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The Way We Were(1973, 全米No.1, 全英No.31)/バーブラ・ストライサンド(1942-)

2012年 5月 2日 水曜日 筆者: 泉山 真奈美

歴史を彩った洋楽ナンバー~キーワードから読み解く歌詞物語~ 第30回

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●歌詞はこちら
http://www.metrolyrics.com/the-way-we-were-lyrics-barbra-streisand.html

曲のエピソード

シドニー・ポラック監督、バーブラ・ストライサンドとロバート・レッドフォードが主演した大ヒット映画『THE WAY WE WERE(追憶)』のテーマ曲。歌詞の内容は物語の行方を暗示している。相反する政治思想を持ちながらも、どこか惹かれ合っていた男女が第二次世界大戦が今まさに終わろうとしていた頃、ニューヨークで偶然、再会し、愛し合うようになって結婚する。が、皮肉なことに、妻が第一子をみごもった時、男と女は互いの考え方や価値観の相違に今さらながらに気付き、別れることを選択するのだった…。

バーブラ(余談ながら、本名はBarbara。本人の意向で、本名のスペルから真ん中の“a”を取り除いてBarbraをステージ・ネームとした)が万感の思いを込めて歌ったこの曲は、アカデミー賞のオリジナル作曲賞と主題歌賞を受賞。映画の公開とほぼ同時期にリリースされたシングル盤は、全米チャートで3週間にわたってNo.1の座をキープし、アダルト・コンテンポラリー・チャートでは2週間にわたってNo.1の座に就いた。彼女にとって、初の全米チャート制覇を成し遂げた曲である。過去に存在した無数の男女の別れの曲と大きく異なるのは、相手が心変わりしたり浮気したりしたことを別離の理由に挙げたり、別れた相手を責めるような言葉がひと言も歌詞に登場しない点。互いに愛情を残しつつも別れざるを得なかった男女の切ない思いが行間に見え隠れして、聴くたびに切ない気持ちになってしまう。

曲の要旨

愛し合っていたあの頃の私とあなた。共に過ごした様々な思い出が、私の心の中でくっきりと浮かび上がる。屈託がなくて、無邪気だったあの頃に、ふたりはもう戻れないのかしら? 思い出は美しいものであると同時に、記憶に留めておくには辛いものもある。だから私たちは、お互いに過ごした日々――the way we were――での辛かった出来事を忘れることにしたの。幸せに満ちて、笑って過ごした日々のことだけをいつまでも憶えていましょうね。

1973年の主な出来事

アメリカ: アメリカ軍が南ヴェトナムから完全に撤退。
日本: 韓国の政治家、金大中が都内のホテルで拉致される。世に言う「金大中事件」。
世界: 第4次中東戦争に端を発する石油危機。

1973年の主なヒット曲

You’re So Vain/カーリー・サイモン
Love Train/オージェイズ
You Are The Sunshine Of My Life/スティーヴィー・ワンダー
We’re An American Band/シェール
Angie/ザ・ローリング・ストーンズ
Photograph/リンゴ・スター

The Way Wereのキーワード&フレーズ

(a) corner(s) of one’s mind
(b) the way we were
(c) simple

最近、映画『追憶』(それにしても邦題が素晴らしい!)のDVDを折に触れては何度か観てみた。と言うのも、若い頃、TVで放映された時に初めて観た際に、何故に主役の男女――バーブラ演じるケイティ、ロバート演じるハベル――が互いに惹かれ合ったのか、その理由が全く解せなかったから。共産主義に傾倒し、政治活動に夢中になるケイティ(そのことが、後に脚本家になる夫の仕事にも影響を及ぼすようになる)と、彼女の精力的な活動に気圧されつつも彼女に惹かれていくハベルが、第二次世界大戦終結後に結婚に至ったのは何故なのか。筆者自身が年齢を重ね、数十年ぶりに同映画を何回も観直していくうちに、この男女は“自分にはないもの”を相手が持っていることで惹かれ合ったのだと、今さらながらに気付いた。そしてもうひとつ。ラスト・シーンで、離婚後に久々にふたりはニューヨークで再会するのだが(その際、ハベルは新しい妻を伴い、売れっ子の脚本家に出世していた)、路上で原爆反対運動を繰り広げていたケイティに「結婚は?」と訊ねた際に、彼女が「ええ、してるわ」と答えたのは、じつはとっさについた嘘なのではないかと。若い頃に観た時には、“互いに新しい伴侶を得て良かった”と素直にそのセリフを受け止めたのだが、今、そのラスト・シーンを観てみると、バーブラのやや戸惑ったような表情から、「じつはまだ独りなのよ」という真逆のセリフが読み取れる。恐らくは、かつての夫を安心させるためについた優しい嘘だったのだろう。

