地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第183回 日高貢一郎さん:「けん」を競う大分の方言

2012年1月7日

大分県の観光情報を発信している「ツーリズムおおいた」(旧 大分県観光協会)では、大分空港開港40周年を記念し、空港の利用を促進するために、昨年=平成23年10月からことしの3月まで、多くの人たちにぜひ大分に来てほしい、実際に大分を回ってそのよさを知ってほしいというアピールのひとつとして、『まっちょるけん おおいた』という冊子を作ってキャンペーンを展開しています。

【写真1】
【写真1『まっちょるけん おおいた』の冊子】
(大分空港で)(写真はクリックで拡大)

「まっちょる」は〔待っている〕、「けん」は〔~から、~ので〕に当たり、〔(皆さんを)待っているので、(ぜひ)大分(県においでください)〕という意味ですが、「けん」はチケットの意味の〔券〕にもかけてあります。(第38回で紹介した福岡の乗車カード「はやかけん」も、〔早いから〕という意味と、チケットの〔券〕との掛けことばになっていました)

表紙には「九州大分は意外に近い! 大分にしかない、大分だけの魅力がてんこ盛り。旅のプランはあなた次第。」とあり、裏表紙には命名の由来が……。「「けん」には、「大分県」の「県」と、クーポン券の「券」、そして「心を込めてお待ちしています」という「まっちょるけん」の意味合いが込められています」と述べられています。

A5判30ページの冊子には、食事代や利用額が5%~10%OFFになったり、施設によっては入園料が20%OFFになったり、通常の宿泊料金から3150円引きの宿があったりと、活用するとお得なクーポン付き「まっちょる券」が55枚収録されています。

同様な例として、平成21年には、大分市観光協会が『たべてみるけん いってみるけん おおいた虎の巻』という、小型の紹介冊子2冊を作っています。

このうちの『食 たべてみるけん』の冊子には「大分ふぐ、関あじ・関さば、とり天… 大分ならではの味が楽しめる 全54店」の情報が、また『楽 いってみるけん』には「近場の穴場から県内各エリアまで 2時間~日帰りで行ける 全22コース」が紹介されており、この2冊が赤くて目立つ1つのケースに入れられています。

【写真2】
【写真2 NHK大分放送局のキャンペーンのロゴ】
(写真提供:NHK大分放送局)

また、分野は違いますが、地域密着をめざすNHK大分放送局も、開局70周年記念のキャンペーンとして、平成23年4月から「しんけん 好きやけん おおいたけん」=〔本当に 好きだから 大分県〕というキャッチフレーズで局としての姿勢と意気込みを表現し、「ぜひ大分放送局の作った番組を見てください」と呼びかけています。

こちらは、「―けん、―けん、―けん」と、韻を踏んで「けん」の3段重ねになっています。
 「しんけん」は「しらしんけん、しゅらしんけん」が転じたもので、大分では〔非常に、本当に、一生懸命に〕の意味でいちばん広く使われている、強調のことばの代表例です。(第18回「大分国体と方言」第108回「大分のローカルヒーロー」も参照)

このキャッチフレーズを活かし、「しんけん好きなもの」というテーマで県内の全18市町村を取材。各地域・各世代の人々やグループに数多く登場してもらい、番組と番組の間の短い時間を活用して、30秒の「ミニ番組」として放送しました。

その多くは方言を交えながら自分たちの日頃の活動などを紹介。そして最後には「○○に来ちょくれ~」〔~に来てくださ~い〕とか、「□□を食べに来んかえ~」〔□□を食べに来ませんか~?〕といったお誘いやメッセージで結んでおり、実に1000人以上の人たちが画面に登場しているということです。

《参考》
①社団法人ツーリズムおおいたの『まっちょるけん おおいた』は、
//www.visit-oita.jp/info/kamihanki/machoruken.html で、
②大分市観光協会の『おおいた虎の巻』は「パンフNavi」で見ることができます。//www.pamph-navi.jp/art/view_dynamic/pdfView.php?src=pam10007694
また、③NHK大分放送局のホームページは //www.nhk.or.jp/oita/を参照。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 日高 貢一郎(ひだか・こういちろう)

大分大学名誉教授(日本語学・方言学) 宮崎県出身。これまであまり他の研究者が取り上げなかったような分野やテーマを開拓したいと,“すき間産業のフロンティア”をめざす。「マスコミにおける方言の実態」(1986),「宮崎県における方言グッズ」(1991),「「~されてください」考」(1996),「方言によるネーミング」(2005),「福祉社会と方言の役割」(2007),『魅せる方言 地域語の底力』(共著,三省堂 2013)など。

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。