地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第209回 山下暁美さん:なりすましの方言「めっちゃんこ」

筆者:
2012年7月7日

今回の話題は、方言の範疇から少し外れるかもしれません。岐阜県下呂市を訪れたとき「めっちゃんこ(とても、たいへん)好き~ィ」【写真1】と書かれたコーヒーカップを見つけました。お店の人に聞くと、下呂でよく使う方言だというのです。「めっちゃんこ」という、おもちゃ&駄菓子の店が名古屋にあります。「めっちゃんこ」は岐阜県や愛知県などで方言と認識され、「どえりゃあ(第99回参照)」などとともに強調語として用いられています。

(写真はクリックで周辺も拡大表示)

【写真1 めっちゃんこ】
【写真1 めっちゃんこ】

かつて「めちゃんこ めちゃんこ めっちゃんこ」とDr.スランプアラレちゃんがテレビでアラレちゃん音頭を歌っていました。アラレちゃんのテレビデビューは1981年で、作者の鳥山明さんは1955年生まれの愛知県名古屋出身です。

名古屋市の委員が「安心・安全なまちづくり対策特別委員会」の公的な場面で次のように発言しています(注1)。「 絶えず役人は言いわけはうまい、断る理由がめっちゃんこうまいけれども、新たにものを一歩前進させることに対して、あなたたちは非常に臆病だということです。」

この発言は、全国の市区町村議会の会議録のデータの中で名古屋市で唯一見つかった例です。つまり、名古屋では「めっちゃんこ」が市民権を持っていると言えます。

「めっちゃんこ」の語源は、「滅茶苦茶」の「めちゃ」と考えられます。「滅茶」は「無茶(むちゃ)」が変化したという説があります。「無茶」の語源と考えられる仏教語の「無作(むさ)」は中世にさかのぼります(『日本国語大辞典』第2版・以下同様)。夏目漱石は『吾輩は猫である』(1905-06)で「無茶苦茶(むちゃくちゃ)を云ふので、東風先生あきれて黙って仕舞った」と使っています。夏目は、同著で「滅茶苦茶(めちゃくちゃ)にあるき廻る」と、「むちゃくちゃ」と「めちゃくちゃ」を使い分けています。

上左:【写真2 めっちゃ】
上右:【写真3 めちゃうま】
【写真4 めっさ】
【写真4 めっさ】

関西でもっとも多く見受けられるのは「めっちゃ」(【写真2】京都市街角)です。また「めちゃうま」(【写真3】神奈川県川崎大師初詣)など関東、関西を問わず、全国に「めちゃ」は分布し、「めっさ(第94回【写真5】参照)」「むっちゃ」「めった」などバリエーションも多く、「なりすましの方言」として地域に受け入れられているようです。

(注1)「地方議会会議録コーパスの構築とその学際的応用研究」(文科省科研費研究代表者 木村泰知・小樽商科大学准教授)URL ( //local-politics.jp/ ) 「安心・安全なまちづくり対策特別委員会」によるものです。代表者に使用許可をいただいたことに対し、紙面を借りて謝辞を申し上げます。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 山下 暁美(やました・あけみ)

明海大学客員教授(日本語教育学・社会言語学)。博士(学術)。
研究テーマは、言語変化、談話分析による待遇表現、日本語教育政策。在日外国人のための「もっとやさしい日本語」構想、災害時の『命綱カード』作成に取り組んでいる。
著書に『書き込み式でよくわかる日本語教育文法講義ノート』(共著、アルク)、『海外の日本語の新しい言語秩序』(単著、三元社)、『スキルアップ文章表現』(共著、おうふう)、『スキルアップ日本語表現』(単著、おうふう)、『解説日本語教育史年表(Excel 年表データ付)』(単著、国書刊行会)、『ふしぎびっくり語源博物館4 歴史・芸能・遊びのことば』(共著、ほるぷ出版)などがある。

『書き込み式でよくわかる 日本語教育文法講義ノート』 『海外の日本語の新しい言語秩序―日系ブラジル・日系アメリカ人社会における日本語による敬意表現』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。