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「百学連環」を読む:「技術」と「芸術」

2012年 5月 4日 金曜日 筆者: 山本 貴光

第56回 「技術」と「芸術」

 西先生は、「学」に続いて「術」についても、二つの区別をします。少し長くなりますが、まとめて見てみます。

術に亦二ツの區別あり。Mechanical Art and Liberal Art. 原語に從ふときは則ち器械の術、又上品の術と云ふ意なれと、今此の如く譯するも適當ならさるへし。故に技術、藝術と譯して可なるへし。技は支體を勞するの字義なれは、總て身體を働かす大工の如きもの是なり。藝は心思を勞する義にして、總て心思を働かし詩文を作る等のもの是なり。mechanicalはtradeと同し。則ち商ヒと云ふ字なり。英に於てMechanical Artと云ふあり。商賣と云ふと同し。
又 Useful Art and Polite Art.
又 Industrious Art and Fine Arts. 此の如く術に於て種々の語ありと雖も大槪意を同ふし、只二ツの區別あるのみなり。

(「百學連環」第17~19段落)

 以上の文中に現れるいくつかの英単語の左側に、次のような日本語が添えられています。

Mechanical Art 器械技
Liberal Art 上品藝
Useful 必要
Polite Art 開磨 の字にして則奇麗の意なり。
Industrious 勉強
Fine 奇麗

 では、訳してみましょう。

「術」にも二つの区別がある。つまり、Mechanical Art と Liberal Artの二つだ。原語に従うなら、「機械の術」と「上品の術」という意味だが、このように訳すのは適切とは言えない。それぞれ「技術」と「芸術」と訳してよいだろう。「技」とは、手足や体を働かせるという意味の字であり、例えば大工などのように身体を働かせるものはすべてこれに該当する。「芸」とは、精神を働かせるという意味であり、例えば詩や文章を作ることなどがすべてこれに該当する。mechanicalはtradeと同じである。つまり、「商い」という字だ。英語に Mechanical Art というものがある。これは「商売」のことである。
また、Useful Art と Polite Artという区別もある。
さらに、Industrious Art と Fine Arts という区別もある。このように、「術」についてはいろいろな語があるが、大まかには同じような意味であり、いずれにしても二つに区別されるということである。

 「術」については、随分とヴァリエーションが豊かですね。都合三組の対が現れています。表の形で整理してみます。

A  B 
技術(Mechanical Art = Trade)  芸術(Liberal Art) 
手芸(Useful Art)  美術(Polite Art) 
工芸(Industrial Art)  美術(Fine Art) 

 この表では、西先生が訳語を特に示していないものについても、仮に訳して提示しておきました。Polite ArtとFine Artをどちらも「美術」としており、区別できていないのは苦しいところ。また、西先生は、Fine Artsだけ複数形にしていますが、表では単数形に揃えてあります。さらに、思うところがあって、IndustriousをIndustrialとしました。理由は次回述べます。

 どちらかと言えば、向かって左側には実用に重きを置いたアートが、右側には必ずしも実用を志向しないアートが並んでいるといってもよいでしょう(もっとも、なにをもって「実用」とするか次第ではありますが)。

 さて、気になるのはこうした英語による「術」の区別の出所です。とはいえ、もうお察しかもしれません。私たちは以前、西先生が『ウェブスター英語辞典』を参照しているらしいということを検討したことがありました(例えば、第42回「どの『ウェブスター英語辞典』か」の前後)。

 実は、上記の区別もまた、『ウェブスター英語辞典』の「ART」の項目に現れるのです。次回、その原文を確認することにしましょう。

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筆者プロフィール

山本貴光(やまもと・たかみつ)

『コンピュータのひみつ』(朝日出版社) ジマーマン+サレン『ルールズ・オブ・プレイ』(ソフトバンククリエイティブ)文筆家・ゲーム作家。
1994年から2004年までコーエーにてゲーム制作(企画/プログラム)に従事の後、フリーランス。現在、東京ネットウエイブ(ゲームデザイン)、一橋大学(映像文化論)で非常勤講師を務める。代表作に、ゲーム:『That’s QT』、『戦国無双』など。書籍:『心脳問題――「脳の世紀」を生き抜く』(吉川浩満と共著、朝日出版社)、『問題がモンダイなのだ』(吉川浩満と共著、ちくまプリマー新書)、『デバッグではじめるCプログラミング』(翔泳社)、『コンピュータのひみつ』(朝日出版社)など。翻訳書:ジョン・サール『MiND――心の哲学』(吉川浩満と共訳、朝日出版社)ジマーマン+サレン『ルールズ・オブ・プレイ』(ソフトバンククリエイティブ)など。目下は、雑誌『考える人』(新潮社)で、「文体百般――ことばのスタイルこそ思考のスタイルである」、朝日出版社第二編集部ブログで「ブックガイド――書物の海のアルゴノート」を連載中。「新たなる百学連環」を構想中。
URL:作品メモランダム(http://d.hatena.ne.jp/yakumoizuru/
twitter ID: yakumoizuru

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【編集部から】
細分化していく科学、遠くなっていく専門家と市民。
深く深く穴を掘っていくうちに、何の穴を掘っていたのだかわからなくなるような……。
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専門特化していくことで見えてくることと、少し引いて全体を俯瞰することで見えてくること。
時は明治。一人の目による、ものの見方に学ぶことはあるのではないか。
編集部のリクエストがかない、連載がスタートしました。毎週金曜日に掲載いたします。

2012年 5月 4日