地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第195回 大橋敦夫さん:方言ネーミングで全国発信―美味(おい)だれ焼き鳥(長野県上田市)

筆者:
2012年3月31日

JR上田駅前には、日本一の兵(つわもの)と称された戦国武将・真田幸村の銅像が建っています。その像を眺める前に、今、多くの観光客の皆さんが目にするのは、「美味(おい)だれ焼き鳥」の垂れ幕です。

上田市内には、50年以上前から親しまれている焼き鳥のタレと食べ方があります。

タレは、しょうゆベースで、そこにすりおろしたニンニクが入ったもの。

食べ方は、テーブルの上のコップに入ったタレに串をさし入れたり(串カツのソースと同じで二度付け禁止!です)、タレ壺から自分でタレをかけたりする、というものです。

上田市内の皆さんにとっては、ごくごく当たり前のことであった、この食べ方とタレが、実は上田独特のものだということが、焼き鳥好きの市民と、焼き鳥店の方によって判明しました。

そこで、「美味だれで委員会」が結成され、独特のタレとその食べ方を「美味だれ」「美味だれ焼き鳥」と名付け、全国発信に向けて動き始めることになりました。その手始めに作成されたのが、「美味だれ焼き鳥」を味わえるお店を紹介した「食べ歩きまっぷ」。

【写真1】
【写真1 まっぷの表紙】
(クリックで拡大表示)

それによると、「おいだれ」の命名には、次の三つが重ね合わされています。

①慣れ親しんだ仲間などに使う愛称(上田の方言)

②おいしいタレ

③後から自分の好みで付けられる追いダレ

【写真2】
【写真2 まっぷの中身:由来の紹介など】
(クリックで全体を表示)

[おまえたち]の意で、地元出身の大学生が使うことはほとんどありませんが、学生の親御さんの年代以上では、現役のコトバです。ほかに、「おいだち」「おまえだれ」などの語も、使われることがあります。

現在、上田市は、「美味だれ」と「美味だれ焼き鳥」を特許庁に商標登録。委員会でも、

これを機会に地元の人たちが地域に根ざした食文化を大切にし、今後とも末永く美味だれ焼き鳥が受け継がれていけば嬉しい。また、ご当地グルメとして、信州上田のPRにつなげられるものとしていきたいですね。

と、期待を寄せています。

[おまえたち]の意味を知らなかった若い世代も、焼き鳥を通して、地元の方言を再認識することになりそうです。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 大橋 敦夫(おおはし・あつお)

上田女子短期大学総合文化学科教授。上智大学国文学科、同大学院国文学博士課程単位取得退学。
専攻は国語史。近代日本語の歴史に興味を持ち、「外から見た日本語」の特質をテーマに、日本語教育に取り組む。共著に『新版文章構成法』(東海大学出版会)、監修したものに『3日でわかる古典文学』(ダイヤモンド社)、『今さら聞けない! 正しい日本語の使い方【総まとめ編】』(永岡書店)がある。

大橋敦夫先生監修の本

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。