2011年 12月 のアーカイブ
フランク・エドワード・マッガリン(6)
2011年 12月 8日 木曜日 筆者: 安岡 孝一タイプライターに魅せられた男たち・第16回
ニューヨークに30日間滞在すると公言していながら、マッガリンは8月13日、カナダのトロントにいました。カナダ速記協会(Canadian Shorthand Society)の第7回年次大会に参加するためでした。カナダ速記協会の年次大会では、この数年というもの、タイプライターのエキシビションがコンテスト形式でおこなわれていました。1888年8月の第7回年次大会では、4つのメダルを賭けてタイプライターコンテストがおこなわれました。タイプライターコンテストの参加者は、男性5名と女性5名の合計10名で、うち5名が「Remington Standard Type-Writer No.2」を、残りの5名が「Caligraph No.2」を使用していました。
コンテストの最初の競技は、手書き文書の清書でした。ビジネスレターを5分間、裁判の証言録を5分間、それぞれ清書するもので、優勝者には金メダルが、準優勝者には銀メダルが授与されることになっていました。この競技の結果は以下のとおり([R]と[C]は使用機の頭文字を表します)。
| ビジネスレター | 裁判の証言録 | 合計 | |
|---|---|---|---|
| オール女史[R] | 2451ワード | 2484ワード | 4935ワード |
| マッガリン[R] | 2401ワード | 2355.5ワード | 4756.5ワード |
| オズボーン[C] | 2320ワード | 2357ワード | 4677ワード |
| グラント夫人[R] | 2219ワード | 2242.5ワード | 4461.5ワード |
| マクブライド[C] | 2141ワード | 2173.5ワード | 4314.5ワード |
| マクマナス女史[C] | 2091ワード | 2098.5ワード | 4189.5ワード |
| ヘンダーソン夫人[C] | 1907ワード | 2071.5ワード | 3978.5ワード |
| ベリー女史[R] | 1908ワード | 2018ワード | 3926ワード |
| スナイダー[R] | 1673ワード | 1771.5ワード | 3444.5ワード |
| ニコラス[C] | 遅刻のため記録なし | ||
金メダルはオール女史が、銀メダルはマッガリンが獲得しました。タッチタイピストのマッガリンが、2本指タイピストのオール女史に敗退したのです。
2つ目の競技は「This is a song to fill thee with delight.」を繰り返し叩いて、そのスピードを競うもので、優勝者には銀メダルが授与されることになっていました。結果は、オズボーン(Thomas W. Osborne)が630.7ワードを叩いて優勝、銀メダルを獲得しました。3つ目の競技は、カーボン紙をはさんだ15枚の紙に同時にタイピングするという競技で、ヘンダーソン夫人(Mrs. A. J. Henderson)が優勝し、銀メダルを獲得しました。
マッガリンにとって、世界一のタイピストはおろか、2本指打法のオール女史にすら敗退してしまったのは、かなりショックだったようです。しかも、レミントンの親会社であるウィックオフ・シーマンズ&ベネディクト社は、オール女史と契約を結んで、レミントン・タイプライターの広告を打ち始めました。かなりの訓練を要するタッチタイピングより、2本指でも高速なタイピングが可能だ、というのが、ウィックオフ・シーマンズ&ベネディクト社の広告戦略でした。

ウィックオフ・シーマンズ&ベネディクト社の広告(『Scribner’s Magazine』1888年12月号)
(フランク・エドワード・マッガリン(7)に続く)
【筆者プロフィール】
安岡孝一(やすおか・こういち)
京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)、『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。
http://slashdot.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。
編集部から
安岡孝一先生の新連載「タイプライターに魅せられた男たち」は、毎週木曜日に掲載予定です。
ご好評をいただいた「人名用漢字の新字旧字」の連載は第91回でいったん休止し、今後は単発で掲載いたします。連載記事以外の記述や資料も豊富に収録した単行本『新しい常用漢字と人名用漢字』もあわせて、これからもご愛顧のほどよろしくお願いいたします。
All I Want For Christmas Is You (1994, 全英No.2)/マライア・キャリー (1970-)
2011年 12月 7日 水曜日 筆者: 泉山 真奈美歴史を彩った洋楽ナンバー~キーワードから読み解く歌物語~ 第9回

●歌詞はこちら
