タイプライターに魅せられた男たち・第31回

ドナルド・マレー(9)

筆者:
2012年3月22日

1914年1月3日、ルシタニア号でリバプールを出帆したマレーは、1月9日ニューヨークに到着しました。ウェスタン・ユニオン・テレグラフ社への特許譲渡手続、ウェスタン・エレクトリック社への技術供与、あるいは新聞のインタビューなど、マレーはアメリカでやるべき仕事が多々ありました。そして1914年1月25日、ニューヨーク・タイムズ紙の日曜版に、マレーのインタビュー記事が掲載されました。「タイプライターはまもなく電報の送受信機になるだろう」と題されたこの記事は、マレーの遠隔タイプライターを大々的に取り上げたものでした。このインタビューの中で、マレーは、大胆な予言をおこなっています。

この新しい多重システムによる電信回線が十分に多く準備されれば、各都市を経由して、北アメリカのいかなる重要な地点にも、自動的にメッセージを送ることができるようになるだろう。それは、ここ数年で可能となる。さらに興味ある可能性としては、ここ5年か6年の間に、鑽孔テープを介して同一のメッセージが、海底ケーブルや無線を通じて、送受信できるようになることだろう。もちろん技術的な困難さはあるが、それらは克服されると信じるに足る理由がある。少なくとも、大西洋横断ケーブルの仕事に従事する熟練の技術者たちは、それが可能になると信じている。タイプライターのキーボードを叩くだけで、ニューヨークとロンドンの間を、メッセージが行き来するようになるのだ。

ロンドンに戻ったマレーは、遠隔タイプライターで大西洋をまたぐべく、技術開発を続けましたが、マレーの夢は、そう簡単には進みませんでした。1914年8月4日、イギリスはドイツに宣戦布告、即座にフランスへ援軍を派兵して、あっという間に戦火がヨーロッパに拡がってしまったのです。1915年5月7日、ドイツのU-20潜水艦が、リバプールに戻る途中のルシタニア号を撃沈し、状況はさらに悪化します。イギリス海軍が、ドーバー海峡や北海の機雷封鎖をおこない、結果として海底ケーブルをズタズタにしてしまいました。とても、遠隔タイプライターの通信実験ができるような状況ではなかったのです。

戦争が続く中も、マレーは、遠隔タイプライターの改良を続けました。創刊されたばかりの『The Telegraph and Telephone Journal』誌に、「押しボタン電信」(Press-the-Button Telegraphy)と題する連載記事を書いたり、ウェスタン・ユニオン・テレグラフ社を譲渡先とするアメリカ特許(Nos.1401917,1170556,1352308,1276794)を申請したりしました。しかし、1917年4月6日、アメリカ合衆国もドイツに宣戦布告します。それまで中立を保っていたはずのアメリカも、戦争の渦へと巻き込まれていったのです。

ドナルド・マレー(10)に続く)

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

編集部から

安岡孝一先生の新連載「タイプライターに魅せられた男たち」は、毎週木曜日に掲載予定です。
ご好評をいただいた「人名用漢字の新字旧字」の連載は第91回でいったん休止し、今後は単発で掲載いたします。連載記事以外の記述や資料も豊富に収録した単行本『新しい常用漢字と人名用漢字』もあわせて、これからもご愛顧のほどよろしくお願いいたします。