
「ファッション誌だからこういう表現をするんだ」「呪文だからこんなことになっているんだ」と漠然と納得する前に、なぜ「ファッション誌だから」「呪文だから」なのかに迫ってみる。
そこにきっと何かが見えてくる。

2011年 11月 17日