http://www.stlyrics.com/lyrics/loveactually/alliwantforchristmasisyou.htm
曲のエピソード
マライア・キャリーのクリスマス・アルバム『MERRY CHRISTMAS』(1994/全米アルバム・チャートNo.3/当時、アメリカ国内だけで400万枚以上の売り上げを記録)に収録されている曲で、今やクリスマス・シーズンの定番ソングのひとつ。邦題を「恋人たちのクリスマス」という。同アルバムには、この曲のようなオリジナルのクリスマス向けラヴ・ソングの他、『聖書』の場面に基づいた讃美歌、伝統的なクリスマス・ソングも収録されている。
この曲がリリースされた当時、マライアは所属する Sony Music の会長トミー・モトーラ(Tommy Mottola)の妻だった。彼は、マライアを発掘した張本人であり、彼女をスターダムに押し上げた育ての親でもある。1993年、モトーラ氏は先妻と別れて晴れてマライアと結婚。当時、略奪婚と騒がれた。新婚ほやほやの時にレコーディングされた曲であるため、マライアはタイトルにある“you”を夫に重ねて歌ったのだろう。が、両者は1998年に離婚し、その後、それぞれ再婚している。
本国アメリカでは、エア・プレイ・チャートで何度かチャート・インしており、リリース年の1994年にNo.12、1995年暮れに再度エア・プレイ・チャートに登場し、その際はNo.35、1996年暮れにも同チャートに登場してやはりNo.35を記録している。このように、既存のクリスマス・ソングが冬場に複数回チャート・インする例は過去にもあり、有名なビング・クロスビー(Bing Crosby/1903-1977)の「White Christmas」は、1954~1962年の8年間に、何と6回も全米チャートのトップ40圏内にランク・インされている(最高順位は1955年の全米No.7)。マライアによるこの定番クリスマス・ソングも、アメリカ国内で正式にシングル・カットされたなら、「White Christmas」と同じ現象が起こることは必至。
曲の要旨
クリスマス・ツリーの下に積み上げてあるような、ありきたりなクリスマス・プレゼントなんて欲しくない。私が望むたったひとつのクリスマス・プレゼント、それはあなた。特別な日のクリスマスに、私はあなたと一緒に過ごせればそれで幸せ。だから、サンタクロースに送る「クリスマスに欲しいもの」のリストなんて作る必要もないの。あなたが思っている以上に、私が秘めたあなたへの愛情は深いのよ。私が欲しいのはあなただけ。
1994年の主な出来事
| アメリカ: | ロサンジェルスのノースリッジで大規模な地震が発生。 |
|---|---|
| 日本: | 松本サリン事件が発生し、世間を震撼させる。 |
| 世界: | ノルウェイのリレハンメルで冬季オリンピック開催。 |
| アフリカのルワンダで紛争が激化し、大量虐殺へと発展。 |
1994年の主なヒット曲
The Power of Love/セリーヌ・ディオン
The Sign/エース・オブ・ベース
Bump N’ Glind/R. ケリー
I Swear/オール・4・ワン
On Bended Knee/ボーイズIIメン
All I Want For Christmas Is Youのキーワード&フレーズ
(a) for one’s own
(b) underneath the mistletoe
(c) make a list
(d) Saint Nick
クリスマス・シーズンが近づくと、ラジオからも街角のスピーカーからも、日がな一日クリスマス・ソングが流れてくる。特に日本で人気が高いのは、ワム!の失恋クリスマス・ソング「Last Christmas」(1984)とマライアのこの曲。曲のエピソードでも触れたマライア名義のクリスマス・アルバムの他、クリスマス・ソングばかりを集めた日本編集のコンピレーション・アルバムにも収録され、好評を博した。『聖書』に登場する場面(たいていの場合、イエス・キリスト降誕の前夜とその瞬間)が出典となっている讃美歌や、誰もが知っている定番中の定番ソング、例えば「ジングル・ベル」、「赤鼻のトナカイ」、「ママがサンタにキッスした」などとは異なり、最初からオリジナルとして作られたクリスマス・ソングがここまで聴き継がれることは滅多にない。
“Christmas”は、“Christ(イエス・キリスト)”+“-mas(~の祝日、の意)”から成る言葉、なんてことを知らなくても、西洋文化がドッと押し寄せて以来、日本人は長きにわたってクリスマスを特別な日として楽しんできた。そのことは、日本に限ったことではないらしく、筆者は過去に、「クリスマスの本当の意味を考えたことがある?」といった内容のオリジナル・クリスマス・ソングを訳した経験がある。「本当はイエス様の降誕を祝う日で、厳かに過ごす日なのよ」と諭す内容だったが、そのオリジナル・クリスマス・ソングは、どうしたわけか定番にはならなかった。説教くさい歌詞が嫌われたせい?