歌い出しの♪Memories… をご記憶の方も多いことだろう。ここで注目したいのは、頭に定冠詞の“the”がついていないことである。つまり、曲(そして映画の)主人公の女性は、別れた夫との思い出を限定していない。共に過ごした日々の様々な出来事――いいことも悪いこともひっくるめて――が、(a)を「照らす」と歌っているのである。

(a)は、複数の洋楽ナンバーに、単数形で“a (または the)corner of one’s mind”として登場するが、正式なイディオムではない。直訳すると「~の心の隅っこ」となるが、この曲では“the corners of my mind”と複数形で歌われているので、“私の心の隅々に至るまで”と解釈できるだろう。英語圏では、これを「心の中でいつまでも消えない思い出が留まる大切な場所」と解釈する人々が多い。それに倣って言うなら、ここで歌われている女心は、「あなたと過ごした悲喜こもごもの思い出の数々が、私の心に色濃く残っている」となるだろうか。動詞の“light”は、他動詞では「~に火をつける、~を明るくする、~に活力を与える」といった意味だが、この曲では、「私の心の中でそれらの思い出がくっきりと浮かび上がる」と解釈したい。

映画のテーマ曲は、映画の邦題と同じになる場合が多く、この「追憶」もその例に漏れない。その他には、「~のテーマ」といった邦題が目立つ。仮にこの曲が映画の主題曲ではなく、バーブラの新曲としてリリースされたとしたなら、「追憶」という素晴らしい邦題が付けられただろうか。あるいは、この曲がリリースされたのがカタカナ起こしの邦題がそれほど多くなかった1970年代ではなく、いま現代であったなら、恐らくは「ザ・ウェイ・ウィ・ワー」と、単なるカタカナ起こしの邦題になっていたかも知れない。この曲が映画のテーマ曲であったことに今さらながらに感謝したい思いだ。

(b)は、直訳するなら「過去の私たちの様子、暮らしぶり」となるが、それだと単なる懐古趣味的な感じになってしまう。少し詩的に訳して「ふたりで過ごした日々」ではどうだろうか。言葉を加えてややセンチメンタルな雰囲気を持たせるなら、「決して戻ってはこないふたりで過ごした日々」でもいいだろう。(b)を映画の内容に沿って以下のように言葉を加えて英文を作ってみた。

(1) The way we loved each other.
(2) The way we fought.
(3) The way we laughed and cried.

この他にもまだまだ主役の男女が共に抱いた感情や、愛し合っていた時の行動や仕種など、いくつもの場面や出来事を当てはめて“the way we ~”の英文が作れる。映画を観ながら、頭の中にいろんな“the way we ~”が浮かんでしまい、観ている途中で止まらなくなってしまった(苦笑)。

歌詞に登場する簡単な英単語ほど訳しにくいものはない。(c)もそのうちのひとつで、“あの頃は何もかもがシンプルだったわね”と、カタカナにしてしまってはつまらないし、シンプルだったのが暮らしぶりだったのか、あるいは互いの関係がそうだったのか、ちょっと理解に苦しむことにもなってしまう。“simple”には「無邪気、天真爛漫」という意味もあり、この曲ではそうした意味で使われている。それが男女(夫婦)のかつての関係を回顧する場合の形容詞として用いられているのだから、(c)が登場するフレーズを意訳するなら「あの頃の私たちは、周りのことなど気にせずに、お互いの気持ちに素直でいられたわね」、または「当時のふたりはお互いの感情のおもむくままに自由奔放に振る舞っていられたわね」となるだろうか。

映画『追憶』を何度も観ているうちに、主役の男女の関係が愛し合っていた頃でさえ決して“simple”ではなかった、ということに気付かされる。そしてまた、この曲のタイトルを“The Way The Times Were”であったとしても、違和感を覚えないだろう、と思い至ったのも最近、この映画を観直してからのこと。恋愛、結婚、離婚をテーマにした映画は数多くあるが、時代背景を色濃く反映し、そしてその時代に翻弄されながらも愛し合った男女が別れを選択するまでの過程を克明に描いたこの『追憶』は、そのテーマ曲と共に、筆者にとっては生涯、忘れ得ぬ作品のひとつとなった。

【筆者プロフィール】

泉山真奈美(いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「リリック英文法」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。近作はマーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツ。

2012年 5月 2日