タイプライターに魅せられた男たち・第41回

オーガスト・ドボラック(7)

筆者:
2012年7月5日

それらに加え、ドボラックは「The Sholes & Glidden Type Writer」も撮影しました。ただし、「The Sholes & Glidden Type Writer」を打っている様子ではなく、単にタイプライターを静止画で撮影しただけのものでした。しかも、オリジナルの「Sholes & Glidden Type-Writer」は手に入らなかったらしく、撮影に使われたのは、フットペダルを外して再販売された「The Sholes & Glidden Type Writer」でした。

ドボラックは、「The Sholes & Glidden Type Writer」の撮影を通じて、従来のQWERTY配列が劣っていることを示したかったのです。そのために、QWERTY配列の由来を説明する字幕まで準備しました。

QWERTY配列の由来を説明する字幕

“これら初期のタイプライターでは、鉛直に張られたワイヤーが、プラテンの下に円形にぶら下げられた活字棒を動かしていた。ワイヤーや活字棒が交叉あるいは衝突しないために、ショールズ氏は使用頻度の高い文字が、円形にぶら下げられた活字棒の中で異なる四分円に入るよう、意図的に配置した。機械的な問題点に対するショールズ氏の解決策が、このキーボードとして結実したのだ。”

8年前の論文では「ショールズのキー配列と、英単語中で連続する文字の並びとの間には、単なる偶然を除いて何の関係もない」と主張していたのに、この字幕では「ショールズ氏は使用頻度の高い文字が、円形にぶら下げられた活字棒の中で異なる四分円に入るよう、意図的に配置した」と主張しているのです。変ですよね。「単なる偶然」と「意図的」、どちらが本当なのでしょう。ここでちょっと脱線して、実際の「Sholes & Glidden Type-Writer」の活字棒を、調べてみることにいたしましょう。

「Sholes & Glidden Type-Writer」の活字棒の配置

「Sholes & Glidden Type-Writer」の活字棒は、確かに、プラテンの下に円形に配置されています。ただし、その配置は「異なる四分円に入るよう、意図的に配置した」ようには見えません。わかりやすいのが、「E」と「R」の活字棒です。「E」と「R」の活字棒は、間に「5」を挟んでいるものの、非常に近接して配置されています。「異なる四分円」ではなく、同じ四分円の中にあります。英単語中では「er」+「re」の出現頻度が高いのに、「E」と「R」の活字棒は「異なる四分円」には入っていないのです。すなわち、この字幕における「ショールズ氏は使用頻度の高い文字が、円形にぶら下げられた活字棒の中で異なる四分円に入るよう、意図的に配置した」というドボラックの主張は、実際の活字棒の配置に合致しておらず、間違った主張でした。

そういう間違った主張を含んでいながらも、ドボラックの映画『ドボラック簡素化タイプライターキーボードにおける動作研究』(A Motion Study of the Dvorak Simplified Typewriter Keyboard)は、1942年3月に完成しました。この16mmサイレント2リール(合計650フィート、約25分)の映画は、一般公開こそされなかったものの、『The Journal of Business Education』誌1942年5月号でも紹介され、ドボラック式配列の優位性と、QWERTY配列の劣悪性とを、アメリカじゅうに喧伝していくことになったのです。

オーガスト・ドボラック(8)に続く)

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

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