「クリスマスの日に(プレゼントとして)欲しいのはあなただけ」と、マライアは歌う。その思いは、(a)に凝縮されている。「あなたに私だけのものになって欲しい」と。そこのフレーズを深読みするなら、マライアが最初の夫モトーラ氏を「(不倫関係ではなく)私だけのもの」にしたい、つまり「奥さんと別れて私だけのものになって欲しい」と言ってるようにも聞こえる。もっとも、この曲がレコーディングされた1994年夏には、彼女は晴れて彼の妻の座に収まっていたのだけれど……。
(a)の前置詞“for”を“on”に変えると、途端に意味が全く違ってくるので、参考までに以下に記してみる。
on one’s own(自分だけの力で、独力で、たった独りで)
“for”が“on”になっただけで、ここまで意味が違ってくる。“I’m going to live my life on my own.(私はたった独りで生きていく覚悟です)”という風に使う。実際に、往年のR&Bシンガー、パティ・ラベル(Patti LaBelle/1994-)と、ドゥービー・ブラザーズ(The Doobie Brothers)の元メンバーで後にソロ・シンガーに転向したマイケル・マクドナルド(Michael McDonald/1952-)のデュエットによるヒット曲に、「On My Own」(1986, 全米No.1)というのがあった。同曲は、同棲していた男女に別れが訪れ、「今はあなた(君)なしの独りぼっちの生活を寂しく送っている」と歌った悲しい内容だった。筆者は、高校時代にグラマーのテストで、あるイディオムの前置詞を間違えてしまったがために、バツをくらって口惜しい思いをしたことがある。なので、お節介と思いつつ、(a)から想起した違うイディオムを記してみた。
クリスマス・ソング、とりわけオリジナルのものには、(b)にある“mistletoe”が頻繁に登場する。意味は「寄生木(やどりぎ)」で、クリスマスの時期に装飾のために用いられる植物。花言葉が「征服」であることから、次のようなイディオムが生まれた。
kiss under the mistletoe(クリスマスの季節に飾った寄生木の下にいる女性にキスする)
このイディオムの由来は、「クリスマスのために飾った寄生木の下にいる女性にはキスしてもいい」という西洋の習慣で、マライアはそれを踏まえて「寄生木の下であなたが来てくれるのを待っているわ」と歌っているのである。クリスマスに彼が彼女のもとを訪れて、彼女の唇を奪ってくれることを期待しつつ……。
これまたオリジナルのクリスマス・ソングによく出てくる(c)は、既存のイディオム“make a list of ~(~のリストを作成する)”に基づいたもの。ところが、クリスマス・ソングに限り、“of ~”の部分がないものが多い。なぜなら、(c)だけで意味が通じるから。クリスマス・ソングにおける“a list (or lists)”は、「誰に対してどのようなクリスマス・プレゼントを贈るか」を書き留めておくメモ(これは大人がよくやる行為)、もしくは子供が一生懸命に考えながら綴る「サンタクロースへ送る欲しいものリスト」を書き連ねた手紙を指す。が、マライアは「欲しいものリストは作らない」とキッパリと断言。欲しいものが愛しい男性だけだからである。
サンタクロースの異名は複数ある。(d)もそのひとつで、もともとは、4世紀に実在した小アジアの宗教 Myra の司教の名前。後に、子供たちや旅人たちの守護聖徒(守り神みたいなもの)として崇められるようになり、さらにはサンタクロースの起源ともなった人物、と言われている。正式名は“Saint Nicholas”。クリスマス・ソングの歌詞にも、度々、登場する。この曲では、「Saint Nickに『欲しいものリスト』を送らない」といってることから、サンタクロースの異名として使われていることが明らか。
ここでちょっとアメリカ英語の発音の話を。“t”が“d”化するのはアメリカ英語の発音の特徴のひとつだが、“-ta”が“-na”に聞こえることもまた、そのうちのひとつ。例えばマライアがこの曲で口にする“Santa Claus [sǽntəklɔ̀ːz]”の“Santa”が [sǽnə] と聞こえるように。“-ta”で終わる英単語の“Atlanta”も [ætlǽnə] と聞こえることがある。このように、“-ta”はアメリカ英語の発音では“-da”もしくは“-na”になる場合が多いので、それらの単語をネイティヴが口にするのを注意深く聴いてみていただきたい。
オリジナルのクリスマス・ソングでありながら、この曲には西洋におけるクリスマスの慣習がところどころに織り込まれていて、聴いていてとてもためになる。みなさん、今年のクリスマスには、家の中に寄生木を飾ってみませんか?
