漢字の現在

第201回 佐賀の「龍」と「躾」

筆者:
2012年7月10日

 龍と竜の違いは?

こちらでもかっこいいと思われているのは「龍」が優勢だが、「龍」「竜」それぞれに「かっこいい」との評価があった。

「龍」には、

  力が強い
  大人の
  親
  ひげがはえた
  するどい
  強そう
  お正月につかう(凧や年賀状か、あるいは辰に近い存在か)
  とぶ
  昔のリュウ
  今
  こわい
  ドラゴン
  中国とかの本格的な字
  本物みたいな龍

一方の、国語の時間に習う「竜」には、

  頭がいい
  子どもの
  ひげがない
  するどくない
  縁ぎ(起)良さそう
  食べ物(チキン竜田・竜田揚げなどか)
  今のドラゴン
  昔
  飛べる(羽がある)
  たつ
  空より下にある
  現実離れしている竜
  子ども向けの字

といった意識が現れた。これには、とくに地域差は出てこないようだ。隣に長崎があっても、「龍(ジャ)踊り」は、などという意見は200名の中から出てこなかった(社会人数十人でも同様だった)。

ウーロン茶は「龍」と書かれるというと、女子がウンと頷く。

宋代の金石文の資料に出てくる「龍」の象形文字を書くと、笑いの中、男子が「顔デカ!」「火を噴く」といい、

 ホラーマンだ

 おじゃる丸に出てくる

などと述べ、元気になる。無邪気でかわいい。「龍」は国語の時間には新出漢字としては習わない。芥川龍之介が教科書に出るのは、現場の教員が、「竜之介」に苦情を寄せるためだそうだ。坂本竜馬には苦情が来ないせいか、そのまま国語教科書に掲載された年表で「龍」と「竜」とが並んでいたことがある。「龍」は実は「襲」で習っている。いずれも右下の3本を2本で済ます誤字が多い。3本は確かに単調で多すぎの感もあり、かつては「テ」「〒」のように破調をもたらすことで、平板を避けていたものだ。今でも、人名に名残があるが、明朝体などでもそこにこだわるという規範意識の硬直化がかえって進んでいる。

龍・躾

 躾

「なんだありゃ?」というような男子の声。(下記は、性別が分かるもの、どちらかに偏ったものに男子・女子と付けた)

  くし 女子
  いましめ
  すたいる 女子
  ほほえみ 男子
  かわいい 女子
  しとやか
  かお 女子
  きれい
  さしみ
  びじん
  つくろう

中に「ぴゃ」という読みが、女子ばかりと思われるが3、4人に現れた。方言だろうか、いつか聞いてみたい。

名前の後に付く、

 ○○spは?

「エスピー」。分かる女子もいた、「先輩」だ。「○○スペシャル」などと笑いが起こる。敬称の接尾語「くん」「ちゃん」の略記「(○k)」「(○c)」も知っているような雰囲気だった。

 は/か

男子は「ばか」と声を立てる。「話変わって」だと分かる女子もいた。ローマ字で書くという女子もいた。「H/K」か「S/C」(ストーリー・チェンジとのこと)か。終わった後に、男性教諭が何と読むのか聞きにいらした。女子は何かで見たという。

「因囚」が「大人」という都会のプリクラやネット上で流行っている表記は、かえって男子が引っかけクイズととらえて、解いた。聞けなかったが、「仲仔」「2娘1」も、この辺りでは使っていないのだろうか。「三二一」で「ミニー」という今時の名前も、読めた生徒がいた。自身のニックネームに「鵺」と大きく書いてきたのもなんとも中学生らしい。東京では、読めるかどうか教員に挑発してきたという話も聞く。

 咾

「むつごろう」、さすが有明海の近くだ。何人もこう答えた。空港も有明佐賀空港だった。きちんと「おとな」(後述)と読めたのは約200人中2人だけ、いずれも大人の方だった。地域差にもさらに層がある。「がばい」と読んだ生徒もさすがだ。「咾」を「えび」と数名が答えたが、「蛯原」姓の本場、宮崎に近いことが関連していたのだろうか。

筆者プロフィール

笹原 宏之 ( ささはら・ひろゆき)

早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』、この連載がもととなった『漢字の現在』(以上2点 三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、『日本人と漢字』(集英社インターナショナル)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。『漢字の現在』は『漢字的現在』として中国語版が刊行された。最新刊は、『謎の漢字 由来と変遷を調べてみれば』(中公新書)。

『国字の位相と展開』 『漢字の現在 リアルな文字生活と日本語』

編集部から

漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。