« 漢字の現在:松江の「鼕」 - 黒沢貞次郎(2) »

If You Don’t Know Me By Now(1972/全米No.3,全英No.9)/ハロルド・メルヴィン&ザ・ブルー・ノーツ(1954-1996,2013年に再結成の予定)

2012年 8月 29日 水曜日 筆者: 泉山 真奈美

歴史を彩った洋楽ナンバー~キーワードから読み解く歌物語~ 第46回

46haroldmelvinandthebluenotes.jpg

●歌詞はこちら
lyricsfreak.com

曲のエピソード

1970年代初期から1980年代初期にかけて、マーヴィン・ゲイ(1939-1984)と共に“セックス・シンボル”と並び称されたR&Bシンガーのテディ・ペンダーグラス(Teddy Pendergrass/1950-2010)。1982年3月18日、自身が乗っていた車が交通事故を引き起こし、不幸にも頸髄を激しく損傷してしまい、首から下が麻痺してしまって車椅子生活を強いられるまでは(しかしながら、事故から復活後、両手はかすかに動いていた)、そのダイナミックなシャウトとセクシーなステージ・パフォーマンスで特に女性から圧倒的な支持を受けていた。ハロルド・メルヴィン(Harold Melvin/1939-1997)率いるザ・ブルー・ノーツは、もともと同グループのドラマーだったテディをリード・ヴォーカルに据えてから人気が爆発。折しも、フィラデルフィア産ソウル=俗称フィリー・ソウルがミュージック界を席巻していた頃で、そのブームに乗って、グループ名を単なるザ・ブルー・ノーツからハロルド・メルヴィン&ザ・ブルー・ノーツに変えてからの初の全米トップ40入りヒット曲「If You Don’t Know Me By Now(邦題:二人の絆)」(R&Bチャートでは2週間にわたってNo.1)が生まれることに。なお、テディは1976年にグループを離れてソロ・シンガーに転向し、グループ在籍時以上の人気を獲得して大成功を収めた。

また、イギリスのブルーアイド・ソウル・グループのシンプリー・レッドによるカヴァー・ヴァージョンは、1989年に全米No.1、全英No.2を記録し、オリジナルを上回る大ヒットとなった。カヴァー・ヴァージョンでこの曲を初めて知った、という人もいるだろう。

これは、もともと「Lady Marmalade」(1975年に全米No.1を記録)を歌って大ヒットさせた、後にソロ・シンガーに転向して大成功を収めたパティ・ラベル(1944-)が中心となって結成された女性R&Bトリオのラベル(LaBelle)のために書き下ろされた楽曲だったが、彼女たちは曲が気に入らないとしてレコーディングを拒否。結果、自らヒット曲を逃してしまう羽目に……。が、個人的には、この曲の歌詞の内容は女性向きではないと考える。ラベルがレコーディングを断った理由も、恐らくその辺りにあったのではないだろうか。

曲の要旨

君と俺はもう長いこと一緒にいるから、お互いのことを知り尽くしているよな。二人で築いた幸せな家庭をぶち壊すような真似を、俺は決してしないよ。だから、俺の帰宅時間が少しばかり遅くなったからといって、そんなにガミガミ怒らないでくれ。俺たちのそんな言い争いは、傍目から見たらまるで子供同士の喧嘩に見えるんじゃないかな。俺たちは互いに、他人にはちょっと理解できない複雑な性格の持ち主だけど、こうやって今まで上手くやってきたんだから、そんなことはたいした問題じゃないよ。それより何より、俺が強調したいのは、今、こうして君が俺と出逢って一緒にいなかったなら、俺たちは決して知り合うことはなかっただろう、っていうことさ。俺と出逢った君は幸せ者だよ。

1972年の主な出来事

アメリカ: 6月17日にウォーターゲート事件が発覚。
日本: 浅間山荘事件が日本中を震撼させる。
田中角栄首相が訪中し、日本と中国の国交が回復。
世界: 東ドイツと西ドイツの国交が正常化。

1972年の主なヒット曲

Let’s Stay Together/アル・グリーン
Lean On Me/ビル・ウィザーズ
Ben/マイケル・ジャクソン
Alone Again (Naturally)/ギルバート・オサリヴァン
Me And Mrs. Jones/ビリー・ポール

If You Don’t Know Me By Nowのキーワード&フレーズ

(a) our happy home
(b) fuss and fight
(c) get oneself together

まだハロルド・メルヴィンが健在だった頃(1980年代半ば過ぎ~後期だったと記憶している)、テディの後任となったリード・ヴォーカリストを従えてハロルド・メルヴィン&ザ・ブルー・ノーツが来日公演を行った際、彼らにインタヴューした。こちらの質問に答えるのはほとんどリーダーのハロルドで、インタヴューは終盤までなかなかいい雰囲気で進んでいたのだが、最後の最後に筆者が「ところでテディ・ペンダーグラスが入院中はお見舞いに行かれたんですか?」と訊ねた際、ハロルドは嘲笑のような笑みを浮かべて他のメンバーたちを見回し、次のように言い放ったのだ。「今の質問、聞いたかい? テディを見舞ったか、だってさ、ハハハハハ…」――そして質問への答えは、“No. Never.”という、すげないものだった。深読みのし過ぎかも知れないが、その受け答えにどことなく悪意を感じたものである。テディがグループに在籍していた頃、多くの人々がテディ・ペンダーグラスをハロルドと勘違いしていたことがハロルド自身には面白くなかったらしいが、それ以上に、テディ脱退後にグループの人気が急速に衰えたことが、何よりもハロルドの逆鱗に触れたのではないだろうか。あのインタヴュー以来、このグループの曲を聴くと、条件反射のようにあのインタヴューのことが思い出されて、ほろ苦い気分になってしまう。

