地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第214回 山下暁美さん:胸キュン方言

筆者:
2012年8月11日

日本の各地には歴史的地理的に発展した方言があります。現在でも藩政の境界が方言区分に見られます。封建時代が終わって政治の中心が京都から東京へ移ったとき、関西の言葉はそれまでの日本の中心的な言語の役割を終えて上方方言と呼ばれるようになりました。そして、江戸語と呼ばれていた東京の言葉は近代日本の標準語の地位を築きあげました。

歴史的地理的要因に支えられてきた方言は、各地域で生活の中に生き続けています。一方、歴史的地理的方言を基盤としているけれども、若者の気持ちを伝えるのに一役かっている方言があります。ここでは、それを「胸キュン方言」と呼ぶことにします。

「胸キュン方言」は、「方言を話している人って、ステキ!!」という意味が込められています。「胸キュン方言」を使うことによって自由自在にキャラクターを演出し、作り上げた人物になりきって伝えたい気持ちを相手に伝えることができます。

『方言男子コレクション』(2010・編著レッカ社)、『方言男子パラダイス』(2011・同社編著)という本の中にかっこいい男の子が登場します。県民性を参考に各県のイメージを男の子に仕立て上げてあります。さすがにどの県の男の子も乙女心を“キュン”とつかむにふさわしくスタイルも抜群です。

各県のページに県民性と「愛の胸キュン方言・会話例」などが紹介されています。これが「胸キュン方言」の元祖と思われます。栃木の方言を話す男子が「ここんギョウザ……まーずうめーんさ。ぜひ食べてみっぺ。(ここのギョウザとてもおいしいんです。ぜひ、食べてみてください)」と話しかけると、女の子が「なに、デートの誘いけ(なに、デートのお誘い?)」と答えています。

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【写真1】

【写真1】

「乙女心ねらい撃ち!胸キュン★方言男子コレクション 47都道府県擬人化」
カンゼン(C)RECCA SHA 2010 イラスト:戸田スカイハイジ
【写真2】
【写真2】
「⼄⼥⼼MAXハート 胸キュン★⽅⾔男⼦パラダイス 47都道府県擬⼈化」
カンゼン(C)RECCA SHA 2011 イラスト:しのだまさき

栃木の方言を話す男の子はぎょうざのストラップを携帯につけています【写真1】。「あー、ほうかあ……あやまったもんだんべー(ああ、そういうことですか……こまりましたね)」と言っています。「っぺ言葉」や「べーべー言葉」で意志、誘い、推量などを表します。茨城の方言男子は「まあ、テキトーに座って納豆食うっぺ?(納豆食べましょう?)【写真2】」と言っています。

方言男子が使う「っぺ言葉」や「べーベー言葉」の分布は、東北地方をはじめ、北関東の栃木、群馬、茨城、埼玉、南関東の神奈川、千葉と非常に広い範囲に分布しています。女性も負けずに こん夏は、祭りさ、行ぐべ!「方言お嬢様」とか「方言令嬢」しない?そして、胸キュンで方言男子ゲットしっぺ。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 山下 暁美(やました・あけみ)

明海大学客員教授(日本語教育学・社会言語学)。博士(学術)。
研究テーマは、言語変化、談話分析による待遇表現、日本語教育政策。在日外国人のための「もっとやさしい日本語」構想、災害時の『命綱カード』作成に取り組んでいる。
著書に『書き込み式でよくわかる日本語教育文法講義ノート』(共著、アルク)、『海外の日本語の新しい言語秩序』(単著、三元社)、『スキルアップ文章表現』(共著、おうふう)、『スキルアップ日本語表現』(単著、おうふう)、『解説日本語教育史年表(Excel 年表データ付)』(単著、国書刊行会)、『ふしぎびっくり語源博物館4 歴史・芸能・遊びのことば』(共著、ほるぷ出版)などがある。

『書き込み式でよくわかる 日本語教育文法講義ノート』 『海外の日本語の新しい言語秩序―日系ブラジル・日系アメリカ人社会における日本語による敬意表現』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。