【筆者プロフィール】
泉山真奈美(いずみやま・まなみ)
1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「リリック英文法」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。近作はマーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツ。
漢字の現在:「瓲」「屯」「t」
2011年 12月 6日 火曜日 筆者: 笹原 宏之漢字の現在 第151回 「瓲」「屯」「t」
浜松町と羽田空港を繋ぐ東京モノレールは便利で、継ぎ目がない線路(?)でスーーッと移動していく。あたかも安全なジェットコースターのようだ。ネット上では、わざわざ「モルーノレ」と、「モノレール」の字をバラバラにして表記する人たちもいる。
駅名には、「天空橋」、命名のセンスに感心する。「昭和島」、この車体もかつては明るい未来に向けて輝いていたに違いない。「大井競馬場前」では、馬が眼下にゆっくりと歩く。
座席から、いつも目に入るのは車内の端にある「自重24.5瓲」の掲示である。
対向車にも、同じ「瓲」が見えた。車両によってはこれがないようで、下車後、写真を改めて撮ろうと近寄った先頭車両には貼られていなかったようだ。
この「瓲」という字は、日本人が作った漢字、つまり国字だ。作られてからまだ100年に満たないようだ。当用漢字表によって否定されてからも、根強くあちこちで消されずに使われている。モノレールに乗るたびに、まだあるか、と確かめてみている。
私たちは、日々、日常の生活を送っている。たとえば食生活はその一部をなしている。言語生活も同様であり、その中で文字生活というものが主要な一角をなしている。ときに文字は、ことに日本では言語を超えた運用も見られるが(例:読み不明の熟語、絵文字:お茶どーぞ旦~)、おおむねその中に収まっている。
文字生活には、一人ずつ独自の個性がある。一人として自分と同じ文字生活を送る人はいない。全く同じ本を読み、全て同じテレビを視るといった行為は、家族、双子であっても考えがたい。文字生活には個々人が偏りをもっているのだ。
ことに私の文字生活は、大いに偏っているものと自覚している。各種レベルの文字をメタレベルで扱うことが多いので、一般の趨勢を内省によって考えようとする際にはあまり参考にならない。暮らしぶりは意外にも、(優雅とはほど遠い)江分利満氏的であったとしても、この部分では、明らかに平均的ではありえない。しかし、誰も知らないような古典の文字を、いつも穿鑿しているわけではない。一般の人々が触れる可能性のある文字について、客体視の俎上に乗せて観察・考察に腐心し、記述しようと努めることがある。
羽田が世界の玄関だった頃、海外への希望を乗せて光り輝く車体の内側に、この字はあり続けたのだろう。この字は、私にとって懐かしい字だ。昭和40年代末ころ、小学生のときにトラックの車体にも、このような国字が記されていた記憶が微かにある。集団登校のときに、停車中の荷物を積んだトラックの車体後ろの下部に、たしかこの、当時謎の文字が記されていた。
それが中央気象台が作りだした一群の国字から派生した末裔であることを知るのは、だいぶ後になってからのことである。謎の解明まで、相当の時間を要した。「瓦」がガランマ・グラムの音訳の一字目として選ばれ、それを応用して「瓩」などを生み出す。明治期に中央気象台がスペースの節約を目指して創造した苦心作だ。「粁」「竏」、「粍」「竓」なども同種で、音義が効果的に利用され、きわめて体系的にできている。ただ、システマチックすぎて、使用の需要の乏しいものまで辞書に載り続けている。
小金井にある江戸東京たてもの園に展示されていた、古い自動車の車体にも、やはりその字が記されてあったのだ。子供は小さいせいか、振っても関心も示さない。それはそうだろう。
「t」のほか、音訳漢字の「屯」は、まだ一部の機械工業の業界では健在だそうだ。横書きの書類では「t」に変わってきた、と教えてくれた方もいた。大学生たちには、実地ではなく、漢字検定の勉強の中で覚えたという人がいる。
メートル法のトンとは異なる単位としてのトンには、それを表す「噸」が作られているのだが、それが中国製か日本製か、判断が難しい。清朝後期の資料と、江戸時代末の資料とで、ほぼ同じ頃に登場するためだ。それぞれで生み出されたという可能性さえもある。あるいは中国で、「磅」(ポンド)という音訳や「碼」(ヤード)という訳の字がこれに先だって生じており、それを踏まえ、音声に対する純粋な形声であることや音訳であることを表す「口偏」とあいまって、生み出されたものと考えられる。「呎」「吋」「哩」なども、早く出生国の秘密を明らかにして、現状の辞書類でのレッテル貼りの混乱を解決したいと願っている一群の字だ。
