2011年 12月 のアーカイブ

フランク・エドワード・マッガリン(6)

2011年 12月 8日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・第16回

ニューヨークに30日間滞在すると公言していながら、マッガリンは8月13日、カナダのトロントにいました。カナダ速記協会(Canadian Shorthand Society)の第7回年次大会に参加するためでした。カナダ速記協会の年次大会では、この数年というもの、タイプライターのエキシビションがコンテスト形式でおこなわれていました。1888年8月の第7回年次大会では、4つのメダルを賭けてタイプライターコンテストがおこなわれました。タイプライターコンテストの参加者は、男性5名と女性5名の合計10名で、うち5名が「Remington Standard Type-Writer No.2」を、残りの5名が「Caligraph No.2」を使用していました。

コンテストの最初の競技は、手書き文書の清書でした。ビジネスレターを5分間、裁判の証言録を5分間、それぞれ清書するもので、優勝者には金メダルが、準優勝者には銀メダルが授与されることになっていました。この競技の結果は以下のとおり([R]と[C]は使用機の頭文字を表します)。

ビジネスレター 裁判の証言録 合計
オール女史[R] 2451ワード 2484ワード 4935ワード
マッガリン[R] 2401ワード 2355.5ワード 4756.5ワード
オズボーン[C] 2320ワード 2357ワード 4677ワード
グラント夫人[R] 2219ワード 2242.5ワード 4461.5ワード
マクブライド[C] 2141ワード 2173.5ワード 4314.5ワード
マクマナス女史[C] 2091ワード 2098.5ワード 4189.5ワード
ヘンダーソン夫人[C] 1907ワード 2071.5ワード 3978.5ワード
ベリー女史[R] 1908ワード 2018ワード 3926ワード
スナイダー[R] 1673ワード 1771.5ワード 3444.5ワード
ニコラス[C] 遅刻のため記録なし

金メダルはオール女史が、銀メダルはマッガリンが獲得しました。タッチタイピストのマッガリンが、2本指タイピストのオール女史に敗退したのです。

2つ目の競技は「This is a song to fill thee with delight.」を繰り返し叩いて、そのスピードを競うもので、優勝者には銀メダルが授与されることになっていました。結果は、オズボーン(Thomas W. Osborne)が630.7ワードを叩いて優勝、銀メダルを獲得しました。3つ目の競技は、カーボン紙をはさんだ15枚の紙に同時にタイピングするという競技で、ヘンダーソン夫人(Mrs. A. J. Henderson)が優勝し、銀メダルを獲得しました。

マッガリンにとって、世界一のタイピストはおろか、2本指打法のオール女史にすら敗退してしまったのは、かなりショックだったようです。しかも、レミントンの親会社であるウィックオフ・シーマンズ&ベネディクト社は、オール女史と契約を結んで、レミントン・タイプライターの広告を打ち始めました。かなりの訓練を要するタッチタイピングより、2本指でも高速なタイピングが可能だ、というのが、ウィックオフ・シーマンズ&ベネディクト社の広告戦略でした。

ウィックオフ・シーマンズ&ベネディクト社の広告(『Scribner's Magazine』1888年12月号)
ウィックオフ・シーマンズ&ベネディクト社の広告(『Scribner’s Magazine』1888年12月号)

(フランク・エドワード・マッガリン(7)に続く)

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://slashdot.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

編集部から

安岡孝一先生の新連載「タイプライターに魅せられた男たち」は、毎週木曜日に掲載予定です。
ご好評をいただいた「人名用漢字の新字旧字」の連載は第91回でいったん休止し、今後は単発で掲載いたします。連載記事以外の記述や資料も豊富に収録した単行本『新しい常用漢字と人名用漢字』もあわせて、これからもご愛顧のほどよろしくお願いいたします。

All I Want For Christmas Is You (1994, 全英No.2)/マライア・キャリー (1970-)

2011年 12月 7日 水曜日 筆者: 泉山 真奈美

歴史を彩った洋楽ナンバー~キーワードから読み解く歌物語~ 第9回

alliwantforchristmasisyou.jpg

●歌詞はこちら
http://www.stlyrics.com/lyrics/loveactually/alliwantforchristmasisyou.htm

曲のエピソード

マライア・キャリーのクリスマス・アルバム『MERRY CHRISTMAS』(1994/全米アルバム・チャートNo.3/当時、アメリカ国内だけで400万枚以上の売り上げを記録)に収録されている曲で、今やクリスマス・シーズンの定番ソングのひとつ。邦題を「恋人たちのクリスマス」という。同アルバムには、この曲のようなオリジナルのクリスマス向けラヴ・ソングの他、『聖書』の場面に基づいた讃美歌、伝統的なクリスマス・ソングも収録されている。

この曲がリリースされた当時、マライアは所属する Sony Music の会長トミー・モトーラ(Tommy Mottola)の妻だった。彼は、マライアを発掘した張本人であり、彼女をスターダムに押し上げた育ての親でもある。1993年、モトーラ氏は先妻と別れて晴れてマライアと結婚。当時、略奪婚と騒がれた。新婚ほやほやの時にレコーディングされた曲であるため、マライアはタイトルにある“you”を夫に重ねて歌ったのだろう。が、両者は1998年に離婚し、その後、それぞれ再婚している。

本国アメリカでは、エア・プレイ・チャートで何度かチャート・インしており、リリース年の1994年にNo.12、1995年暮れに再度エア・プレイ・チャートに登場し、その際はNo.35、1996年暮れにも同チャートに登場してやはりNo.35を記録している。このように、既存のクリスマス・ソングが冬場に複数回チャート・インする例は過去にもあり、有名なビング・クロスビー(Bing Crosby/1903-1977)の「White Christmas」は、1954~1962年の8年間に、何と6回も全米チャートのトップ40圏内にランク・インされている(最高順位は1955年の全米No.7)。マライアによるこの定番クリスマス・ソングも、アメリカ国内で正式にシングル・カットされたなら、「White Christmas」と同じ現象が起こることは必至。

曲の要旨

クリスマス・ツリーの下に積み上げてあるような、ありきたりなクリスマス・プレゼントなんて欲しくない。私が望むたったひとつのクリスマス・プレゼント、それはあなた。特別な日のクリスマスに、私はあなたと一緒に過ごせればそれで幸せ。だから、サンタクロースに送る「クリスマスに欲しいもの」のリストなんて作る必要もないの。あなたが思っている以上に、私が秘めたあなたへの愛情は深いのよ。私が欲しいのはあなただけ。

1994年の主な出来事

アメリカ: ロサンジェルスのノースリッジで大規模な地震が発生。
日本: 松本サリン事件が発生し、世間を震撼させる。
世界: ノルウェイのリレハンメルで冬季オリンピック開催。
アフリカのルワンダで紛争が激化し、大量虐殺へと発展。

1994年の主なヒット曲

The Power of Love/セリーヌ・ディオン
The Sign/エース・オブ・ベース
Bump N’ Glind/R. ケリー
I Swear/オール・4・ワン
On Bended Knee/ボーイズIIメン

All I Want For Christmas Is Youのキーワード&フレーズ

(a) for one’s own
(b) underneath the mistletoe
(c) make a list
(d) Saint Nick

クリスマス・シーズンが近づくと、ラジオからも街角のスピーカーからも、日がな一日クリスマス・ソングが流れてくる。特に日本で人気が高いのは、ワム!の失恋クリスマス・ソング「Last Christmas」(1984)とマライアのこの曲。曲のエピソードでも触れたマライア名義のクリスマス・アルバムの他、クリスマス・ソングばかりを集めた日本編集のコンピレーション・アルバムにも収録され、好評を博した。『聖書』に登場する場面(たいていの場合、イエス・キリスト降誕の前夜とその瞬間)が出典となっている讃美歌や、誰もが知っている定番中の定番ソング、例えば「ジングル・ベル」、「赤鼻のトナカイ」、「ママがサンタにキッスした」などとは異なり、最初からオリジナルとして作られたクリスマス・ソングがここまで聴き継がれることは滅多にない。

“Christmas”は、“Christ(イエス・キリスト)”+“-mas(~の祝日、の意)”から成る言葉、なんてことを知らなくても、西洋文化がドッと押し寄せて以来、日本人は長きにわたってクリスマスを特別な日として楽しんできた。そのことは、日本に限ったことではないらしく、筆者は過去に、「クリスマスの本当の意味を考えたことがある?」といった内容のオリジナル・クリスマス・ソングを訳した経験がある。「本当はイエス様の降誕を祝う日で、厳かに過ごす日なのよ」と諭す内容だったが、そのオリジナル・クリスマス・ソングは、どうしたわけか定番にはならなかった。説教くさい歌詞が嫌われたせい?

