「百学連環」を読む

第71回 文章学をやるならこの五学

筆者:
2012年8月17日

前回の文章学に関する大きな解説に続いて、今回はその内訳に迫ってゆきます。

文章に五ツの學あり。Rhetoric, Poetry, History, Philology, Criticism. Belles-lettres を學ふものは、此の五學をなさゝるへからす。又語原學は Classic Language, Greek and Latin 此の二語の中何レニても學ふを好しとす。其他 Sanscrit, Hebrew, Persian, Arabian. カラシックなる希臘羅甸二語を學ふの上、當今尚ホ四學を爲さゝるへからす。

(「百學連環」第29段落)

 

このくだりも、印刷された版面は、いささか込み入っています。補足しておきましょう。

まず、Rhetoric から Philologyにかけて、その行の右側に「話スコトノ術ト辭書ニ見ユレハ奇麗ニ文章ヲ書ク學ナリ」とあります。これはおそらく Rhetoric(修辞学)に対する補足でしょう。レトリックとは、古典ギリシアやローマにおいて、説得力をもってよく話すために必要な技術をまとめた学術でした。

そのRhetoric から Philology、また、Criticism以下の英語の左側にはそれぞれ次のような訳語が並びます。

Rhetoric 文章學
Poetry 詩
History 歴史學
Philology 語原學
Criticism 論辨學 義理上ニ原ツキテ書ク文章ナリ
Classic 上等ノ
Sanscrit 天竺ノ語學
Hebrew 猶太
Persian 百兒西亞

Rhetoric、Philology、Criticismは、現在では「修辞学」「文献学」「批評」と訳されていますね。

では、上のくだりを現代語に移してみましょう。

文章に関して五つの学がある。つまり、修辞学、詩学、歴史学、文献学、批評である。文学(Belles-lettres)を学ぶ者は、この五つの学を学ぶ必要がある。また、文献学については、古典語、つまり、古典ギリシア語とラテン語の二つの言語を学ぶのが望ましい。その他、サンスクリット、ヘブライ語、ペルシア語、アラビア語もある。古典語である古典ギリシア語とラテン語を学んだ上で、最近では、さらにこの四言語を学ばなければならない。

ここで少し奇異な感じがするのは、文章に関する学として、並ぶ五つの中に「歴史」が含まれていることでしょうか。

というのも、現に西先生が「百学連環」講義本編(いま私たちが読んでいる「総論」に続く部分)で「文章学(Literature)」を論じているところでは、文章学の下に置かれているのは、次の五つの学なのです。

語典(Grammar)
形象字(Hieroglyph)と音字(Letter)
文辞学(Rhetoric)
語原学(Philology)
詩学(Poetry)

「語典」は、いまなら「文法」と言うところです。また、二つめに挙げられている「形象字」「音字」というのは、文字の学と言ってよいでしょう。

いずれにしても、このように「文章学」の中に「歴史学」は入っていません。「歴史学」は、第69回「西洋古へは學術を七學と定めり」の最後に見た学術分類の中では、「普通学」の筆頭に「文章学」とは別に置かれていました。また、ついでに申せば、「批評(Criticism)」は「修辞学(Rhetoric)」の下に分類されています。

では、西先生が「文章学」に含めた五つの学は、どういう出所のものなのかと思って、「覚書」を覗いてみると、ありました。英語でこう書かれています。

including especially rhetoric, poetry, history, philology, and criticism, with the languages in which the standard works in these departments are written.

(「百学連環覚書」)

 

こうくれば、もう私たちにはお馴染みのあの本が念頭に浮かぶことでしょう。そう、『ウェブスター英語辞典』です。本連載ですでに何度も見ているこの辞書の1865年版で、Belles-lettresの項目(p.123)を引くと、上記の「覚書」と同じ文章が現れます。ついでに申せば、同辞典の Belles-lettres の項目では、上記した西先生の「覚書」の文章の前に、

Polite or elegant literature;

とあり、「覚書」に引用されていた文章の後ろには、

the humanities.

と続きます。これらの同義語は、前回読んだ箇所で言及されていた言葉なのでした。つまり、西先生は、『ウェブスター英語辞典』の項目を参考に、この箇所を論じているわけです。

語学については、次回検討することにしましょう。

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コト=ヿ(U+30FF)

筆者プロフィール

山本 貴光 ( やまもと・たかみつ)

文筆家・ゲーム作家。
1994年から2004年までコーエーにてゲーム制作(企画/プログラム)に従事の後、フリーランス。現在、東京ネットウエイブ(ゲームデザイン)、一橋大学(映像文化論)で非常勤講師を務める。代表作に、ゲーム:『That’s QT』、『戦国無双』など。書籍:『心脳問題――「脳の世紀」を生き抜く』(吉川浩満と共著、朝日出版社)、『問題がモンダイなのだ』(吉川浩満と共著、ちくまプリマー新書)、『デバッグではじめるCプログラミング』(翔泳社)、『コンピュータのひみつ』(朝日出版社)など。翻訳書:ジョン・サール『MiND――心の哲学』(吉川浩満と共訳、朝日出版社)ジマーマン+サレン『ルールズ・オブ・プレイ』(ソフトバンククリエイティブ)など。目下は、雑誌『考える人』(新潮社)で、「文体百般――ことばのスタイルこそ思考のスタイルである」、朝日出版社第二編集部ブログで「ブックガイド――書物の海のアルゴノート」を連載中。「新たなる百学連環」を構想中。
URL:作品メモランダム(//d.hatena.ne.jp/yakumoizuru/
twitter ID: yakumoizuru

『「百学連環」を読む 』

編集部から

細分化していく科学、遠くなっていく専門家と市民。
深く深く穴を掘っていくうちに、何の穴を掘っていたのだかわからなくなるような……。
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