三省堂辞書の歩み

第8回 帝国大辞典

筆者:
2012年9月12日

帝国大辞典

明治29年(1896)10月7日刊行
藤井乙男、草野清民共編/本文1407頁/菊判(縦226mm)

【帝国大辞典】1版(明治29年)

【本文1ページめ】

三省堂による初めての国語辞典。古語から現代語(隠語・方言)までの和語、漢語、外来語を集め、見出し語数は約5万7000。当時としては、『和漢雅俗いろは辞典』(明治21~22年初版、明治25~26年増訂二版)に次ぐ多さである。

我が国の近代的国語辞典の出版は明治21年(1888)から始まり、まだ10点を越えていない状況にあった。物集高見の『ことばのはやし』『日本大辞林』、高橋五郎の『和漢雅俗いろは辞典』、大槻文彦の『言海』、山田美妙の『日本大辞書』といった、現在と同じ形式の内容を有する、活版印刷による国語辞典がさかんになり始めた時期である。

本書は、『日本大辞書』(明治25~26年)の改訂原稿を買い取って、先行辞書を参考にしながら短期間に編集された。『日本大辞書』との相違点は、活用語の見出しの活用部分も平仮名にしたり、アクセント表示をやめたり、語釈は片仮名主体を平仮名主体にしたうえ文語体に改めている。つまり、他の多くの辞書と同じ方式が採用された。また、見出しを引く助けとして、ページの下に五十音を掲げる工夫がある。ただし、「ゐ」「ゑ」をヤ行に入れた頁が多くあり、後に訂正された。当然、『日本大辞書』との類似点もあり、特に「ん」を「む」と別に扱って五十音順の最後とした点が先見的な特徴である。

●最終項目

をんをん 副詞 (温温) 気象のやさしくあるをもいふ。

●「猫」の項目

ねこ 名詞 (猫) ①人家に飼養する獣にて、人に馴れ易く、よく鼠を捕る、形ち虎に似て小く、性質睡りを好み、寒を畏る、毛色は種々あり、其眼は、朝円く次第に収縮し、正午は、針のごとく、午後はやがて旧に復す。②旧幕時代の末より芸妓の異名をいふ。

●「犬」の項目

いぬ 名詞 (犬、狗) 家に飼養する獣類なり、性質極めて人に馴れ易く、怜悧にして主に忠なり、体に大小あり、毛色も亦ひとしからず、今時、洋犬を飼養するもの多し、性質和犬よりも猛烈にして狩猟に馴れたり、種類甚だ多し、かりいぬ、むくいぬ、すぱにえる、かめ、などいふ。 ○[慈鎮和尚]「おもひぐまの人はなかなか、無きものを、あれにいぬの主を知りぬる」。

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筆者プロフィール

境田 稔信 ( さかいだ・としのぶ)

1959年千葉県生まれ。辞書研究家、フリー校正者、日本エディタースクール講師。
共著・共編に『明治期国語辞書大系』(大空社、1997~)、『タイポグラフィの基礎』(誠文堂新光社、2010)がある。

編集部から

2011年11月、三省堂創業130周年を記念し三省堂書店神保町本店にて開催した「三省堂 近代辞書の歴史展」では、たくさんの方からご来場いただきましたこと、企画に関わった側としてお礼申し上げます。期間限定、東京のみの開催でしたので、いらっしゃることができなかった方も多かったのではと思います。また、ご紹介できなかったものもございます。
そこで、このたび、三省堂の辞書の歩みをウェブ上でご覧いただく連載を始めることとしました。
ご執筆は、この方しかいません。
境田稔信さんから、毎月1冊(または1セット)ずつご紹介いただきます。
現在、実物を確認することが難しい資料のため、本文から、最終項目と「猫」「犬」の項目を引用していただくとともに、ウェブ上で本文を見ることができるものには、できるだけリンクを示すこととしました。辞書の世界をぜひお楽しみください。
毎月第2水曜日の公開を予定しております。