タイプライターに魅せられた男たち・第42回

オーガスト・ドボラック(8)

筆者:
2012年7月12日

毎年6月に開催されてきた「国際商業学校コンテスト」ですが、この年(1942年)は開催が見送られました。前年1941年12月7日、日本軍はハワイ真珠湾を奇襲攻撃し、米日が開戦してしまったからです。アメリカ西海岸への日本軍来襲の可能性が、まことしやかに噂され、戦時下の重苦しい雰囲気が、いやが上にも漂っていました。そんな中、ドボラックは1942年7月3日、アメリカ海軍予備隊に入隊しました。

ドボラックが配属されたのは、訓練用映画の制作部でした。ここでドボラックは、1943年末までに、少なくとも8本の映画(いずれもモノクロ16mmトーキー)を制作しています。以下に制作番号順に示します。

  • MN-1512a『Basic Typing ― Methods』(31分)
  • MN-1512b『Basic Typing ― Machine Operation』(29分)
  • MN-1512c『Advanced Typing ― Shortcuts』(26分)
  • MN-1512d『Advanced Typing ― Duplicating and Manuscript』(37分)
  • MN-1513『Maintenance of Office Machines』(37分)
  • MN-1562a『Machine Transcription ― Machine Operation』(15分)
  • MN-1562b『Machine Transcription ― Transcription Technique』(21分)
  • MN-1562c『Take a Letter, Please』(22分)

ドボラックは、これら8本の映画にフェントンを起用しました。最初の『Basic Typing ― Methods』では、タイピングの姿勢から始めて、ASDFとJKL;の「home row」をフェントンに説明させています。AOEUとHTNSではなく、ASDFとJKL;です。そう、この映画でドボラックは、ドボラック式配列ではなく、QWERTY配列の「L. C. Smith Super-Speed」と「IBM Electromatic」を使って、タイピング法を基本から説明しているのです。

QWERTY配列の「L. C. Smith Super-Speed」

QWERTY配列の「L. C. Smith Super-Speed」

次の『Basic Typing ― Machine Operation』でも同様です。この映画でフェントンは、毎分25ワードから180ワードまで、スピードを変えて「IBM Electromatic」を叩くデモンストレーションをおこなっているのですが、そこでもキー配列はQWERTYです。ただし、このデモンストレーションは非常に不思議なもので、フェントンは「E」や「R」のキーを全く押しておらず、また、打たれた文章はスクリーンの外にあって見えません。その次の『Advanced Typing ― Shortcuts』でフェントンは、複数のタイプライターでタブ機構を説明していますが、いずれもQWERTY配列です。『Advanced Typing ― Duplicating and Manuscript』では、ガリ版の元原稿をタイプライターで打つシーンが出てきますが、やはりQWERTY配列です。

『Maintenance of Office Machines』は多少、毛色が違っていて、タイプライターのメンテナンス方法について紹介する映画です。ただし、海軍の訓練用映画だけあって、最後のナレーションがなかなか刺激的です。

事務機器を十分にケアし、それらを注意深く使うだけで、あなたは今も対峙している敵を、打ち負かす希望を持つことができます。敵は、あなたの事務機器を破壊し、あなたの仕事を遅滞させ、あなたの能力をダウンさせようと懸命です。あなたが全力で戦うべき敵、それは、ほこり、汚れ、そして不注意です。

オーガスト・ドボラック(9)に続く)

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

編集部から

近代文明の進歩に大きな影響を与えた工業製品であるタイプライター。その改良の歴史をひもとく連載です。毎週木曜日の掲載です。