漢字の現在

第155回 高知に「卵」はあっても「玉子」はなし?

筆者:
2012年1月6日

初めての土佐で、調べたいことがあった。高知では、「たまご」を「玉子」とは書かない、いつも「卵」と書くという話を聞いてから、何人もの高知出身者たちへの聞き取り、NHK番組からの取材、NHK文研の方の全国調査の結果の閲覧を経て、実地でこの目で確認しようと思っていた。

「玉子焼き」が、高知ではベビーカステラを指すために、衝突を回避して「卵焼き」となる、それが拡張したものというのが現在のところ、考えうることだ。あるいは、長尾鶏では、「鶏卵」となることが多く、「卵」と関連する、などということもありうるのだろうか。

市内も大雨だった。一番ひどいときにバスを下車、日頃の行いだろうか。でも、雨男なんていうのがいたら、旱魃地帯にでも行って役立ちそうなものだと思う。折りたたみ傘のほうが軽くて調査に障らないのだが(晴れたら畳めば荷物にならず、かつ帰りは送れば良い。ただそれも面倒)、便利な予報のために、大きめの傘を持たされた。それでもビショビショになってきて、看板や貼り紙などの写真も撮りにくい。

構内に入れば、食いっぱぐれる恐れが出てきた。一食抜くと、学生の頃からもうフラフラでダメになる。学生街らしきものがなく、店も休みで、歩いてスーパーのeveエヴィ朝倉店を見つける。298円で弁当が売っていた、安い。

後で、「生協がやっていたよ」とあっさり教えられる。翌日、その食堂を見に行くが、掲示してあったメニューには、残念、玉子も卵もなかった。

コンビニエンスストアーで探してみると、「玉子」とあり、あっさりと覆された。おでんでは「たまご」とある。全国チェーンだからだろうか。

同じスーパーに行って、「たまご」の表記を観察調査してみる。

 玉子

 厚焼卵

やっと「卵」があった。御礼にお茶を買った。このスーパーでは「すし9貫」と、ついでに「すし」も目に入った。関東では一般的な「鮨」がここでは本当に少ない。江戸前と鮨の結びつきは、江戸時代から確かめられる。

「出汁巻卵」の表示

(画像クリックで周辺を含め拡大表示)

店先では、

 だしまき卵

 卵巻き

 出汁巻卵(写真参照)

と、見つかりだした。

ただ、すべてが「卵」というわけではなく、「玉子」も意外と随所に流通している。見いだせた、他県と異なる実勢としては、やはり「たまご焼き」の類の加工食品となると「卵」が現れやすいというところだろうか。そうすると、やはり当地でお菓子のようなベビーカステラを指す「玉子焼き」のせいとなりそうである。以前、NHK番組の制作(製作)担当者といっしょに、山内氏に何か関わりがあるのでは、と調べてみたものの何も出ては来なかった。

筆者プロフィール

笹原 宏之 ( ささはら・ひろゆき)

早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』、この連載がもととなった『漢字の現在』(以上2点 三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、『日本人と漢字』(集英社インターナショナル)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。『漢字の現在』は『漢字的現在』として中国語版が刊行された。最新刊は、『謎の漢字 由来と変遷を調べてみれば』(中公新書)。

『国字の位相と展開』 『漢字の現在 リアルな文字生活と日本語』

編集部から

漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。