「クリスマスの日に(プレゼントとして)欲しいのはあなただけ」と、マライアは歌う。その思いは、(a)に凝縮されている。「あなたに私だけのものになって欲しい」と。そこのフレーズを深読みするなら、マライアが最初の夫モトーラ氏を「(不倫関係ではなく)私だけのもの」にしたい、つまり「奥さんと別れて私だけのものになって欲しい」と言ってるようにも聞こえる。もっとも、この曲がレコーディングされた1994年夏には、彼女は晴れて彼の妻の座に収まっていたのだけれど……。

(a)の前置詞“for”を“on”に変えると、途端に意味が全く違ってくるので、参考までに以下に記してみる。

on one’s own(自分だけの力で、独力で、たった独りで)

“for”が“on”になっただけで、ここまで意味が違ってくる。“I’m going to live my life on my own.(私はたった独りで生きていく覚悟です)”という風に使う。実際に、往年のR&Bシンガー、パティ・ラベル(Patti LaBelle/1994-)と、ドゥービー・ブラザーズ(The Doobie Brothers)の元メンバーで後にソロ・シンガーに転向したマイケル・マクドナルド(Michael McDonald/1952-)のデュエットによるヒット曲に、「On My Own」(1986, 全米No.1)というのがあった。同曲は、同棲していた男女に別れが訪れ、「今はあなた(君)なしの独りぼっちの生活を寂しく送っている」と歌った悲しい内容だった。筆者は、高校時代にグラマーのテストで、あるイディオムの前置詞を間違えてしまったがために、バツをくらって口惜しい思いをしたことがある。なので、お節介と思いつつ、(a)から想起した違うイディオムを記してみた。

クリスマス・ソング、とりわけオリジナルのものには、(b)にある“mistletoe”が頻繁に登場する。意味は「寄生木(やどりぎ)」で、クリスマスの時期に装飾のために用いられる植物。花言葉が「征服」であることから、次のようなイディオムが生まれた。

kiss under the mistletoe(クリスマスの季節に飾った寄生木の下にいる女性にキスする)

このイディオムの由来は、「クリスマスのために飾った寄生木の下にいる女性にはキスしてもいい」という西洋の習慣で、マライアはそれを踏まえて「寄生木の下であなたが来てくれるのを待っているわ」と歌っているのである。クリスマスに彼が彼女のもとを訪れて、彼女の唇を奪ってくれることを期待しつつ……。

これまたオリジナルのクリスマス・ソングによく出てくる(c)は、既存のイディオム“make a list of ~(~のリストを作成する)”に基づいたもの。ところが、クリスマス・ソングに限り、“of ~”の部分がないものが多い。なぜなら、(c)だけで意味が通じるから。クリスマス・ソングにおける“a list (or lists)”は、「誰に対してどのようなクリスマス・プレゼントを贈るか」を書き留めておくメモ(これは大人がよくやる行為)、もしくは子供が一生懸命に考えながら綴る「サンタクロースへ送る欲しいものリスト」を書き連ねた手紙を指す。が、マライアは「欲しいものリストは作らない」とキッパリと断言。欲しいものが愛しい男性だけだからである。

サンタクロースの異名は複数ある。(d)もそのひとつで、もともとは、4世紀に実在した小アジアの宗教 Myra の司教の名前。後に、子供たちや旅人たちの守護聖徒(守り神みたいなもの)として崇められるようになり、さらにはサンタクロースの起源ともなった人物、と言われている。正式名は“Saint Nicholas”。クリスマス・ソングの歌詞にも、度々、登場する。この曲では、「Saint Nickに『欲しいものリスト』を送らない」といってることから、サンタクロースの異名として使われていることが明らか。

ここでちょっとアメリカ英語の発音の話を。“t”が“d”化するのはアメリカ英語の発音の特徴のひとつだが、“-ta”が“-na”に聞こえることもまた、そのうちのひとつ。例えばマライアがこの曲で口にする“Santa Claus [sǽntəklɔ̀ːz]”の“Santa”が [sǽnə] と聞こえるように。“-ta”で終わる英単語の“Atlanta”も [ætlǽnə] と聞こえることがある。このように、“-ta”はアメリカ英語の発音では“-da”もしくは“-na”になる場合が多いので、それらの単語をネイティヴが口にするのを注意深く聴いてみていただきたい。

オリジナルのクリスマス・ソングでありながら、この曲には西洋におけるクリスマスの慣習がところどころに織り込まれていて、聴いていてとてもためになる。みなさん、今年のクリスマスには、家の中に寄生木を飾ってみませんか?

【筆者プロフィール】

泉山真奈美(いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「リリック英文法」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。近作はマーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツ。

漢字の現在:「瓲」「屯」「t」

2011年 12月 6日 火曜日 筆者: 笹原 宏之

漢字の現在 第151回 「瓲」「屯」「t」

 浜松町と羽田空港を繋ぐ東京モノレールは便利で、継ぎ目がない線路(?)でスーーッと移動していく。あたかも安全なジェットコースターのようだ。ネット上では、わざわざ「モルーノレ」と、「モノレール」の字をバラバラにして表記する人たちもいる。

 駅名には、「天空橋」、命名のセンスに感心する。「昭和島」、この車体もかつては明るい未来に向けて輝いていたに違いない。「大井競馬場前」では、馬が眼下にゆっくりと歩く。

 座席から、いつも目に入るのは車内の端にある「自重24.5瓲」の掲示である。

 対向車にも、同じ「瓲」が見えた。車両によってはこれがないようで、下車後、写真を改めて撮ろうと近寄った先頭車両には貼られていなかったようだ。

 この「瓲」という字は、日本人が作った漢字、つまり国字だ。作られてからまだ100年に満たないようだ。当用漢字表によって否定されてからも、根強くあちこちで消されずに使われている。モノレールに乗るたびに、まだあるか、と確かめてみている。

 私たちは、日々、日常の生活を送っている。たとえば食生活はその一部をなしている。言語生活も同様であり、その中で文字生活というものが主要な一角をなしている。ときに文字は、ことに日本では言語を超えた運用も見られるが(例:読み不明の熟語、絵文字:お茶どーぞ旦~)、おおむねその中に収まっている。

 文字生活には、一人ずつ独自の個性がある。一人として自分と同じ文字生活を送る人はいない。全く同じ本を読み、全て同じテレビを視るといった行為は、家族、双子であっても考えがたい。文字生活には個々人が偏りをもっているのだ。

 ことに私の文字生活は、大いに偏っているものと自覚している。各種レベルの文字をメタレベルで扱うことが多いので、一般の趨勢を内省によって考えようとする際にはあまり参考にならない。暮らしぶりは意外にも、(優雅とはほど遠い)江分利満氏的であったとしても、この部分では、明らかに平均的ではありえない。しかし、誰も知らないような古典の文字を、いつも穿鑿しているわけではない。一般の人々が触れる可能性のある文字について、客体視の俎上に乗せて観察・考察に腐心し、記述しようと努めることがある。

 羽田が世界の玄関だった頃、海外への希望を乗せて光り輝く車体の内側に、この字はあり続けたのだろう。この字は、私にとって懐かしい字だ。昭和40年代末ころ、小学生のときにトラックの車体にも、このような国字が記されていた記憶が微かにある。集団登校のときに、停車中の荷物を積んだトラックの車体後ろの下部に、たしかこの、当時謎の文字が記されていた。

 それが中央気象台が作りだした一群の国字から派生した末裔であることを知るのは、だいぶ後になってからのことである。謎の解明まで、相当の時間を要した。「瓦」がガランマ・グラムの音訳の一字目として選ばれ、それを応用して「瓩」などを生み出す。明治期に中央気象台がスペースの節約を目指して創造した苦心作だ。「粁」「竏」、「粍」「竓」なども同種で、音義が効果的に利用され、きわめて体系的にできている。ただ、システマチックすぎて、使用の需要の乏しいものまで辞書に載り続けている。

 小金井にある江戸東京たてもの園に展示されていた、古い自動車の車体にも、やはりその字が記されてあったのだ。子供は小さいせいか、振っても関心も示さない。それはそうだろう。

 「t」のほか、音訳漢字の「屯」は、まだ一部の機械工業の業界では健在だそうだ。横書きの書類では「t」に変わってきた、と教えてくれた方もいた。大学生たちには、実地ではなく、漢字検定の勉強の中で覚えたという人がいる。

