地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第204回 山下暁美さん:京都の作法

筆者:
2012年6月2日

京都には、直接的な表現を避けて相手への気づかいを示す習慣があります。このことが極端に誤解されて他の地方へ伝わっているようです。その一例をあげてみます。

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【写真1 ぶぶづけ】
【写真1 ぶぶづけ】

「ぶぶづけ(【写真1】お茶漬け)」の「ぶぶ」は「お茶」の意味ですが、「お茶を引く(お客さんが一人も来なかった)」という花街(はなまち)の言葉があって、「お茶」を避けて、「ぶぶ」「おぶ」「おぶぅ」と言うようになりました。ところが「ぶぶづけいっぱいどないどす(ぶぶづけ、一杯いかがですか)」は、相手に帰宅をほのめかす合図です(もちろん、場面と相手によります)。「ほな、今日はおおきに。帰らしてもらうわ」というのが京都の作法です。「じゃ、大盛りでお願いします!」なんて言ったら、慌てて用意をしなければならず、京都の人は困ってしまうのです。状況判断を間違わないことが大切です。

【写真2 おあがりやす】
【写真2 おあがりやす】

次の例は土産物店で見つけたものです。「おあがりやす(【写真2】食べなさい・玄関先から家の中へ入ってくださいなどの意味)」の「~やす」は、「おきばりやす(ご苦労さま・お疲れ様)」、「はたらきやす(よく働きますね。挨拶ことば)」、「ごめんやす(失礼します)」のように使われます。滋賀でも「熱あるし、はよ 寝やす」など敬語として使われています。「ちゃんと 聞いといとくれやっしゃ(ちゃんと聞いていて下さいよ)」のように強調するときなどに「~やっしゃ」となります。よそのお宅にお邪魔するときなど返事がないと「ごめんやっしゃ」と玄関先で挨拶することがあります。

【写真3 ご朝食 どないしはります?】
【写真3 ご朝食 どないしはります?】

「ご朝食 どないしはります?よかったら うちんとこで 食べていかはりませんか?(【写真3】あさごはん、どう なさい(され)ますか? よかったら うちで たべて(召し上がって) いらっしゃいませんか(いかれませんか))」。レストラン街に貼ってあったこの宣伝文句には、「はる」敬語が二か所含まれています。「どない(どう)しはります?(しり上がり調)」と「いかはりませんか」です。関東では「食べる」という直接的な表現を避けて「召し上がる」が使われます。「はる」敬語が発達したために「食べる」がそのまま残った可能性があります。

京都の「はる」敬語は、「行きナハル」→「行きヤハル」→「行きャハル」→「行カハル」と変化したとされています。江戸末期か、明治期に発生したようです。明治維新に伝統的な公家文化が崩れ、多くの公家が東京へ移った時期とこれらの言葉の変化は関係があるかもしれません。なお、「はる」敬語にはいくつかの働きがあって「おみこしが来やはったで(お神輿が来た)」「おさるさんが寝たはる(猿が寝ている)」など身近な物、動物にも使うことができます。

【写真4 京みやげ よーけあります】
【写真4 京みやげ よーけあります】

「京みやげ よーけあります(【写真4】京土産、たくさんあります)」の「よーけ」はたくさんの意味です。「こない よーけ もろた(こんなに 沢山 もらった)」のように言います。大阪、兵庫、和歌山では「よーさん」で、もともと「ぎょうさん」と言ったそうですが、滋賀に「ぎょうさん」という地域があります。

京都については、第24回第29回第79回第129回の関連記事を読んでください。辻加代子著2009『「ハル」敬語考』ひつじ書房を参考にしました。(写真はいずれも京都市内 で撮影)

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 山下 暁美(やました・あけみ)

明海大学客員教授(日本語教育学・社会言語学)。博士(学術)。
研究テーマは、言語変化、談話分析による待遇表現、日本語教育政策。在日外国人のための「もっとやさしい日本語」構想、災害時の『命綱カード』作成に取り組んでいる。
著書に『書き込み式でよくわかる日本語教育文法講義ノート』(共著、アルク)、『海外の日本語の新しい言語秩序』(単著、三元社)、『スキルアップ文章表現』(共著、おうふう)、『スキルアップ日本語表現』(単著、おうふう)、『解説日本語教育史年表(Excel 年表データ付)』(単著、国書刊行会)、『ふしぎびっくり語源博物館4 歴史・芸能・遊びのことば』(共著、ほるぷ出版)などがある。

『書き込み式でよくわかる 日本語教育文法講義ノート』 『海外の日本語の新しい言語秩序―日系ブラジル・日系アメリカ人社会における日本語による敬意表現』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。