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London Calling(1980/全英No.11)/ザ・クラッシュ(1976-1986)

2012年 8月 1日 水曜日 筆者: 泉山 真奈美

歴史を彩った洋楽ナンバー~キーワードから読み解く歌詞物語~ 第43回

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●歌詞はこちら
http://www.lyricsmode.com/?i=print_lyrics&id=7872

曲のエピソード

1970年代半ば頃、いわゆるアンダーグラウンド・ミュージックとしてアメリカで生まれた反体制的な音楽、パンク・ロック。すぐさまイギリスにも飛び火し、セックス・ピストルズを始めとして複数のパンク・ロックのアーティストが輩出した。ザ・クラッシュもそのうちのバンドのひとつで、「London Calling」は、1979年12月にリリースされた同名のアルバム(当時は2枚組のLPだった)の先行シングルにして、同アルバムからの唯一のシングル・カット曲。彼らの最大の代表曲と言っても過言ではないこの曲は、リリースの翌月、つまり1980年1月に全英チャートでヒットした。

曲のテーマは、端的に言えば“終末思想”。曲を作ったのは、ヴォーカルとギター担当のジョー・ストラマー(Joe Strummer/1952-2002)と、やはりヴォーカルとギターを担当していたミック・ジョーンズ(Mick Jones/1955-)。タイトルは、イギリスの国営放送局BBCが第二次世界大戦中、自国の武力によって占領した国々に向けての放送をする際に決まり文句として使っていた“This is London calling …”から拝借したものだが、歌詞は閉塞感と世の中に対する憤懣に満ち満ちている。作詞のヒントのひとつになったのは、アルバム『LONDON CALLING』のレコーディング開始の約5ヶ月前、アメリカのペンシルヴェニア州にあるスリーマイル島原子力発電所で起こった大事故であると、生前のJ・ストラマーは語っているが、アメリカでは全くヒットせず。但し、全米チャートでは、ザ・クラッシュは2曲のヒット――「Train In Vain (Stand By Me)」(1980/No.23)、「Rock The Casbah」(1982/No.8)――を放っている。

曲の要旨

遠くの町々に住んでるみんな、ロンドンからの俺たちの呼び掛けに耳を貸してくれ。宣戦布告が成された。これから戦争が始まるんだ。そのうち世界中に氷河期が訪れて、太陽の光がこの地球に届かなくなる時が訪れる。原子力発電所はメルトダウンを起こし、その影響で小麦が育たなくなってしまう。こんな物騒な話を聞きたくないから、みんなは走って俺たちの目の前から逃げて行ったんだろうよ。そのうち川(=テムズ川)が氾濫して、このロンドンだって水没してしまうんだぜ。

1980年の主な出来事

アメリカ: ソヴィエト連邦のアフガニスタン侵攻に抗議し、モスクワ・オリンピックに不参加を表明。
日本: 内閣不信任決議を受けて衆参同日選挙となり、選挙戦中に大平正芳首相が急死。
世界: イラン・イラク戦争が勃発。

1980年の主なヒット曲

Rock With You/マイケル・ジャクソン
Crazy Little Thing Called Love/クイーン
Call Me/ブロンディ
Sailing/クリストファー・クロス

London Callingのキーワード&フレーズ

(a) look to someone/something
(b) Meltdown expected
(c) Cos

曲のエピソードに、テーマは“終末思想”と書いたが、実は、恐怖心を煽る内容のこの曲は、目下、ロンドンで開催中の夏のオリンピックが開催されるまでに放映(放送)されていた、「オリンピック開催日まであとxx日です」というPRのコマーシャルBGMとして使用されていた。イギリス人特有のブラック・ジョークのつもりだろうか? それとも、タイトルに“London”が含まれていて、最も有名な曲がこれだからだろうか……。ロンドン市民の意見をぜひとも訊いてみたいものだ。

(a)は、“look at ~”じゃないところがミソ。曲の中では「俺たちのことを look to しないでくれ」と歌われている。“look to ~ ”にも“look at ~”同様、「~に視線を向ける」という意味があるが、後者は「見る、眺める、考察する」といった意味が中心であるのに対し、この曲に登場する前者は、「~を見張る、監視する」の他に、「~をアテにする、~に期待する」という、“look”と“to”のふたつの単語から成るイディオムからはちょっと想像できないような意味をも持つ。この曲では、恐らく「(俺たちがこうして警告を発してるからといって)俺たちに過剰な期待を寄せるのはやめてくれ」という意味で使われているのであろう。つまり、この世の終わりが訪れても、俺たちに助けを求めないでくれ、と。

(a)で思い出すのは、今年2月11日に48歳の若さで急逝したホイットニー・ヒューストンが遺した生前最後のアルバムのタイトルである。名付けて『I LOOK TO YOU』(2009)。日本語に訳すなら、「神様が私をお救い下さることを私は期待しています」。彼女の訃報に触れた瞬間、すぐさま同アルバムのことが頭をよぎり、何だか彼女の死を暗示しているようなタイトルに感じられてならなかった。

あの3・11の東日本大震災以来、日本でも“メルトダウン”なる言葉を誰もが見聞きし、その意味を知る時が訪れようとは、想像だにしていなかった。(b)は、地名こそ歌詞の中で名指ししていないものの、1979年3月28日にアメリカのスリーマイル島の原子力発電所で起きた大事故のことを示唆していることは明らか。このフレーズは省略形であるから、言葉を補って以下のようにしてみた。

♪The meltdown that occurred at the Three Mile Island nuclear power plant was expected.

「スリーマイル島原子力発電所で起きたメルトダウンは予想されていた」――現在、ここ日本でも「反原発」を声高に唱える人々が大勢いるが、この「London Calling」をデモ行進の際にテーマ曲として使ってみては如何だろうか。少なくとも、スポーツの祭典であるオリンピックのPR用コマーシャルのBGMよりも適材適所の名選曲だと思うのだが……。

イギリス英語とアメリカ英語では、発音も異なれば、同じものを指す言葉が違うこともある。スペルもまた然り。(c)は、“because”の省略形で、“’cos”とも綴る。イギリスでは、この省略形のスペルが1900年代初期には既に用いられていた。アメリカでは、省略形のスペルは“’cause”が一般的だが、言葉の省略や言葉遊びをよくするラッパーたちやアフリカン・アメリカンの人々は、“cuz”と綴るのを好む。もしもインターネット上の歌詞サイトで、(c)の綴りを含む歌詞を見つけたなら、そのサイトの運営者はイギリス人と思ってまず間違いない。

【筆者プロフィール】

泉山真奈美(いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「リリック英文法」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。近作はマーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツ。

2012年 8月 1日