 メートル法のトンとは異なる単位としてのトンには、それを表す「噸」が作られているのだが、それが中国製か日本製か、判断が難しい。清朝後期の資料と、江戸時代末の資料とで、ほぼ同じ頃に登場するためだ。それぞれで生み出されたという可能性さえもある。あるいは中国で、「磅」(ポンド)という音訳や「碼」(ヤード)という訳の字がこれに先だって生じており、それを踏まえ、音声に対する純粋な形声であることや音訳であることを表す「口偏」とあいまって、生み出されたものと考えられる。「呎」「吋」「哩」なども、早く出生国の秘密を明らかにして、現状の辞書類でのレッテル貼りの混乱を解決したいと願っている一群の字だ。

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【筆者プロフィール】

『漢字の現在』 『国字の位相と展開』笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
 早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。最新刊は、この連載がもととなった『漢字の現在』(三省堂、2011年8月刊行)

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【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「土佐土産」でした。

この連載への質問、また「ここでこんな字が使われていた」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「漢字の現在」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。

大規模英文データ収集・管理術 第13回

2011年 12月 5日 月曜日 筆者: 富井 篤

5 「トミイ方式」の機能と目的

今まで、「トミイ方式」の目的として

何を集め、どのように整理・分類しておくと、どのような目的に活用できるか

ということを、繰り返し、述べてきました。そして、その延長として

どのような目的に活用するためには、何を集め、どのように整理・分類しておくべきであるか

ということも述べてきました。

そこでここでは、まず最初に、「機能」、「効能」、および「分類」を表示し、「機能」と「目的」を理解していただきます。

tomii13table.png

上表の「分類」欄に、7つの分類項目が示されていますが、これは、すでに何回か触れてきました、「トミイ方式」の7つの大分類です。それぞれの意味は下記のとおりです。

ABC:

収集した英例文を、その中にある当該単語をアルファベット順に分類してあるデータベースです。

50音:

収集した英例文を、その中にある当該単語を日本語に訳し、その訳語を50音順に分類してあるデータベースです。

表現:

収集した英例文を、その中にある当該単語を日本語に訳し、その訳語をあらかじめ決めてある表現別に分類してあるデータベースです。

品詞:

収集した英例文を、その中にある当該単語を品詞別に分類してあるデータベースです。

構文:

収集した英例文を、その中にある当該単語を構文別に分類してあるデータベースです。

数量:

収集した英例文を、その中にある当該数と量に関する表現を、あらかじめ決めてある数量表現別に分類してあるデータベースです。

他:

収集した英例文を、その中にある当該項目が上の6つの大分類に属していない全ての英例文を「その他」に分類してあるデータベースです。

「分類」の中の各欄に○で表示した個所がありますが、これは、それぞれの「機能」・「効能」を発揮させるためには○印で表示されている「分類」の英文データを収集すればよいことを示しており、また逆に、○印で表示されている「分類」の英文データは、それぞれの「機能」・「効能」を発揮させるために活用されることを示しています。

上表を見ながら

(1) 活用ツールとしての機能
(2) 学習ツールとしての機能
(3) 制作・発表ツールとしての機能

の3つの機能を、3回にわたり順に説明していきます。今回は「(1) 活用ツールとしての機能」です。

(1) 活用ツールとしての機能

「トミイ方式」がもともと、英文を作成する時や和英翻訳をする時、なるべくネイティブの発想に近い英語が書けるようになるために彼らの書いた英文データを収集しているわけですから、この「活用機能」が「トミイ方式」のメインの機能になります。この機能には、これ以外にもありますが、主な機能としては、以下に示すいろいろな効能があります。

(a) 和英辞典、表現辞典、参考書としての活用法

いかなる大辞典といえども、それぞれの英単語に対してすべての「意味」や「訳語」が載せられているというものではありません。ましてや、中辞典や小辞典にいたっては、おって知るべしです。そのようなとき、日頃、「このような意味や訳語は自分の持っている辞書には載っていないだろうな」とか「仮に載っていたとしても、別の表現だろうな」というものを収集し、手作りの和英辞典を作っておくと、よい言葉の選択ができることがよくあります。

もちろん、収集をし始めたたばかりで、データが100個や200個程度では、そのような機能は十分には発揮できませんが、何年も継続して収集を続けていると、思わぬ機能を発揮してくれるのが、このデータベースです。

(b) 英和辞典の補助としての活用法

英文を書いている時や和文英訳している時など、わからない日本語に出くわした時、普通、まず和英辞典で言葉を調べます。しかし、出てきた英単語をそのまま使うのではなく、その英単語がその場所に適切であるかどうか英和辞典とか英英辞典で確認し、適切であると確認してから使用しなければいけないといわれています。このような用途にうってつけのデータベースになります。

こんな嘘のような本当の話があります。

これは、昔、東大の農学部の先生と食事している時に聞いた話ですが、ある研究論文の和英翻訳を翻訳会社に出したのだそうです。翻訳されて戻ってきた翻訳を見ると、最初から酷くお粗末であったそうです。やむなく、逐一チェックをしていったところ、politelyという言葉が出てきました。そこで、元の原稿を調べてみたところ、その個所は「~を丁寧に摘果しなさい」というものであったそうです。

翻訳者は、おそらく「丁寧に」という日本語を和英辞書で調べたのでしょうが、その和英辞書では、「丁寧に」という個所の最初に出てきた英語がpolitely であったに違いありません。それを、英和辞典とか英英辞典で確認しないまま使ってしまったためにこのような珍奇な翻訳になってしまったのです。「丁寧に」を和英辞書で引いた時、carefullyという単語が出てくるかどうかかわかりません、出て来たとしても、おそらく、最後のほうだろうと思います。きっと、最初の訳に飛びついてしまい、この場合の「丁寧に」をpolitelyにしてしまったのではないかと思います。この場合の「丁寧に」は、やはりpolitelyではなくcarefullyでしょう。

(c) 単語の用法の確認用として

英文を書いている時、よく、「この動詞は前置詞をとるんだったかな?」とか、「この言葉の反意語ってなんだったかな? 接頭辞はdeかな、disかな、inかな、nonかな、unかな」などと考えてしまうことがあります。

前者の場合を例にとると、動詞の contact は A contact B. だったかな? それとも A contact with B. だったかな? とか、動詞の influence は A influence B. だったかな? それとも A influence to B. だったかな? などと迷うことがあります。そのような時、例文をたくさん集めておくと、動詞の場合には A contact B. とか A influence B. が正しく、A contact with B. とか A influence to B. などのように動詞の後ろには取らないことがわかります。後ろに前置詞を取るのは contact や influence が名詞として使われている場合で、その場合には A is in contact with B. とか A has an influence to B. などのように後ろに前置詞を使います。

後者の場合(反意語の場合)を例に取ると、possible のように誰でも知っているような単語ならば、反意語を作る場合には接頭辞 im を付け impossible とすることはよくわかっています。しかし、例えば、symmetric となると反対語を作るには、接頭辞は dis だとか、non だとか、un などのように迷ってしまいます。しかし、正しくは、a を付けて asymmetric としなければなりません。この場合は、日頃、反意語に出会ったら片っ端から収集し、「その他」という大分類の中に「反意語」という「お座敷」を作ってその中に入れておくと、肯定語に対して反意語がすぐに探せるようになります。

さらに、同じ単語が inhuman と nonhuman, imbalance と unbalance のように2つの接頭辞を取るものもあります。文章単位で収集しておくと、その言葉の前後関係でそれぞれの意味や用法がわかります。

次回は「(2) 学習ツールとしての機能」です。

【筆者プロフィール】

富井篤(とみい・あつし)
技術翻訳者、技術翻訳指導者。株式会社 国際テクリンガ研究所代表取締役。会社経営の傍ら、英語教育および書籍執筆に専念。1934年横須賀生まれ。
主な著書に『技術英語 前置詞活用辞典』、『技術英語 数量表現辞典』、『技術英語 構文辞典』(以上三省堂)、『技術翻訳のテクニック』、『続 技術翻訳のテクニック』(以上丸善)、『科学技術和英大辞典』、『科学技術英和大辞典』、『科学技術英和表現辞典』(以上オーム社)など。

クヴァルク

2011年 12月 5日 月曜日 筆者: 石井 正人

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(124)

クヴァルクの話をもう少し続けたい。牛乳に酸や凝乳酵素(レンネット)Labを混ぜ、沈殿する白い凝縮物と透明な上澄みに分ける。白い凝縮物が凝乳Quark(英curd)で、上澄みが乳清Molke(英whey)である。