「二人の絆」は、原題と歌詞の内容の意図を汲み取った、数少ない上出来の邦題のひとつ。今も使われている同邦題は、恐らく当時の担当ディレクターさんが原題を「カタカナ起こしにするには長過ぎる」と判断して、知恵を絞って考え出したのだろう。が、筆者はこれを(例によって)FEN(現AFN)で初めて耳にしたので、未だに邦題を正確に覚えられずにいる。我ながら困ったもんだと思うが、こればかりは仕方がない。また、1970年代のフィリー・ソウルには、何故だかカタカナ起こしではない邦題が多かった、ということも付記しておく(ex. スリー・ディグリーズの「Dirty Ol Man=荒野のならず者」、「When Will I See You Again=天使のささやき」…etc.)。

(a)のフレーズから筆者がとっさに想起したのは、かのマイケル・ジャクソンの兄ジャーメインが往年のR&Bヴォーカル・グループ、シェップ&ザ・ライム・ライツ(Shep and The Lime Lites)の一発ヒット「Daddy’s Home」(1961/R&BチャートNo.4、全米No.2)をカヴァーして大ヒットさせたヴァージョン(1972/R&BチャートNo.3、全米No.9)である。当時、ジャーメインのカヴァー・ヴァージョンの邦題を「パパの家」といった。これは、世紀の誤訳と言ってもいい奇天烈邦題で、原題を正しい英語に直すと、次のようになることからもそのことが明白だ。

♪Daddy is home.【※homeは名詞ではなく副詞で、“be at home”と同義。“I’m home!(ただいま!)”の“home”に同じ)】

しかも同曲では、タイトル部分が含まれるフレーズを♪Daddy’s home TO STAY…([君のもとへ戻って来たからには]もうどこへも行かないよ……)と歌っているのである。その事実からも、原題にあるアポストロフィが、所有格を表すそれではないことが歴然とする。なのにこの誤訳。「パパの家」なら、原題は「Daddy’s HOUSE」でなければならない。

では、日本人のほとんどが同義語だと勘違いしている“home”と“house”の明確な違いは何か。そのことを教えてくれる歌詞を、筆者は過去に訳したことがある。歌っているのは、1980年代後期~1990年代初期に人気を博したR&Bシンガーのトニー・テリーで、セルフ・タイトルの2ndアルバム(1991)に収録されている「Friends And Lovers」という曲の一節。歌詞の内容を要約すると、、同居していた夫婦もしくは恋人同士の男女の関係がギクシャクしてきており、それに対して主人公の男性が相手に向かって不満をぶつけるというもの。そのフレーズとは――

♪This house is not a home.

ハウスもホームも同じ「家」じゃないか、と言われそうだが、筆者はこのフレーズから、“house=ハコもの、即ち建物”、“home=温かな家庭、家庭の温もり”という違いをハッキリと感じ取った。つまり(a)は、「(二人で築き上げてきた)温かで平和な家庭」という意味なのである。ということは、この曲に登場する男女は、夫婦 or 長年同棲している男女、と考えてまず間違いない。日本の住宅会社や宅建会社の名前には、「~ホーム」、「~ハウス」、「~ハウジング」と付くものが多いが、どうやら“house”も“home”も同じ意味だと思っているらしい。もちろん、いずれも「家」という意味を持つが、“home”が「家庭」という意味合いが強い、ということを、これを機にぜひとも多くの人々に認識して頂きたいものである。

(b)は、“fuss ’n(=and)fight”と表記されることもある。仲違いした恋人同士や夫婦について歌われた曲に頻出する単語で、“argue(激論を闘わせる→激しい言い争いをする)”よりもやや度を超えた痴話喧嘩、というニュアンス。“fuss(口論)”と“fight(相手に危害を加える行為を伴う喧嘩)”とセットで覚えておくと便利。

辞書の“together”の項目にイディオムとして載っている(c)は、曲の主人公が相手の女性に向かって言っている言葉。意味は「自分自身を制御する、自分自身を落ち着ける」だが、この曲に登場する(c)を意訳するなら、「(この先、俺と君の間に何が起こっても)取り乱したりしないでくれ」となるだろうか。思うに、相手の女性は、ちょいとヒステリックな性格の持ち主らしい(苦笑)。曲の主旨にも記したが、彼の帰りがちょっと遅くなっただけで、「一体こんな時間までどこをどうほっつき歩いていたのッ!?」と怒りを爆発させる女性のようなので。(c)のフレーズから、相手の女性のそんな性格が垣間見える気がする。

それでも男性は「あの時、二人が出逢っていなかったら、永遠に出逢うことはなかっただろうね=俺と知り合ったお蔭で今の君の幸せがあるんだ(注:後者は筆者による意訳)」と、噛んで含めるように女性に向かって語り掛ける。いつの時代もカカア天下の方が“home(家庭)”は上手く行く、と人は言う。それは、洋の東西を問わず、どこでも同じらしい。

【筆者プロフィール】

泉山真奈美(いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「リリック英文法」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。近作はマーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツ。

2012年 8月 29日