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第23回 呪文の長さと強度の関係

筆者:
2012年3月1日

前回までで,ドラクエの呪文の特徴を概観できたかと思います。おさらいしておくと,たとえばメラ系の呪文(メラ/メラミ/メラゾーマ)なら,語幹に当たる「メラ」の部分が既存の擬音語・擬態語(「メラメラ」)が持つ火炎のイメージを導入し,語尾の「ミ」「ゾーマ」の部分が当該の呪文の強度を表していました。今回と次回では,ドラクエの呪文が持つ階層性について,もう少しくわしく考えてみましょう。

まず,基本的なルールとしては,音節数(モーラ数)が増えるほど呪文の強度が増すことが挙げられます。以下が,音節数が順に増えている呪文です。

(31) a. メラ/メラミ/メラゾーマ (火の玉で攻撃する)
  b. ギラ/ベギラマ/ベギラゴン (閃光で攻撃する)
  c. イオ/イオラ/イオナズン (爆発で攻撃する)
  d. バギ/バギマ/バギクロス (真空で攻撃する)
  e. ザキ/ザラキ/ザラキーマ (敵を即死させる)
  f. ラリホー/ラリホーマ (敵を眠らせる)

では,なぜ,音節数が多いほうが強い印象を与えるのでしょうか。それはおそらく,音節が多いとその分だけ呼気を余計に消費するからでしょう。よりエネルギーが必要なのです。だから,強くて重い印象がする訳です。

このような感覚は,ことばにかたちをとって現れることがあります。クーパーとロスの1975年の論文(Cooper, W. E. & Ross, J. R. “World order.” Papers from the Parasession on Functionalism, CLS)は,名詞の並び方に一定の傾向があることを指摘しています。彼らが扱うのは”A and B”もしくは”AB”のかたちをした慣用表現における名詞ABの順序です。

英語では,意味上の必然性がない場合,音節数が多いものが後に来るという傾向があります。

(32) a. bread and butter (バターを塗ったパン)
  b. bride and bridegroom (新郎新婦←花嫁と花婿)
  c. peace and quiet (安らぎ←平和と静穏)
  d. days of wine and roses (酒と薔薇の日々)
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たとえば,breadは1音節ですが,butterは2音節です。そして,butter and breadという順序はあまり見当たりません。

同じことは日本語でも言えます。名詞をふたつ(以上)並べる表現に,たとえば次のようなものがあります。

(33) a. 雨あられ
  b. 塵芥(ちりあくた)
  c. 魑魅魍魎(ちみもうりょう)
  d. 巨人大鵬卵焼き

(33c)の「魑魅魍魎」はさまざまな妖怪変化を表す表現ですが,「魑魅は山の精,魍魎は水の精」(『デイリーコンサイス国語辞典』)を意味します。同じような意味の名詞がふたつ並ぶとき,日本語でも音節数の多いものが後に来ることが多いようです。ちなみに「魍魎魑魅」(もうりょうちみ)という表現はありません。

(33d)の「巨人大鵬卵焼き」は,「国鉄」や「メリケン粉」と同じくらい昭和の香りがぷんぷんする表現です。1960年代に子供が好きだったものと言えば,読売ジャイアンツと横綱大鵬と卵焼きだった訳です。

同種のものを複数並べるときは,後のほうが重くなるように並べる,というのが日本語でも英語でも慣例となっています。ことばの音に対する重さ・強さの感覚はこのように,母語話者に共有されています。ドラクエの呪文はその感覚を利用して,同種の呪文を階層化しているのです。

しかし,問題があります。

(34) a. ホイミ/ベホイミ/ベホマ/ベホマラー/ベホマズン
  b. ヒャド/ヒャダルコ/ヒャダイン/マヒャド

ホイミ系の呪文は,仲間のHP(体力)を回復させます。「ベホマ」は「ベホイミ」よりも音節数が少ないにもかかわらず,より体力を回復させます。そして,ヒャド系呪文は,氷や吹雪で敵を攻撃します。「マヒャド」も「ヒャダルコ」「ヒャダイン」より音節数が少ないのに,より強い攻撃ができるのです。

なぜでしょうか。続きは,また再来週。

筆者プロフィール

山口 治彦 ( やまぐち・はるひこ)

神戸市外国語大学英米学科教授。

専門は英語学および言語学(談話分析・語用論・文体論)。発話の状況がことばの形式や情報提示の方法に与える影響に関心があり,テクスト分析や引用・話法の研究を中心課題としている。

著書に『語りのレトリック』(海鳴社,1998),『明晰な引用,しなやかな引用』(くろしお出版,2009)などがある。

『明晰な引用,しなやかな引用』(くろしお出版)

 

『語りのレトリック』(海鳴社)

編集部から

雑誌・新聞・テレビや映画、ゲームにアニメ・小説……等々、身近なメディアのテクストを題材に、そのテクストがなぜそのような特徴を有するか分析かつ考察。
「ファッション誌だからこういう表現をするんだ」「呪文だからこんなことになっているんだ」と漠然と納得する前に、なぜ「ファッション誌だから」「呪文だから」なのかに迫ってみる。
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