乳清は昔は捨てていたそうだが、今日では風味と栄養価を様々に利用する。粉末にしてお菓子などに混ぜ込んである。お菓子の箱の裏に印刷されている成分表によく見かける「ホエー」「ホエイ」とあるのがそれだ。英語から来たこの音がおかしいといって、ちょくちょくネット上で話題になる。

凝乳の方は、各民族各地方でありとあらゆる方法で手を掛け、熟成させて、様々なフレッシュチーズを作る。輸入チーズをブレンド、加熱処理して日持ちがするようにしたプロセスチーズしか日本では長いことお目にかかれず、今でもチーズと言えばプロセスチーズが主流で、国産のフレッシュチーズが手に入るようになったのもごく最近だから、まして新鮮な凝乳などは日本で知られていない。ヨーグルト違って乳酸発酵させて作るわけではないので、風味がもっと淡泊である。

因みに牛乳から乳脂 Rahm を分離して、発酵させればサワークリーム、乳脂の純度を上げていけば生クリーム Sahne からバター Butter に。バターを分離した後に残る液体が(専門的にも Milchflüssigkeit と呼ぶらしいが)バターミルク Buttermilch である。さっぱりした飲み心地で、時々日本でも見かけるが、よくよく考えてみると脱脂乳というやつで、私くらいの世代だと給食のまずい脱脂粉乳を思い出して、興がそがれる。

クヴァルクは食材としてよく使う。ソースやドレッシングに使うと、生クリームやヨーグルトとは違う爽やかな風味が出る。甘くしてお菓子にはさむクリームにしたりもする。しかし一番印象に残ったのは、ベイクド・ポテトにたっぷりのせたクヴァルクだ。

あんなものは以前はドイツの大学でも学食ではなく、カフェの軽食で出していた。大人の握り拳二つ分はあろうかという大きなジャガイモを、皮付きのままアルミホイルでくるんでじっくりオーブンで焼く。焼き上がったら、アルミホイルのまま皿に載せ、アルミを開いてジャガイモの真ん中にさくっと切れ目を入れ、湯気の立つところへ、ハーブを刻み込んだクヴァルクをどさっと山盛りにかける。初めて目にしたときには、前に座った女子学生がうまそうに平らげていくのに、失礼も顧みずとうとう最後まで見とれてしまった。席を変えて、自分でも早速注文したが、忘れられない味だった。ドイツのレストランにもなかなかない。簡単なようで、自分で作るのは難しい。

【筆者プロフィール】

石井 正人(いしい・まさと)
千葉大学教授
専門はドイツ語史
『クラウン独和第4版』編修委員

【編集部から】

2008年2月に『クラウン独和辞典』(第4版)が刊行されました。日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。

An Unofficial Guide for Japanese Characters 89

2011年 12月 4日 日曜日 筆者: SADANOBU Toshiyuki

<< An Unofficial Guide for Japanese Characters 88

“Judgments” and “emotional responses”

The behavior of talking about “class” is the specialty of “adults” (“elderly” and “senior citizen” characters) living in the mundane world, but it is not typical for “children” (“baby” and “youth” characters). Besides “class,” “children” are not very good at expressing judgments on things in general.

In the Japanese-speaking community, the behavior of “expressing a judgment” is basically the purview of people of high “status.”

For example, a higher ranked employee might say “Tanaka, you work fast,” thus expressing a judgment about his/her underling’s (Tanaka’s) abilities. However, in Japan it would be considered rude for underlings to express a judgment about their superior’s abilities ――“Boss, you work fast”―― even if this judgment is positive. (Take heed, all you newly employed corporate drones.) Similarly, Japanese professors are not comforted when a foreign student says to them, “Your class was very good, professor,” because they aren’t accustomed to students, whose “status” is presumed to be low, offering a judgment.

On the other hand, things are completely different if these same things are said out of an emotional response: “Boss, you work fast!” “Your class was very good, professor!” “Emotional responses” from people of low “status” are not a problem. While characters with high status, such as “God” or Golgo 13(1), do not have “emotional responses,” such responses are the specialty of the low “status” character. An “emotional response” is not merely a strongly positive “judgment,” as “judgments” and “emotional responses” are separate verbal behaviors.

Let us imagine that in judo, there are technically two, not one, components to a throw――grabbing the opponent’s arm, and flipping the opponent over your back. Are these two actions components of a single technique, or are they separate techniques? Making a judgment on this would provide us a hint on what makes a “good judoka” or “poor judoka.” Insofar as there are many judoka who are good at one component of throwing down an opponent, but not at the other, these appear to be two separate techniques. “Judgments” and “emotional responses” are similar in that they are verbal behaviors that are considered to be separate. The acts of thinking about verbal characters and thinking about verbal behaviors have a close relationship.

The inability of a character whose “status” is low to pronounce judgments can be seen in not just the verbal characters discussed above, but also in expression characters. Consider:

“The participants smacked their lips as they ate the chef’s vaunted dessert.”

“The audience listened to the singer’s transparent voice with half-closed eyes.”

These sentences are not particularly unnatural, but what if we replaced “participants” and “audience” with “children” and “grade-schoolers?”

“The children smacked their lips as they ate the chef’s vaunted dessert.”

“The grade-schoolers listened to the singer’s transparent voice with half-closed eyes.”

Whoa! Are you kids a bunch of old men? The sentences sound unnatural. It is impossible to explain this unnaturalness on the level of “reality,” for example, by claiming that unlike adults, children do not smack their lips, or listen to music with their eyes half closed. In fact, very few adults make an audible smacking sound when eating a delicious food, and not many but some children probably half-close their eyes while listening to music.

It’s fairly common. In rather low priority press coverage of certain events, journalists use various conventions to say “everyone enjoyed themselves a lot.” At an exhibition of Heian furnishings, they might say “the sightseers nostalgically thought about the distant Heian era.” At the public opening of some ancient ruins, they might say “the visitors were intoxicated by the romance of the past.” These are conventional embellishments. They are the kind of sentence we want to address though. Thus, we cannot explain on the level of “reality” the naturalness or unnaturalness of these sentences, but rather on the level of “convention.” Adults smack their lips or half-close their eyes. Children normally have low status, and by convention do not do these things. These “conventions” have been embellished by the mass media, and in essence have become a part of our consciousness.

So, smacking one’s lips or half-closing one’s eyes are “judgmental” behaviors, in which something is being calmly experienced, while more “emotional responses,” such as “jumping for joy” are completely fine for elementary school students.

“The grade-schoolers jumped for joy at the chef’s vaunted dessert.”

So long as everyone was visibly happy, it is fine to say this even if nobody actually physically jumped. This is a conventional expression, you see.

* * *

(1) See parts 34 and 48 for more on Golgo 13.

author

Bonnou no Bunpou: Taikien o Kataritagaru Hitobito no Yokubou ga Nihongo no Bunpou System o Yusaburu Hanashi (The Grammar of Earthly Desires: How Our Desire to Narrate Daily Experiences Shape Japanese Grammatical Systems)Toshiyuki SADANOBU.
Professor of Linguistics at Kobe University. Ph.D.: Kyoto University, 1998. Research Interests: Personal Experience in Grammar and Communication.
Selected Publications:
(1) Bonnou no Bunpou: Taikien o Kataritagaru Hitobito no Yokubou ga Nihongo no Bunpou System o Yusaburu Hanashi (The Grammar of Earthly Desires: How Our Desire to Narrate Daily Experiences Shape Japanese Grammatical Systems). Tokyo: Chikumashobo, 2008;
(2) Sasayaku Koibito, Rikimu Repootaa: Kuchi no naka no Bunka (Whispering Lovers and Creaking Reporters: Culture in Our Mouth). Tokyo: Iwanami, 2005;
(3) Ninchi Gengoron (A Cognitive Study of Language). Tokyo: Taishukan, 2000.
URL:http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

角色大世界――日本 89

2011年 12月 4日 日曜日 筆者: 定延利之(中文)

<< 角色大世界――日本 88

“评价”与“感慨”

上一节说到,讲述“品(格)”好坏的行为是,尘世间上的“大人们”(“中年人”“老人”)的拿手戏,不太适合于“孩子们”(“幼儿”“年轻人”)。“孩子们”不光是讲述不了“品(格)”,而且原本就不擅长于讲述对事物的评价。

在日语社会中,“讲述评价”的行为,一般是属于“格(调)”高的人物。

例如,上司可以说,“田中君干活真快呀”这类评价部下(田中)能力的话语。而,部下却不能使用评价上司的能力的话语,如,“部长干活真快呀”。即使是正面的评价也会非常失礼。(诸位刚入社的新社员们,要牢牢地记住哦。)还有像在课堂结束后被留学生说到“老师的课非常地好”的日本的老师们,会不会觉得心里有点别扭啊。这也是因为受到原本“格(调)”比自己低的学生的评价而导致的吧。

