地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第181回 田中宣廣さん:「続土佐日記」

筆者:
2011年12月17日

高知で調査した方言の拡張活用例の報告の続きです。

【帰ろう 変えろう】
【写真1 帰ろう 変えろう】
(クリックで全体を表示します)

高知県出身の若者(特に県外の大学に進学している高知県出身の大学生)に,ふるさとに戻って就職してもらうための,幟がありました。私は,勤務校で学生の就職支援の担当をしているので,高知市内のジョブカフェに立ち寄り,すぐ目に止まりました。

「帰ろう! 変えろう!」です【写真1】。全く同音の二つの文で,リズムを出しています。(左の「高知県」とは,これが県庁の事業なので,実施主体名を示しているもので,メッセージとは別のものです)殊に,その第2文において高知方言をとても上手に活用することにより,全体として,「ふるさとに戻って来て将来も高知県を支えてもらいたい」という意図が,高知県出身の若者によく伝わる方言メッセージとなっています。

第1文の「帰ろう」は共通語と同じですね。第2文の「変えろう」は,共通語では「変えよう」となるところですね。動詞「変える」が下一段活用なので,共通語では勧誘の助動詞は「―よう」が着きます。高知方言では,そこが違うのです。

「変える」のような一段活用動詞の,意志勧誘の表現では「―ろう」が着きます。この事象について,共通語との違いは,意志勧誘の助動詞の違い(「―よう」と「―ろう」)と見るか,鹿児島方言などのような,共通語で一段活用の動詞のなかの,「ラ行五段活用」になっている例と見るかは,意見が分かれます。というのは,鹿児島方言などでは,全活用形を通して五段活用化が認められるのに対し,高知方言では,意志勧誘表現だけにラ行(ロ)が出てくるからです。もし,「変えらん」「見らん」「食べらん」(打ち消し)などの例があれば,五段活用化とはっきりするのですが,高知では,「変えん」「見ん」「食べん」となりますので,助動詞の違いという考えも出てくるのです。このような高知方言の事象を,上手に活用した方言メッセージとなっています。

【農業の幟】
【写真2 農業の幟】(一部加工)
(クリックで他業種も表示します)

なお,高知県庁のウェブページ内でも,このメッセージと趣旨について説明しています。URLは,http://www.pref.kochi.lg.jp/soshiki/151401/kaerou.html です。

 また,この幟は,ジョブカフェで扱っている職種(事務系や営業系)のほか,第一次産業にもあり,各業種で色を変え,全部で5種類あります【写真2】。高知空港のロビーに全種類掲示されていました。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 田中 宣廣(たなか・のぶひろ)

岩手県立大学 宮古短期大学部 図書館長 教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『近代日本方言資料[郡誌編]』全8巻(共編著,港の人)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。

『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。