社会言語学者の雑記帳

8-3 法律を襲う言語変化(3)

2012年3月19日

もう一つ注目すべき点。それは「それってまずいのか?( ・∀・)」ということです。50年後、100年後のことを考えた場合、現在の法律が一般の人には到底わからないような文章になっていては困ります。確かに現行法令でも明治期に制定されたものがそのまま生きている例もあります。現在効力を持つ法律のうちでもっとも古いものは、明治六年に出された太政官布告第六十五号です。なんと死刑の方法を定めた内容で、その名も「絞罪器械図式」と言います。いきなり「絞罪器械別紙図式ノ通改正相成候間各地方ニ於テ右図式ニ従ヒ製造可致事」で始まるこの法律は、ほとんど漢文の世界です(´ε`;)ウーン…

140年前の法律でこうなのですから、法律の文章も時代につれて変わってくれないと、我々の子孫は今制定されている法律が読めなくなってしまうでしょう。だから徐々に法律の文章に変化が入ってくるのはむしろ望ましいとも言えるかも知れませんo(`・д・´)o ウン!!

しかし、あえてこの議論にイチャモンを付けたくもなります。曰く、国の基礎をなすはずの法律が書かれる文法が、このように無意識に支配される形で変化をして良いものなのか、とか。曰く、これからは法律もコンピュータの端末で検索される機会がますます多くなると予想されるが、その場合例えば「適しない」「適さない」と2つの形を検索せねばならないとしたら、不便ではないか、とか。曰く、そもそも誰か法律の専門家ではなく、日本語の専門家が立法過程のどこかで法律文の言語学的チェックをすべきではないのか、とか( ゚ε゚;)ムムッ

最初の議論については、ならば計画的に言語変化を法律文に導入するのかということになります。これは表記であれば当用漢字・常用漢字の導入・改正、また仮名遣いや送り仮名の改正として、何度か行われてきていることですが、文法では戦後の国語改革の一環として「である」体の口語文で書かれるようになって以来、明確に公文書に関する国の方針として定められたことはないようです。これを現実にやるとなると、結局「標準語の文法」を定めることになってしまい、大変な作業になるでしょう。それこそ社会言語学者は黙っていないはずですw

2番目の議論は、要するにまったく同じことを表す表現が2つ存在していて良いのか、ということです。意味的な差も生まない2つのきわめて似通った語形が、同時期に制定された法律に存在するのは好ましくありません。もちろんコンピュータによる検索の場合にも不都合でしょう(ま、それぐらいは簡単に扱ってくれる検索ソフトを作ればいいのですが)。それぐらいなら統一しろよ、というわけです。7000以上ある法律でゆれている表現をありったけ探し出し、一気に統一すればいいじゃないかって? しかし例え字句の変更でも改正は改正です。いちいち「○×法の一部を改正する法律」を作らなければなりません!これはとても不可能でしょう(;´∀`)

3番目の議論はどうでしょう。現在のところ、私の知る限りではそのようなチェックは行われていないようですが、これを行うべきでしょうか。憲法を頂点とする法令は日本という国の基礎であり、その骨格を定めた文書です。通常そうした文書はその国の標準語とされる言語で書かれるわけで、これは誰しもがそうなんだろうなぁと思っているのではないでしょうか。おそらく明治期に西洋にならって初めて法律を制定した人たちは、そのように意識していたはずです。しかし、実際にはそれをチェックする機関は作られることはなく、それでも既存の法にならって新法を作っていたおかげで、我々もあまり法律文書のバリエーションには気付かなかったのでしょう。これをもしやるとなれば、既存の機関(国立国語研究所?!)か新たな機関で行うことになるでしょう。しかしそこでどのような文法を規範とするのか。これこそ大きな問題になるはずです。つまり「標準語の文法」を定めることになってしまいますから(´ε`;)ウーン…

法律に見つかった「属さない~属しない」のようなバリエーションは、とうとうここまで大きな問題になってしまいました。この現象は、これまである意味盲点であった、我々の社会の基礎をなす法律にも言語変異・変化があるのだということを教えてくれる点、そして法の言語とはどうあるべきなのか、という別次元の話にまで広がりを見せる点で、優れて社会言語学的なものと言えるでしょう(o゚ω゚))コクコク

どうです? やっぱり法律は眠くなりますね。それではお休みなさい(´-ω-`)コックリコックリ

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(この研究の一部は、平成23 年度日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(C)(課題番号22520480)「法令・条例コーパスにおける言語変異・変化現象の研究」(代表者松田謙次郎)を受けてなされたものです。)

筆者プロフィール

松田 謙次郎 ( まつだ・けんじろう)

神戸松蔭女子学院大学文学部英語英米文学科、大学院英語学専攻教授。Ph.D.
専攻は社会言語学・変異理論。「人がやらない隙間を探すニッチ言語学」と称して、自然談話データによる日本語諸方言の言語変化・変異現象研究や、国会会議録をコーパスとして使った研究などを専門とする。
『日本のフィールド言語学――新たな学の創造にむけた富山からの提言』(共著、桂書房、2006)、『応用社会言語学を学ぶ人のために』(共著、世界思想社、2001)、『生きたことばをつかまえる――言語変異の観察と分析』(共訳、松柏社、2000)、『国会会議録を使った日本語研究』(編、ひつじ書房、2008)などの業績がある。
URL://sils.shoin.ac.jp/%7Ekenjiro/

編集部から

「社会言語学者の雑記帳」は、「人がやらない隙間を探すニッチ言語学」者・松田謙次郎先生から キワキワな話をたくさん盛り込んで、身のまわりの言語現象やそれをめぐるあんなことやこんなことを展開していただいております。