如果用“感慨”的措辞说,“部长!干活真快呀!”、“老师的课,(感慨地说)非常地好啊”的话,情况就会有所不同了。“格(调)”低的人们进行“感激”的行为,这并没有什么问题。而像“格(调)”高的“神”或者骷髅13却不会“感激”,因此倒不如说,“感激”是“格(调)”低的人物的拿手招数吧。这说明,“感激”不单只是个很强的正面“评价”,而且从言语行为来看的话“评价”和“感激”原本就是两个不同的事物。

抓住对方的手臂从背后甩下去,严密地说这个摔法不是只有一种而是有两种形式。这两个摔法仅仅是同一技巧的两个变种呢,还是不同类型的两个技巧呢。判断这个的时候,“擅长的选手”和“不擅长的选手”会给予一点线索。如果选手当中,只擅长于其中的一个摔法,而不擅长于另一个摔法的人越来越多的话,那么这两个技巧就会像是不同类型的技巧了。将“评价”和“感激”视为不同类型的言语行为,也跟这个很相似。讨论话语角色形象与讨论言语行为,这两者之间有着密切的关系。

另外,“‘格’低的人物不能讲述评价”这一现象,不仅可以在以上的话语角色形象中观察的到,而且在行为角色形象中也能观察的到。例如,

  “对厨师长的拿手甜点,参加的人们不由自主地在咂嘴”

  “观众们眯着眼睛倾听着清脆的歌声”

这两句话并没有什么不自然的。但是,如果把句子中的“参加的人们”和“观众们”换成“儿童们”和“小学生们”的话会如何?

  “对厨师长的拿手甜点,儿童们不由自主地在咂嘴”

  “小学生们眯着眼睛倾听着清脆的歌声”

听到这样的描述的话,大家应该会想说,“喂喂,难道你们都是大叔吗?”吧。上面的两句话就是有点不自然,是吧。如果想在“现实”水平上说明这个不自然的原因的话还真有点难,如“跟大人不同,小孩子不咂嘴,也不眯眼睛”之类的理由是行不通的。现实生活当中,大人中吃了好吃的东西后“啧啧”地弄响舌头的人,如今也不多了。再说,孩子也不是不会眯着眼睛去倾听些什么东西。

瞧,不是经常有这样的描述吗?每当,平安时代的器物在某处进行展览时,媒体会报道说,“游客们遐想着遥远的平安时代”;还有在公开古代遗迹的时候会听到,“来访的人们沉醉在太古的罗曼司当中”之类的报道。像这类紧急性较低的报道中经常会使用“大家都大为欣赏”这样定型的表达方式。在本节中提到的问题句子,就类似于这些。所以,在判断这类句子的自然和不自然的时候,所需要的不是“现实”水平上的说明,而是“大人们可以咂嘴、眯眼睛”、“孩子们一般‘格’都低所以不能有那样的行为”这样的“约定”水平的说明吧。这个“约定”虽常常会受到媒体的添枝加叶,但基本上都是我们共同观念中的一部分吧。

无论是“咂嘴”还是“眯着眼睛入神地听”都是沉着稳定地品味的“评价”性行动。如果以更加“感激”的“高兴得跳起来”来形容的话,小学生也就没有任何问题了吧。

  “对厨师长的拿手甜点,小学生们高兴得跳了起来”

只要大家一起夸张地高兴的话,即使真的没有跳起来的家伙也照样能说得通吧。因为是约定嘛。

author

《烦恼的语法―人们想谈体验的欲望会动摇日语的语法体系》(筑摩新书,2008)定延利之(SADANOBU, Tosiyuki)
神户大学大学院国际文化学研究科教授。文学博士。
专业:语言学、交际学。现在正在进行的课题:《与人物形象相应的音声语法》的研究、《以日语、英语和汉语对照为基础,制定有益于日语音声语言教育的基础资料》。
著作:《Ninchi Gengoron (认知语言论)》(大修馆书店,2000)、《Sasayaku Koibito、Rikimu Repotaa―Kuchi-no-naka-no Bunka (喃喃细语的恋人、用力说话的报告人―口中的文化)》(岩波书店,2005)、《Nihongo Fushigi Zukan (日语不可思议图鉴)》(大修馆书店,2006)、《Bonno-no Bunpo―Taiken-o Katari-tagaru Hitobito-no Yokuboo-ga Nihongo-no Bunpo Shisutemu-o Yusaburu Hanashi (烦恼的语法―人们想谈体验的欲望会动摇日语的语法体系)》(筑摩新书,2008)等等。

地域語の経済と社会 第179回 男の方言・女の方言

2011年 12月 3日 土曜日 筆者: 山下 暁美

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第179回 男の方言・女の方言

 昨年、NHK大河ドラマ「龍馬伝」が放送されました。福山雅治さん演じる坂本龍馬は、本物に比べると随分男っぷりがよくなりました。奥さんのおりょうさんもさぞ満足だったでしょう。教科書等でおなじみの龍馬は、小柄で痩せ型、ふところに右手を入れ、台にもたれかかっています。一説によると写真でふところに手を入れているのは、銃を持っていたからだと言われています。男優の福山さんが「団子屋でまっちゅうぜよ」などといえば、おりょうさんでなくても多くの女性が団子屋へ押しかけることうけあいです。「おー 今日も待ちよったぜよ。悩みがあるがか? 何でもゆーたらえいがよ」(第113回参照)などと言って日本中のふがいない男性の代弁をしてくれます。

 このように「龍馬伝」では、土佐方言が多く使われていました。昨年は、観光客も増加して市内では今も多くの方言が見うけられます(第176回参照)。例えば「心はいつも太平洋ぜよ」【写真1】と工事現場に貼られていました。高知県は太平洋に面していて、空港には「カツオやけん たべてみいや うまいけん」【写真2】とカツオの宣伝がありました。方言番付の扇子も見つけました【写真3】。龍馬のイメージにぴったりの「~ぜよ」【写真4】は、絵葉書になっています。左手に銃をかざした龍馬ですが、「I was born in Kochiぜよ。」と読むのでしょうか。なるほど方言と英語のコラボレーションです。とても男性的なイメージの強い方言です。

(画像はクリックで拡大します)
【写真1 「太平洋ぜよ」】【写真2 「うまいけん」】
左:【写真1 「太平洋ぜよ」】  右:【写真2 「うまいけん」】
【写真3 方言番付扇子】【写真4 「ぜよ。」】
左:【写真3 方言番付扇子】  右:【写真4 「ぜよ。」】

 このシリーズでは、これまでさまざまな方言グッズが紹介されてきました。その中から78の方言について、それぞれの方言を聞いたとして、話し手が男性をイメージするか、女性をイメージするか、関東出身の大学生14名に共通語訳をつけてたずねました。男性をイメージするという人が多かったのは、土佐方言の「うまいぜよ・待っちゅうぜよ」、大阪方言の「すんまへん・どないやねん・好っきゃねん・ええか・ごっついな」、石川方言の「乗らんけ」、宮崎方言の「どげんかせんといかん」などでした。一方、女性をイメージする方言の例は、京都方言の「おこしやす・そうどすえ・おいでやす」、山口方言の「おいでませ」、宮崎方言の「よう来たなせえ」などでした。茨城方言の「暑かっペ」や福島方言の「休んでいがんしょ」、山形方言の「なんじょだべ」(いかがですか)など、東北方言は、どちらともいえないという回答が多かったです。

 同じ男性をイメージする方言でも土佐方言は、志士にぴったりという印象を受けるのに対して、大阪方言は、どことなく腰の低い商人文化を思わせる一面があるようです。

* * *

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【筆者プロフィール】

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
 井上史雄大橋敦夫田中宣廣日高貢一郎山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

『海外の日本語の新しい言語秩序―日系ブラジル・日系アメリカ人社会における日本語による敬意表現』『書き込み式でよくわかる 日本語教育文法講義ノート』山下暁美(やました・あけみ)
明海大学外国語学部・大学院応用言語学研究科教授。博士(学術)。
専門は、日本語教育学・社会言語学。研究テーマは、移民百年を迎えた、ブラジル、アメリカ合衆国などにおける日本語の変化、外国人の日本定住化による共生時代の日本語教育政策。
著書に『書き込み式でよくわかる日本語教育文法講義ノート』(共著、アルク)、『海外の日本語の新しい言語秩序』(単著、三元社)、『スキルアップ文章表現』(共著、おうふう)、『スキルアップ日本語表現』(単著、おうふう)、『解説日本語教育史年表(Excel 年表データ付)』(単著、国書刊行会)、『ふしぎびっくり語源博物館4 歴史・芸能・遊びのことば』(共著、ほるぷ出版)などがある。

