日本語社会 のぞきキャラくり

補遺第14回 発話キャラクタの濃淡について

筆者:
2012年8月5日

役割語には,より役割語らしいものから,より役割語らしくないものまで,程度差がある。同じ語句でも,文法的環境によって,役割語らしさを変えることがある――前回述べたのは,こういうことである。

或る文法的環境では,さまざまな発話キャラクタがその語句を発することができる。それだけに,その語句から思い浮かべられる発話キャラクタは茫漠としており,その語句はあまり役割語らしくない。だが,別の文法的環境では,ごく一部の発話キャラクタしかその語句を発することはできない。したがって,その語句から思い浮かべられる発話キャラクタははっきり特定されており,その語句は役割語らしい。

そして,このような文法的環境の違いは,役割語だけでなく,発話キャラクタにも程度差を生んでいる。つまり発話キャラクタには,より発話キャラクタらしいものから,より発話キャラクタらしくないものまで,巷間のことばを借りれば,より「濃い」ものから,より「薄い」ものまで,さまざまあるということである。

典型的な濃い発話キャラクタは,ひとことで言えば,変わり者で,それだけに目立っている。といっても,それはキャラクタとして異彩を放っているという意味ではない。発話キャラクタとして,しゃべることばがいかにも独特(つまり役割語らしい役割語)だという意味である。より具体的に言うと,典型的な濃い発話キャラクタは,さまざまな発話キャラクタが同じ語句を発することができる文法的環境では,その語句(つまり役割語らしくない役割語)を発しない例外的存在となる。そして,一部の発話キャラクタしかその語句を発することができない文法的環境(「キャラが立つ」環境)でのみ,その語句(役割語らしい役割語)をしゃべる。

これと反対に,典型的な薄い発話キャラクタは,目立たず,大衆に埋没しているが,これもキャラクタとしてではなく発話キャラクタとしての話である。より具体的に言うと,薄い発話キャラクタは,さまざまな発話キャラクタが同じ語句を発することができる文法的環境ではご多分に漏れずその語句(つまり役割語らしくない役割語)を発する一方で,一部の発話キャラクタしかその語句を発することができない文法的環境では,その語句(役割語らしい役割語)をしゃべらない。

両者の間には,中間的な発話キャラクタが考えられる。これは,さまざまな発話キャラクタが同じ語句を発することができる文法的環境でも,一部の発話キャラクタしかその語句を発することができない文法的環境でもその語句をしゃべる,つまり役割語らしい役割語から,あまり役割語らしくない役割語まで,いろいろしゃべるという発話キャラクタである。

具体例として,従属節「~から」「~が」を見てみよう。順接の接続助詞「から」・逆接の接続助詞「が」についても,前回取り上げた接続助詞「と」と似たことが観察できる。つまり,「から」「が」は動詞(「冷える」)や形容詞(「寒い」)には直接付くが(「冷えるから心配だ。」「寒いから心配だ。」「冷えるが大丈夫だ。」「寒いが大丈夫だ。」),名詞(「雪」)には「だ」を介して付く(「雪だから心配だ。」「雪だが大丈夫だ。」)。接続助詞「と」の場合と少し違っているのは,形容詞にも「です」を介して付きやすいということである(「寒いですから心配です。」「寒いですが大丈夫です。」)。(前回に続き今回も,文末にはカギカッコ内でも句点「。」を打っている。)

『老人』や『田舎者』や『侍』は,「なにぶんこの雪じゃから心配じゃのぅ」「なにぶんこの雪ゆえ心配じゃのぅ」などとは言っても,「なにぶんこの雪だから心配じゃのぅ」とは言わない。そして,「あいにくの雪じゃが,心配は無用じゃろう」とは言っても「あいにくの雪だが,心配は無用じゃろう」とは言わない。いや,言うことがあるかもしれないが,その話し手は『老人』や『田舎者』や『侍』として,ちょっと薄い気がする。少なくとも濃い『老人』キャラや『田舎者』キャラや『侍』キャラは,「雪だから」「雪だが」と言った時点で崩れてしまう。

同様に『関西人』は,「なにぶんこの雪やから心配やのぅ」「あいにくの雪やけど,心配要らんやろう」とは言っても,「なにぶんこの雪だから心配やのぅ」「あいにくの雪だけど,心配要らんやろう」とは言わない。いや,言うかもしれないが,その話し手は漂白が進んだ,薄い『関西人』という気がする。少なくとも濃い『関西人』キャラは,「雪だから」「雪だが」と言った時点で崩れてしまう。

主節では「心配じゃ」「無用じゃろう」あるいは「心配や」「要らんやろう」などと言って,「心配だ」「無用だろう」などとは言わない発話キャラクタ『老人』『田舎者』『侍』『関西人』に,濃いものと薄いものを分けるとすれば,少なくとも濃い『老人』『田舎者』『侍』『関西人』は従属節の末尾でも「だ」を発しない。

ここでは従属節でのしゃべり方に関して,薄い『老人』『田舎者』『侍』『関西人』キャラと濃い『老人』『田舎者』『侍』『関西人』キャラが対立していると述べたわけだが,実は前回取り上げた『上品』な『女』も,これらに加えることができる。『上品』な『女』について前回注目したのは,「あちらが雪だと心配ですわ。」のように従属節「~と」の末尾で「だ」としゃべれるということだが,『上品』な『女』だって濃い奴なら,「あちらが雪ですと心配ですわ」ぐらい言うだろう。さすがに『幼児』は,「雪でしゅと~」「雪でちゅと~」なんて言わないだろうが。

筆者プロフィール

定延 利之 ( さだのぶ・としゆき)

神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

最新刊『煩悩の文法』(ちくま新書)

編集部から

「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。