◆この連載を続けてお読みになる方は⇒「漢字の現在」アーカイブへ
◆記事のタイトルからお探しになる方は⇒「漢字の現在」目次へ
【筆者プロフィール】
笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。最新刊は、この連載がもととなった『漢字の現在』(三省堂、2011年8月刊行)。
【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「土佐土産」でした。
この連載への質問、また「ここでこんな字が使われていた」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「漢字の現在」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。
大規模英文データ収集・管理術 第13回
2011年 12月 5日 月曜日 筆者: 富井 篤5 「トミイ方式」の機能と目的
今まで、「トミイ方式」の目的として
何を集め、どのように整理・分類しておくと、どのような目的に活用できるか
ということを、繰り返し、述べてきました。そして、その延長として
どのような目的に活用するためには、何を集め、どのように整理・分類しておくべきであるか
ということも述べてきました。
そこでここでは、まず最初に、「機能」、「効能」、および「分類」を表示し、「機能」と「目的」を理解していただきます。

上表の「分類」欄に、7つの分類項目が示されていますが、これは、すでに何回か触れてきました、「トミイ方式」の7つの大分類です。それぞれの意味は下記のとおりです。
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ABC: |
収集した英例文を、その中にある当該単語をアルファベット順に分類してあるデータベースです。 |
|---|---|
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50音: |
収集した英例文を、その中にある当該単語を日本語に訳し、その訳語を50音順に分類してあるデータベースです。 |
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表現: |
収集した英例文を、その中にある当該単語を日本語に訳し、その訳語をあらかじめ決めてある表現別に分類してあるデータベースです。 |
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品詞: |
収集した英例文を、その中にある当該単語を品詞別に分類してあるデータベースです。 |
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構文: |
収集した英例文を、その中にある当該単語を構文別に分類してあるデータベースです。 |
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数量: |
収集した英例文を、その中にある当該数と量に関する表現を、あらかじめ決めてある数量表現別に分類してあるデータベースです。 |
|
他: |
収集した英例文を、その中にある当該項目が上の6つの大分類に属していない全ての英例文を「その他」に分類してあるデータベースです。 |
「分類」の中の各欄に○で表示した個所がありますが、これは、それぞれの「機能」・「効能」を発揮させるためには○印で表示されている「分類」の英文データを収集すればよいことを示しており、また逆に、○印で表示されている「分類」の英文データは、それぞれの「機能」・「効能」を発揮させるために活用されることを示しています。
上表を見ながら
(1) 活用ツールとしての機能
(2) 学習ツールとしての機能
(3) 制作・発表ツールとしての機能
の3つの機能を、3回にわたり順に説明していきます。今回は「(1) 活用ツールとしての機能」です。
(1) 活用ツールとしての機能
「トミイ方式」がもともと、英文を作成する時や和英翻訳をする時、なるべくネイティブの発想に近い英語が書けるようになるために彼らの書いた英文データを収集しているわけですから、この「活用機能」が「トミイ方式」のメインの機能になります。この機能には、これ以外にもありますが、主な機能としては、以下に示すいろいろな効能があります。
(a) 和英辞典、表現辞典、参考書としての活用法