* * *

【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。

* * *

この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。

【新明解国語辞典 第七版】メディアでの紹介

2011年 12月 3日 土曜日 筆者: ogm
ことばの本質をとらえる国語辞典の決定版、『新明解国語辞典 第七版』が取り上げられています!
☆『新明解国語辞典 第七版』これまでのメディアでの紹介☆
WEB本の雑誌「教えて! 新解さん」
『新明解国語辞典 第七版』の概要

『新明解国語辞典 第七版』並版と特装版◎日本でいちばん売れている小型国語辞典『新明解国語辞典』の7年ぶりの全面改訂版。
◎新たに1,000語を増補し、収録語数約77,500。
◎版型を大きくし、紙面を刷新、いっそう見やすく使いやすく。
◎2010年内閣告示された新「常用漢字表」に完全対応。
◎新設の[文法]欄では、助詞・助動詞の接続情報をはじめ、文法に関する問題点を広く取り上げ、日本語の表現性の豊かさに着目。
◎形容詞項目を全面的見直しをはじめ、客観的な意味分析を踏まえ、定評あるシャープな語釈にさらに磨きをかける。
◎運用欄もさらに充実、特に待遇表現や使用場面によって帯びる特殊な意味などを中心に、運用面での諸相を簡潔に示した。

山田忠雄・柴田武・酒井憲二・倉持保男・山田明雄・上野善道・井島正博・笹原宏之 編

並版・特装版とも
B6判 1,728ページ 2色刷 ¥3,150 2011年12月1日 全国一斉発売
[並版(赤)]ISBN 978-4-385-13107-8
[特装版(白)]ISBN 978-4-385-13108-5

※特装版は、特製ケースに、白い表紙カバーの装丁。紙面内容は並版と同一です。
※[革装版][小型版][机上版]は2012年1月中旬、[大活字版]は2012年2月下旬の販売会社搬入を予定しております。


より詳しい情報は
『新明解国語辞典 第七版』のページへ

漢字の現在:土佐土産

2011年 12月 2日 金曜日 筆者: 笹原 宏之

漢字の現在 第150回 土佐土産

 激しい雨だった。これから高知に出発する。大きな傘は移動の邪魔になる。黒のはき慣れた革靴は、さすがに穴はまだ空いていないが、すぐに浸水する。足下を見ればその人が分かる、という人がテレビに出ていたが、私などはどうなってしまうのだろう。

 いきなりは濡れないように、奮発してタクシーを停める。こういう時には、たいてい向こうの車線を通り過ぎる。やっと拾えたタクシーで運転士の名などを書いた紙には、おや、国字交じりの「纐纈」さんとあり、さい先が良い。「こうけつさん」ですか、と聞くと、

  「よく読めましたね、お知り合いに?」
  「まあ…… 愛知か岐阜ですか?」
  「そう、最近はテレビによくこの名字の人が出る。地震研究者にもいる」

とのこと。高知に行くんだというと、「モミジがきれいらしいですね」と。モミジものどかでいいけれど、もっと見たいものがある。


 羽田は便利だ。そして1時間ちょっとのフライトで着いてしまう。10月下旬だが、さすが南国土佐だ、東京よりも少し温かい。

 降り立ったのは、高知龍馬空港。もはや正式名称のように表示されている。

 NHKの大河ドラマ「龍馬伝」の余韻は、放送期間終了から1年近く経ってもさめやらぬ様子だ。奈良に行ったときには、10年以上前の放映になおも頼る店があることに学生が驚いていた。「龍馬伝」幕末志士社中入場引換券が、帰宅後にバッグから出てきた。寄っておけば、思わぬ収穫もあったかもしれない。

 街じゅうが龍馬だらけだ。

   龍馬会館

 これは分かる。メニューやのぼりなどで見かけた下の例は、どういうものだったのだろう。

   龍馬珈琲
   龍馬弁当

 「龍馬歴史館」の看板のロゴに出てくる「龍」は、筆字風で右下の二本を続け字にしたように見える。「龍馬ふるさと博」の筆字風のロゴも、そこがはっきりしなかった。そもそもこの部分は狭いのでしかたないか。「」という字体は、都内でもよく見かける共通誤字ともいえそうな字体であるが、やはりここでも見受けられる。土産物にさえ、「」ではっきりと印刷された手書きのロゴがあった。

 地元でも、こういう字体があるのかといったんは驚いたが、無意識な誤字体は、本場でも生じる。新潟でだって「潟」の「臼」を1画多く書く例もあれば、鹿児島でだって「鹿」の横線を多く書く例だって見つかる。出現頻度や割合に差がありそうだということである。地元でよく使われる字の接触頻度や使用頻度の違いによる使用字体の地域差はどのくらいあるのか、もしかしたらそれほどないのかどうか、いずれじっくりと調べてみたい。

 「龍」の右下の「三」が「テ」のようになっている字体()も、あちらこちらでよく使われている。この字を書き慣れただけあって、古い形が伝承されている面があるようだ。

 店名や人名には龍馬以外でも「龍」の使用が目立つが、実際に使用頻度や割合が高いのか、調べてみたい衝動に駆られる。「龍河洞」「龍河温泉」などは、たまたま重なっただけだろうか。「一」(第80回参照)も、土佐の出身だった。

 「龍馬伝」による龍馬人気をこの地が逃すはずはなく、観光素材として推さないはずがない。先に触れたとおり放送期間が過ぎても、地元に熱は残っている。そうした余波も現実の文字生活とかかわる実勢であり、その時でないとなかなか観察できない一回性を伴っており、時空の制約の中で、こうして観察できる偶然の機会に感謝しなくてはと思う。

   竜馬不動産

 この坂本龍馬(龍・良馬)自身は書かなかったといわれる字体による「竜馬」は、ほかに日本酒の銘柄などにあったが、高知では圧倒的に少なかった。

 そういえば、中国もベトナムも龍を好んでいる。韓国も、世宗がハングルを創製してまず編まれたのが「龍飛御天歌」であった。龍馬の母も瑞夢をもとにその名を付けたものだったそうだが、王権の象徴、治水の神などとして龍を、官民挙げて崇め、好む東アジアの中で、日本での独自の展開がそこここに垣間見える気がした。

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【筆者プロフィール】

『漢字の現在』 『国字の位相と展開』笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
 早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。最新刊は、この連載がもととなった『漢字の現在』(三省堂、2011年8月刊行)

* * *

【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「人名と異体字」でした。

この連載への質問、また「ここでこんな字が使われていた」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「漢字の現在」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。

「百学連環」を読む:術の定義――ハズリットの引用の引用

2011年 12月 2日 金曜日 筆者: 山本 貴光

第35回 術の定義――ハズリットの引用の引用

 西先生は、「術(art)」について説明する際、その定義を英語の文献から引用してみせたのでした。その文章はどこから来たのか。ひとまずはそれが『ウェブスター英語辞典』に掲載されていることを確認したところです。そして、ついでのことながら、同辞典のARTの項目を読んでいるのでした。前回は、三つ掲げられている定義のうち、一つめを確認しましたね。

 さて、一つめの定義の末尾に「ベイコン、『エンサイクロペディア』」という出典と思しき記載がありました。この手がかりを元に調べてみると、実はこの定義が、『エンサイクロペディア・ブリタニカ』の第7版(1830-1842年刊行)に掲載されたものであることが分かります。

 残念ながら同百科事典の第7版そのものは確認できていませんが、幸い第7版のARTの項目に寄稿したウィリアム・ハズリット(William Hazlitt, 1778-1830)の文章が書物としてまとめられています。『絵画と諸芸術――同題で『エンサイクロペディア・ブリタニカ』第7版に寄稿された論考(Painting and the Fine Arts: being the articles under those heads contributed to the seventh edition of the Encyclopaedia Britannica)』(Adam and Charles Black, 1838)がその書物です。

 同書に掲載されたハズリットの文章を見てみましょう。「Fine Arts」と題された文章はこのように始まります。

  ART is defined by Lord Bacon as a proper disposal of the things of nature by human thought and experience, so as to answer the several purposes of mankind; in which sense art stands opposed to nature.

