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第22回 コンピュータゲームと呪文(その2)

筆者:
2012年2月16日

前回は『ドラクエ』の呪文がコンピュータゲームという環境に見合った形態をしていることを,①真性型呪文である,②ことば遊びがある,そして,③短い,という3つの特徴にもとづいて確認しました。ことに,③の短さは,ゲームを行う際の操作性やソフトウェアを動かすハード面の制約に由来したものでした。

しかし,ここに問題があります。

コンピュータゲームの環境に適合させようとすると,呪文は短くなり,分かりやすいものになってしまいます。日常語との違いも出しにくくなります。ところが,第7回で確認したように,難解で非日常的なものが呪文であったはずです。つまり,コンピュータゲームの都合と呪文本来の性格は背反するのです。

どうしたらいいでしょうか?

『ドラゴンクエスト』に見出せる答えは,④オノマトペ(擬音語・擬態語)の語感を利用する,です。⑤の呪文の階層性の問題もかかわるので,あわせて考えてみましょう。

『ドラクエ』では形の似た呪文がグループを構成します。以下がその例です。

(30) a. メラ,メラミ,メラゾーマ
  b. ヒャド,ヒャダルコ,ヒャダイン,マヒャド
  c. バギ,バギマ,バギクロス
  d. ライデイン,ミナデイン,ギガデイン

「メラ」は火球で攻撃します。「メラミ」は「メラ」より強く,「メラゾーマ」は「メラミ」よりさらに強い打撃を敵に与えます。(30a)の「メラ」系の呪文は,炎がメラメラと燃えるイメージを「メラ」の部分が受け持ち,その「メラ」の部分をいわば語幹として,「メラミ」「メラゾーマ」と音節数が増えるにしたがって魔法が強まる,という設定になっています。

ほぼ同じことが,(30b, c)についても言えます。「ヒャド」系呪文は氷塊や冷気で敵を攻撃します。「ヒャド」の部分が冷やっと凍てつく感覚を伝えます。

「バギ」系は真空による打撃を与える呪文です。真空によって物がカマイタチ的に「バキッと」壊れる様を(おそらく)表します。

これらの呪文群は,語幹に当たる部分が既存の擬音語・擬態語(「メラメラ」「冷やっと」「バキッ」)に近い音(「メラ」「ヒャド」「バギ」)を表すことで,既存の擬音語・擬態語が持つイメージを間接的に導入します。つまり,オノマトペ的な感覚を利用して,呪文の効能を予感させる訳です。そして,その語幹に付加される部分によって魔法の強度を表しているのです。

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これはとてもうまい方法だと思います。オノマトペは感覚的に表現内容を伝えます。だから,その感覚を共有する日本語話者には,呪文が表すだいたいのイメージは伝わります。その点においてコンピュータゲームの呪文に必要な操作性・分かりやすさを確保しています。語幹に付加される部分(「メラミ」の「ミ」,「メラゾーマ」の「ゾーマ」)によって呪文の強度を増やす設定も,分かりやすさに貢献しています。

他方,オノマトペ的感覚にたよるということは,ことばで論理的に明言したことにはなりません。しかも,既存の語をそのまま使うのではなく,それに類似する音を使う点も,呪文に必要な分かりにくさをもたらしていると言えるでしょう。

(30d)は上記の呪文と似ていますが,少しだけ性格を異にします。「デイン」系の呪文は雷撃による攻撃をもたらします。「雷電」をもじった命名です。オノマトペではなく,もじりによって「雷電」の意味合いを重ねた「ライデイン」が,まず作られる。その「ライデイン」の「デイン」を語幹にして「ギガデイン」と「ミナデイン」が出来上がる。オノマトペは関与しませんが,呪文の作り方は基本的に(30a-c)と同じです。

コンピュータゲームの都合と呪文本来の性格は,本来,背反するはずですが,『ドラゴンクエスト』では,このようにしてバランスをとっているのです。

筆者プロフィール

山口 治彦 ( やまぐち・はるひこ)

神戸市外国語大学英米学科教授。

専門は英語学および言語学(談話分析・語用論・文体論)。発話の状況がことばの形式や情報提示の方法に与える影響に関心があり,テクスト分析や引用・話法の研究を中心課題としている。

著書に『語りのレトリック』(海鳴社,1998),『明晰な引用,しなやかな引用』(くろしお出版,2009)などがある。

『明晰な引用,しなやかな引用』(くろしお出版)

 

『語りのレトリック』(海鳴社)

編集部から

雑誌・新聞・テレビや映画、ゲームにアニメ・小説……等々、身近なメディアのテクストを題材に、そのテクストがなぜそのような特徴を有するか分析かつ考察。
「ファッション誌だからこういう表現をするんだ」「呪文だからこんなことになっているんだ」と漠然と納得する前に、なぜ「ファッション誌だから」「呪文だから」なのかに迫ってみる。
そこにきっと何かが見えてくる。