いかなる大辞典といえども、それぞれの英単語に対してすべての「意味」や「訳語」が載せられているというものではありません。ましてや、中辞典や小辞典にいたっては、おって知るべしです。そのようなとき、日頃、「このような意味や訳語は自分の持っている辞書には載っていないだろうな」とか「仮に載っていたとしても、別の表現だろうな」というものを収集し、手作りの和英辞典を作っておくと、よい言葉の選択ができることがよくあります。
もちろん、収集をし始めたたばかりで、データが100個や200個程度では、そのような機能は十分には発揮できませんが、何年も継続して収集を続けていると、思わぬ機能を発揮してくれるのが、このデータベースです。
(b) 英和辞典の補助としての活用法
英文を書いている時や和文英訳している時など、わからない日本語に出くわした時、普通、まず和英辞典で言葉を調べます。しかし、出てきた英単語をそのまま使うのではなく、その英単語がその場所に適切であるかどうか英和辞典とか英英辞典で確認し、適切であると確認してから使用しなければいけないといわれています。このような用途にうってつけのデータベースになります。
こんな嘘のような本当の話があります。
これは、昔、東大の農学部の先生と食事している時に聞いた話ですが、ある研究論文の和英翻訳を翻訳会社に出したのだそうです。翻訳されて戻ってきた翻訳を見ると、最初から酷くお粗末であったそうです。やむなく、逐一チェックをしていったところ、politelyという言葉が出てきました。そこで、元の原稿を調べてみたところ、その個所は「~を丁寧に摘果しなさい」というものであったそうです。
翻訳者は、おそらく「丁寧に」という日本語を和英辞書で調べたのでしょうが、その和英辞書では、「丁寧に」という個所の最初に出てきた英語がpolitely であったに違いありません。それを、英和辞典とか英英辞典で確認しないまま使ってしまったためにこのような珍奇な翻訳になってしまったのです。「丁寧に」を和英辞書で引いた時、carefullyという単語が出てくるかどうかかわかりません、出て来たとしても、おそらく、最後のほうだろうと思います。きっと、最初の訳に飛びついてしまい、この場合の「丁寧に」をpolitelyにしてしまったのではないかと思います。この場合の「丁寧に」は、やはりpolitelyではなくcarefullyでしょう。
(c) 単語の用法の確認用として
英文を書いている時、よく、「この動詞は前置詞をとるんだったかな?」とか、「この言葉の反意語ってなんだったかな? 接頭辞はdeかな、disかな、inかな、nonかな、unかな」などと考えてしまうことがあります。
前者の場合を例にとると、動詞の contact は A contact B. だったかな? それとも A contact with B. だったかな? とか、動詞の influence は A influence B. だったかな? それとも A influence to B. だったかな? などと迷うことがあります。そのような時、例文をたくさん集めておくと、動詞の場合には A contact B. とか A influence B. が正しく、A contact with B. とか A influence to B. などのように動詞の後ろには取らないことがわかります。後ろに前置詞を取るのは contact や influence が名詞として使われている場合で、その場合には A is in contact with B. とか A has an influence to B. などのように後ろに前置詞を使います。
後者の場合(反意語の場合)を例に取ると、possible のように誰でも知っているような単語ならば、反意語を作る場合には接頭辞 im を付け impossible とすることはよくわかっています。しかし、例えば、symmetric となると反対語を作るには、接頭辞は dis だとか、non だとか、un などのように迷ってしまいます。しかし、正しくは、a を付けて asymmetric としなければなりません。この場合は、日頃、反意語に出会ったら片っ端から収集し、「その他」という大分類の中に「反意語」という「お座敷」を作ってその中に入れておくと、肯定語に対して反意語がすぐに探せるようになります。
さらに、同じ単語が inhuman と nonhuman, imbalance と unbalance のように2つの接頭辞を取るものもあります。文章単位で収集しておくと、その言葉の前後関係でそれぞれの意味や用法がわかります。
次回は「(2) 学習ツールとしての機能」です。
【筆者プロフィール】
富井篤(とみい・あつし)
