地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第191回 田中宣廣さん: 大阪弁の薬

筆者:
2012年3月3日

この冬は特に寒く,私も体調を崩してしまいました。病気の治療には,病院の受診のほか,市販薬の服用もあります。今回は薬の話です。なお,今回は読者の皆さんに,特別に希望があります。おしまいまで「いちびり精神」(第141回)をもって,「薬の話」であることを否定しないで読み続けてください。

【写真1 大阪弁の薬】
【写真1 大阪弁の薬】
(クリックで他の薬も表示)
【写真2 「成分」】
【写真2 「成分」】
(オモシロクナール;クリックで全体を表示)

市販薬のなかに『大阪弁の薬』があります。大阪は,商人の町と言われますが,薬の町でもあるのです。製薬企業の本社や主要支社も多くあり,大阪弁の薬も,そういう土地柄のなかで作られています。

薬の名称は,『オモシロクナール』【写真1】,『アタリヤスクナール』,『ヨクスベール』と,似た名前が別の薬にあるもので,特に大阪弁でもない[]のですが,「成分」が大阪弁なのです。

たとえば,『オモシロクナール』には,「ウケテショウガアレフェン」(受ケテショウガアレヘン=受けてしょうがない)や「ワライトマラフェン」(笑イ止マラヘン=笑いが止まらない),の,大阪弁の薬効成分や,「コナイウケルノナーゼ」(このように受けるのはなぜ),また,「スベルキセン」(おもしろくなくて白けるという気はしない)が入っています。【写真2】

また,『ヨクスベール』には,「ミンナワラワフェン」(ミンナ笑ワヘン=皆笑わない),「メッサスベルン酸」(メッサスベル=とても白ける),「コナイスベルノナーゼ」(このように白けるのはなぜ),など,さらに,『アタリヤスクナール』には,「アタリトマラフェン」(アタリトマラヘン=良い評価が止まらない),「ハマルキセン」(面白くなる気がしない)が入っていて,しっかり効きそうです。

「良薬は口に苦し」と申します。大阪弁の薬,3種とも効き目は折り紙付きですが,味については,十分な『臨床治験』ののち,報告します。

なお,大阪弁の薬は,大阪市内などの吉本ショップのほか,ネットでも販売しています。//www.yoshimotoclub.co.jp/itemlist.phpからどうぞ。

【写真3 喜んで受け取っていただけます】
【写真3 喜んで受け取っていただけます】
(クリックで拡大)

* * *

[注]「スベル」は,おもしろくなくて白ける,という意味の関西方言です。その対義語が「ウケル」で,「ウケル」か「スベル」かは,笑いのことのほか,物事一般の評価の表現としても用いられます。「すべらない、神戸土産。」という広告もあり【写真3】,方言メッセージと言えましょう。薬の名称にも大阪弁「スベル」が入っていると考えることもできます。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 田中 宣廣(たなか・のぶひろ)

岩手県立大学 宮古短期大学部 図書館長 教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『近代日本方言資料[郡誌編]』全8巻(共編著,港の人)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。

『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。