Hazlitt, FINE ARTS、p.1

 訳しておきます。

 ベイコン卿は「術」を次のように定義している。人間の思考と経験によって自然の事物に適切な処理を施し、人の各目的に適うように仕立てること。この意味での「アート」は「自然」に対置される。

 いかがでしょうか。前回確認した『ウェブスター英語辞典』の定義1と見比べると、そのままではありませんが、かなり似ていることが分かります。念のため、訳文と共に再掲します。

1. The disposition or modification of things by human skill, to answer the purpose intended. In this sense art stands opposed to nature.

1. 人間の技能によって事物に処理もしくは変更を加え、意図した目的に適うように仕立てること。この意味での「アート」は「自然」に対置される。

(『ウェブスター英語辞典』、ARTの定義1)

 ウェブスターの第1文は、ハズリットの文章をさらに圧縮した感じです。ハズリットが「思考と経験」と述べているところを「技能」としたり、「自然の事物」を単に「事物」としています。「アート」が「自然」と対置されるという第2文はそのままですね。そして、ウェブスターはこの出典を正直に示したわけです。

 実は面白いのは、この後です。『ウェブスター英語辞典』のARTの項目には三つの定義が掲げられていると言いました。次に注目したいのは第2の定義です。これを、ハズリットの「絵画と諸芸術」の第2~3文とそのまま並べてみます。少し長めですが、じっくりご覧ください。特に太字にした箇所にご注目です。イタリックは原文のままです。

  Art is principally used for a system of rules serving to facilitate the performance of certain actions; in which sense it stands opposed to science, or a system of speculative principles.

  Arts are commonly divided into useful or mechanic, fine or liberal. The former are those wherein the hand and body are more concerned than the mind; of which kind are most of those which furnish us with the necessaries of life, and are popularly known by the name of trades. The latter are such as depend more on the labour of the mind than of the hand; they are the produce of imagination and taste, and their end is pleasure.

Hazlitt, FINE ARTS、p.1

2. A system of rules, serving to facilitate the performance of certain actions; opposed to science, or to speculative principles; as the art of building or engraving. Arts are divided into useful or mechanic, and liberal or polite. The mechanic arts are those in which the hands and body are more concerned than the mind; as in making clothes, and utensils. These arts are called trades. The liberal or polite arts are those in which the mind or imagination is chiefly concerned; as poetry, music and painting.

(『ウェブスター英語辞典』、ARTの定義2)

 いかがでしょうか。文頭の定義を示した重要な文章を見ると、ハズリットのものとウェブスターのものは、ほとんど同じです。そしてこれは、西先生が「術」の定義として引用している箇所でもありました。

 ご覧いただいたように、ハズリットの文では段落をかえて「術」のさらなる分類について、「実用的な術、あるいは機械的な術」と「洗練された術〔芸術〕あるいは自由な術〔自由学芸〕」があると述べています。ウェブスターのほうも、言葉こそ違っていますが、論旨の流れはハズリットをなぞっていることが分かりますね。

 ウェブスターの定義では、上で引用した箇所の後に、「アメリカでは……」という補足をアーヴィングからの引用として提示しています。ただし、いま見た「アート」の第2の定義そのものについては引用元は示されていませんでした。ひょっとしたら、先の第1の定義と同じであるという暗黙の前提があるのかもしれません。

 というわけで、ウェブスターによる定義が、ハズリットによる『エンサイクロペディア・ブリタニカ』の定義を参照していることを見てみました。

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筆者プロフィール

山本貴光(やまもと・たかみつ)

『コンピュータのひみつ』(朝日出版社) ジマーマン+サレン『ルールズ・オブ・プレイ』(ソフトバンククリエイティブ)文筆家・ゲーム作家。
1994年から2004年までコーエーにてゲーム制作(企画/プログラム)に従事の後、フリーランス。現在、東京ネットウエイブ(ゲームデザイン)、一橋大学(映像文化論)で非常勤講師を務める。代表作に、ゲーム:『That’s QT』、『戦国無双』など。書籍:『心脳問題――「脳の世紀」を生き抜く』(吉川浩満と共著、朝日出版社)、『問題がモンダイなのだ』(吉川浩満と共著、ちくまプリマー新書)、『デバッグではじめるCプログラミング』(翔泳社)、『コンピュータのひみつ』(朝日出版社)など。翻訳書:ジョン・サール『MiND――心の哲学』(吉川浩満と共訳、朝日出版社)ジマーマン+サレン『ルールズ・オブ・プレイ』(ソフトバンククリエイティブ)など。目下は、雑誌『考える人』(新潮社)で、「文体百般――ことばのスタイルこそ思考のスタイルである」、朝日出版社第二編集部ブログで「ブックガイド――書物の海のアルゴノート」を連載中。「新たなる百学連環」を構想中。
URL:作品メモランダム(http://d.hatena.ne.jp/yakumoizuru/
twitter ID: yakumoizuru

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【編集部から】
細分化していく科学、遠くなっていく専門家と市民。
深く深く穴を掘っていくうちに、何の穴を掘っていたのだかわからなくなるような……。
しかし、コトは互いに関わり、また、関わることをやめることはできません。
専門特化していくことで見えてくることと、少し引いて全体を俯瞰することで見えてくること。
時は明治。一人の目による、ものの見方に学ぶことはあるのではないか。
編集部のリクエストがかない、連載がスタートしました。毎週金曜日に掲載いたします。

談話研究室にようこそ 第17回 呪文をどう翻訳するか(その1)

2011年 12月 1日 木曜日 筆者: 山口 治彦

第17回 呪文をどう翻訳するか(その1)

 今回と次回では『ハリー・ポッター』シリーズにおける呪文の翻訳について考えます。『ハリー・ポッター』の呪文は,第10回で述べたように,真性型呪文です。普及型呪文「アブラカダブラ」のようにひとつでどのような魔法にも対応できるわけではありません。したがって,用途に応じてたくさんの呪文を考案せねばなりません。呪文の作成指針としてとられたのがラテン語もどきということば遊びです。

 そのようにして作られる『ハリー・ポッター』の呪文は,見かけは難解ながらも,(ラテン語系の)英語の知識があれば何の呪文かある程度予想できます。しかも,ことば遊びだけに,その呪文に込められた作者の「遊び」がわかると,読者はちょっとうれしい。作者との共犯関係が生まれる,という巧みな設定になっていました。

 ですが,問題がひとつあります。

 ラテン語系英単語(の部分)を組み合わせて作った呪文だけに,翻訳がむずかしいのです。原文の「遊び」をそっくり残して日本語に翻訳することは不可能です。

 この問題にどのように対処できるでしょうか。

 ラテン語もどきの代わりに漢語もどきにするのはどうでしょう。日本語と漢語の関係は,英語とラテン語の関係に似ています。その関係を利用して漢語調の呪文にしてみるわけです。たとえば,Petrificus Totalusの意味は,ラテン語由来の単語petrification (石化)とtotal(全体の)から類推できました。そこで,この呪文を「全身的石化勧請」と訳すのはどうでしょうか。

 ……。

 中国のお寺で修行する僧侶が唱えるという設定ならいいかもしれませんが,ハリーやハーマイオニーが唱えると,作品の世界観を壊しかねません。いや,木っ端みじんです。当然,却下です。やはり,オリジナルのことば遊びのニュアンスを日本語に移すのは無理があります。

 ならば,「遊び」を翻訳することはあきらめて,呪文をシンプルに片仮名表記にするのはどうでしょうか。少なくとも呪文らしい響きは伝えられます。実際,映画『賢者の石』に付された字幕(戸田奈津子訳)ではそうしています。この方法の欠点は,片仮名表記された呪文自体からはその内容を観客が推し量れないことです。もっとも,前後の状況から何の呪文が唱えられたのかある程度理解できますし,とりわけ映画では映像の助けがあるので,ストーリーの理解にほとんど支障はないでしょう。

 ルビを使う手もあります。映画『不死鳥の騎士団』や『謎のプリンス』の字幕(岸田恵子訳)はこの方法を採用しています。たとえば,守護霊招来の呪文Expecto Patronum,失神の呪文Stupefy,そして武装解除の呪文Expelliarmusには次のような字幕がつけられていました。(*)

(22) a. “守護霊よ 来たれ!”エクスペクト・パトローナム
b. “マヒせよ!”ステューピファイ
c. “武器よ 去れ!”エクスペリアームス

若干,煩雑な印章を与えるかもしれませんが,何の呪文かよく分かります。もとの呪文を片仮名読みしたルビを振ることで呪文らしい響きも伝えられます。映画の字幕翻訳としては,かなりいい線を行っていると思います。