技術翻訳者、技術翻訳指導者。株式会社 国際テクリンガ研究所代表取締役。会社経営の傍ら、英語教育および書籍執筆に専念。1934年横須賀生まれ。
主な著書に『技術英語 前置詞活用辞典』、『技術英語 数量表現辞典』、『技術英語 構文辞典』(以上三省堂)、『技術翻訳のテクニック』、『続 技術翻訳のテクニック』(以上丸善)、『科学技術和英大辞典』、『科学技術英和大辞典』、『科学技術英和表現辞典』(以上オーム社)など。
クヴァルク
2011年 12月 5日 月曜日 筆者: 石井 正人クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(124)
クヴァルクの話をもう少し続けたい。牛乳に酸や凝乳酵素(レンネット)Labを混ぜ、沈殿する白い凝縮物と透明な上澄みに分ける。白い凝縮物が凝乳Quark(英curd)で、上澄みが乳清Molke(英whey)である。
乳清は昔は捨てていたそうだが、今日では風味と栄養価を様々に利用する。粉末にしてお菓子などに混ぜ込んである。お菓子の箱の裏に印刷されている成分表によく見かける「ホエー」「ホエイ」とあるのがそれだ。英語から来たこの音がおかしいといって、ちょくちょくネット上で話題になる。
凝乳の方は、各民族各地方でありとあらゆる方法で手を掛け、熟成させて、様々なフレッシュチーズを作る。輸入チーズをブレンド、加熱処理して日持ちがするようにしたプロセスチーズしか日本では長いことお目にかかれず、今でもチーズと言えばプロセスチーズが主流で、国産のフレッシュチーズが手に入るようになったのもごく最近だから、まして新鮮な凝乳などは日本で知られていない。ヨーグルト違って乳酸発酵させて作るわけではないので、風味がもっと淡泊である。
因みに牛乳から乳脂 Rahm を分離して、発酵させればサワークリーム、乳脂の純度を上げていけば生クリーム Sahne からバター Butter に。バターを分離した後に残る液体が(専門的にも Milchflüssigkeit と呼ぶらしいが)バターミルク Buttermilch である。さっぱりした飲み心地で、時々日本でも見かけるが、よくよく考えてみると脱脂乳というやつで、私くらいの世代だと給食のまずい脱脂粉乳を思い出して、興がそがれる。
クヴァルクは食材としてよく使う。ソースやドレッシングに使うと、生クリームやヨーグルトとは違う爽やかな風味が出る。甘くしてお菓子にはさむクリームにしたりもする。しかし一番印象に残ったのは、ベイクド・ポテトにたっぷりのせたクヴァルクだ。
あんなものは以前はドイツの大学でも学食ではなく、カフェの軽食で出していた。大人の握り拳二つ分はあろうかという大きなジャガイモを、皮付きのままアルミホイルでくるんでじっくりオーブンで焼く。焼き上がったら、アルミホイルのまま皿に載せ、アルミを開いてジャガイモの真ん中にさくっと切れ目を入れ、湯気の立つところへ、ハーブを刻み込んだクヴァルクをどさっと山盛りにかける。初めて目にしたときには、前に座った女子学生がうまそうに平らげていくのに、失礼も顧みずとうとう最後まで見とれてしまった。席を変えて、自分でも早速注文したが、忘れられない味だった。ドイツのレストランにもなかなかない。簡単なようで、自分で作るのは難しい。
【筆者プロフィール】
石井 正人(いしい・まさと)
千葉大学教授
専門はドイツ語史
『クラウン独和第4版』編修委員
【編集部から】
2008年2月に『クラウン独和辞典』(第4版)が刊行されました。日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。
An Unofficial Guide for Japanese Characters 89
2011年 12月 4日 日曜日 筆者: SADANOBU Toshiyuki<< An Unofficial Guide for Japanese Characters 88
“Judgments” and “emotional responses”
The behavior of talking about “class” is the specialty of “adults” (“elderly” and “senior citizen” characters) living in the mundane world, but it is not typical for “children” (“baby” and “youth” characters). Besides “class,” “children” are not very good at expressing judgments on things in general.
In the Japanese-speaking community, the behavior of “expressing a judgment” is basically the purview of people of high “status.”
For example, a higher ranked employee might say “Tanaka, you work fast,” thus expressing a judgment about his/her underling’s (Tanaka’s) abilities. However, in Japan it would be considered rude for underlings to express a judgment about their superior’s abilities ――“Boss, you work fast”―― even if this judgment is positive. (Take heed, all you newly employed corporate drones.) Similarly, Japanese professors are not comforted when a foreign student says to them, “Your class was very good, professor,” because they aren’t accustomed to students, whose “status” is presumed to be low, offering a judgment.
On the other hand, things are completely different if these same things are said out of an emotional response: “Boss, you work fast!” “Your class was very good, professor!” “Emotional responses” from people of low “status” are not a problem. While characters with high status, such as “God” or Golgo 13(1), do not have “emotional responses,” such responses are the specialty of the low “status” character. An “emotional response” is not merely a strongly positive “judgment,” as “judgments” and “emotional responses” are separate verbal behaviors.
Let us imagine that in judo, there are technically two, not one, components to a throw――grabbing the opponent’s arm, and flipping the opponent over your back. Are these two actions components of a single technique, or are they separate techniques? Making a judgment on this would provide us a hint on what makes a “good judoka” or “poor judoka.” Insofar as there are many judoka who are good at one component of throwing down an opponent, but not at the other, these appear to be two separate techniques. “Judgments” and “emotional responses” are similar in that they are verbal behaviors that are considered to be separate. The acts of thinking about verbal characters and thinking about verbal behaviors have a close relationship.
The inability of a character whose “status” is low to pronounce judgments can be seen in not just the verbal characters discussed above, but also in expression characters. Consider:
“The participants smacked their lips as they ate the chef’s vaunted dessert.”
“The audience listened to the singer’s transparent voice with half-closed eyes.”
These sentences are not particularly unnatural, but what if we replaced “participants” and “audience” with “children” and “grade-schoolers?”
“The children smacked their lips as they ate the chef’s vaunted dessert.”
“The grade-schoolers listened to the singer’s transparent voice with half-closed eyes.”
Whoa! Are you kids a bunch of old men? The sentences sound unnatural. It is impossible to explain this unnaturalness on the level of “reality,” for example, by claiming that unlike adults, children do not smack their lips, or listen to music with their eyes half closed. In fact, very few adults make an audible smacking sound when eating a delicious food, and not many but some children probably half-close their eyes while listening to music.
It’s fairly common. In rather low priority press coverage of certain events, journalists use various conventions to say “everyone enjoyed themselves a lot.” At an exhibition of Heian furnishings, they might say “the sightseers nostalgically thought about the distant Heian era.” At the public opening of some ancient ruins, they might say “the visitors were intoxicated by the romance of the past.” These are conventional embellishments. They are the kind of sentence we want to address though. Thus, we cannot explain on the level of “reality” the naturalness or unnaturalness of these sentences, but rather on the level of “convention.” Adults smack their lips or half-close their eyes. Children normally have low status, and by convention do not do these things. These “conventions” have been embellished by the mass media, and in essence have become a part of our consciousness.
So, smacking one’s lips or half-closing one’s eyes are “judgmental” behaviors, in which something is being calmly experienced, while more “emotional responses,” such as “jumping for joy” are completely fine for elementary school students.
“The grade-schoolers jumped for joy at the chef’s vaunted dessert.”
So long as everyone was visibly happy, it is fine to say this even if nobody actually physically jumped. This is a conventional expression, you see.
* * *










」という字体は、都内でもよく見かける共通誤字ともいえそうな字体であるが、やはりここでも見受けられる。土産物にさえ、「
)も、あちらこちらでよく使われている。この字を書き慣れただけあって、古い形が伝承されている面があるようだ。
一」(









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2007年