 付言すると,(22b)は「マヒせよ」と片仮名表記になっていますが,「麻痺せよ」と漢字で書くと,「麻痺」に読みがなのルビを打つ必要が生まれるからでしょう。岸田恵子の字幕では,そう頻度は高くないものの,難易度の高い漢字にはルビがふられていました。 また,練習や戦闘で同じ呪文が繰り返される場合は,DVDの字幕翻訳と同様に片仮名のみの表記がなされています。

 では,小説の翻訳にも同じ方法がいいでしょうか。あなたが翻訳者ならどうしますか。

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(*) 編集部注=このページをご覧になる環境によって、ルビが該当文字の上に表示される場合と、( )に括った状態で表示される場合があります。実際の字幕では、文字の上に表示されています。

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【筆者プロフィール】

『明晰な引用,しなやかな引用』(くろしお出版) 『語りのレトリック』(海鳴社)山口治彦(やまぐち・はるひこ)

神戸市外国語大学英米学科教授。
専門は英語学および言語学(談話分析・語用論・文体論)。発話の状況がことばの形式や情報提示の方法に与える影響に関心があり,テクスト分析や引用・話法の研究を中心課題としている。
著書に『語りのレトリック』(海鳴社,1998)『明晰な引用,しなやかな引用』(くろしお出版,2009)などがある。

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【編集部から】

雑誌・新聞・テレビや映画、ゲームにアニメ・小説……等々、身近なメディアのテクストを題材に、そのテクストがなぜそのような特徴を有するか分析かつ考察。
「ファッション誌だからこういう表現をするんだ」「呪文だからこんなことになっているんだ」と漠然と納得する前に、なぜ「ファッション誌だから」「呪文だから」なのかに迫ってみる。
そこにきっと何かが見えてくる。

『新明解国語辞典 第七版』本日発売開始!

2011年 12月 1日 木曜日 筆者: 辞書ウェブ 編集部

『新明解国語辞典 第七版』の普通版(赤)と特装版(白)が発売されました。
日本でいちばん売れている国語辞典の7年ぶりの改訂新刊です。


・判型を大きくし、さらに見やすくなった紙面
・「文法」欄を新設
・新語を含め、約1,000項目を新たに追加
・新「常用漢字表」に完全対応
・さらにみがきのかかった語釈
・アクセント欄のブラッシュアップ

など、定評ある『新明解国語辞典 第七版』の多くの特長は、こちらをご覧下さい。
『新明解国語辞典 第七版』のページへ

フランク・エドワード・マッガリン(5)

2011年 12月 1日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

タイプライターに魅せられた男たち・第15回

トローブとの一戦に勝利したマッガリンは、1888年8月1日、ニューヨーク21丁目西208番地のメトロポリタン速記者協会にいました。この夜、25ドルの賞金を賭けて、タイプライターコンテストが開催されたのです。コンテストの参加者は、マッガリン、マイヤーソン(Emanuel Myerson)、グラント女史(M. C. Grant)、オール女史(Mae E. Orr)の4人で、いずれも「Remington Standard Type-Writer No.2」を使用しました。コンテストは、5分間の口述タイピングで競われました。

このコンテストでも、マッガリンは優勝を飾りました。マッガリンは5分間で494ワードを叩き、うち15ワードに誤りがあったものの、差し引き479ワードという記録でした。2位のオール女史は、5分間で495ワード、すなわちマッガリンより1ワード多く叩いたのですが、うち19ワードに誤りがあって、結果は476ワードと辛くも優勝を逃しました。しかも、この2人のタイピング法は対照的でした。キーボードを見ずに全ての指を使うマッガリンに対し、オール女史は両手の人差し指だけを使ういわば二本指打法だったのです。

8月1日のコンテストは、マッガリンの優勝に終わったものの、マッガリン自身には不満の残るコンテストでした。その不満をマッガリンは、翌日付の手紙で、こう書き記しています。

アメリカン・ライティング・マシン社御中

貴社の挑戦に応じ、Caligraphのオペレーターと一戦を交えるために、私はソルトレークシティから2500マイル以上を旅してまいりました。その目的のために、私はメトロポリタン速記者協会のタイプライターコンテストにエントリーし、開催の30日前に貴社にもお伝えいたしました。コンテストは昨晩おこなわれましたが、貴社のCaligraphは一台も現れませんでした。このことに関して、貴社のニューヨーク代理店を問い詰めましたところ、Caligraphのタイピストたちは、いずれも夏季休暇中でニューヨークにはいない、との旨の弁明をいただきました。そういうことであれば、私は、私と同等あるいはそれ以上のCaligraphのタイピストに対し、私とタイピングを競うべく、休暇先とニューヨークの往復費をお支払いしたいと存じます。お望みとあらば、100ドルないし500ドルの賭金も上乗せいたします。コンテストに用いる文章は、1887年にニューヨークの裁判所で記された裁判文書から、Caligraphのタイピスト側が選びだすこととし、コンテストに要する時間は30分あるいはそれ以上とします。私はニューヨークに30日間は滞在いたしますので、ぜひCaligraphのタイピストが名乗りを上げられんことを。

フランク・E・マッガリン

マッガリンは、この手紙をアメリカン・ライティング・マシン社に送りつけると同時に、カーボンコピーを複数の新聞社にバラまきました。マッガリンは何としても、世界一のタイピストとして認められたかったのです。

(フランク・エドワード・マッガリン(6)に続く)

【筆者プロフィール】

安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

http://slashdot.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

編集部から

安岡孝一先生の新連載「タイプライターに魅せられた男たち」は、毎週木曜日に掲載予定です。
ご好評をいただいた「人名用漢字の新字旧字」の連載は第91回でいったん休止し、今後は単発で掲載いたします。連載記事以外の記述や資料も豊富に収録した単行本『新しい常用漢字と人名用漢字』もあわせて、これからもご愛顧のほどよろしくお願いいたします。

近刊案内(2011年12月)

2011年 12月 1日 木曜日 筆者: 辞書ウェブ 編集部
三省堂の辞書・事典、また言語関連の本で2011年12月に刊行が予定されているものは…

新明解国語辞典 第七版

山田忠雄・柴田武・酒井憲二・倉持保男・山田明雄・上野善道・井島正博・笹原宏之 編

並版・特装版とも
B6判 1,728ページ 2色刷 ¥3,150 2011年12月1日 全国一斉発売
[並版(赤)]ISBN 978-4-385-13107-8
[特装版(白)]ISBN 978-4-385-13108-5

※特装版は、特製ケースに、白い表紙カバーの装丁。紙面内容は並版と同一です。
※[革装版][小型版][机上版]は2012年1月中旬、[大活字版]は2012年2月下旬の販売会社搬入を予定しております。


日本でいちばん売れている小型国語辞典『新明解国語辞典』の7年ぶりの全面改訂版。
新たに1,000語を増補し、収録語数約77,500。
版型を大きくし、紙面を刷新、いっそう見やすく使いやすく。
2010年内閣告示された新「常用漢字表」に完全対応。
新設の[文法]欄では、助詞・助動詞の接続情報をはじめ、文法に関する問題点を広く取り上げ、日本語の表現性の豊かさに着目。
また、形容詞項目を全面的見直しをはじめ、客観的な意味分析を踏まえ、定評あるシャープな語釈にさらに磨きをかける。
運用欄もさらに充実、特に待遇表現や使用場面によって帯びる特殊な意味などを中心に、運用面での諸相を簡潔に示した。


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例解新国語辞典 第八版

林四郎 監修 篠崎晃一(編修代表)・相澤正夫・大島資生 編著
B6変型判 1,344ページ 2色刷
¥2,625 ISBN 978-4-385-13687-5
2011年12月22日 販売会社搬入予定



中学生向けトップセラーを新「常用漢字表」・指導要領に則して大規模改訂。
来年度の各社国語教科書に準拠し大型辞典にも載っていない語句まで多数採録。
独自の誤用説明、気づかない方言、和製英語と本来の英語の違いのほか、漢語動詞の用例を強化。
群を抜く類語・対義語・敬語・表現・参考・表記欄。
項目数58,000。


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例解新漢和辞典 第四版

山田俊雄(編修代表)・戸川芳郎・影山輝國 編著
B6変型判 1,296ページ 2色刷
¥2,625 ISBN 978-4-385-13678-3
2011年12月22日 販売会社搬入予定



新「常用漢字表」完全対応の最新改訂版!
類書中最多の親字数7千余。
漢語、現代語、漢字で書きあらわす外来語などを含む熟語35,500。
JIS第一・第二水準の漢字、新「人名用漢字」を収録。伝統的な部首配列。
伝統的なことばの使い方がわかる生きた用例を豊富に収録。
中学生の学習から一般まで広く使える。

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