「百学連環」を読む

第75回 さまざまな専門博物館

筆者:
2012年9月14日

博物館についての説明が続きます。少し長いですが、まとめて読んでみましょう。

上の博物館中に coin なるありて、世界中古今の貨幣を集め置けり。又、mechanical, geographical. 萬國の地圖は勿論、其他其地の形勢を約カにして見に顯はし示すなり。又、agricultural. 凡そ耕作に係はる萬國の器械を集め置き、耕作を爲ス者は其便なるものに就て耕作を勵むに供す。其中幷に種々の肥シとなるへきものを集め置けり。亞墨利加の海岸數十里の間に鳥の多く集る所あり。其地の鳥の糞を肥しとなるか故に各國の交易に供すと云ふ。
又 zoological garden 及ひ botanical garden.
世界中ある限り鳥獸草木を集め置き、其地の實際を示す。又、
anatomical. 人體及ひ五臓六腑は勿論、種々の病根腫物の類を悉ク集め置クなり。是等は多く醫の爲めに供するものなり。又、
reading’s. 會社を結ひて世上新版の書籍類を悉く買集め置き、其社中は之に就て閲し、他人は金少シ斗を出して見ることを得る。

(「百學連環」第32段落第19文~第32文)

 

この箇所は、『西周全集第4巻』では適宜改行されていますが、ここでは一つの段落として読みます。

上記文中の英語の左に添えられた漢語は次の通りです。

coin 貨幣
geographical 地理館
agricultural 耕具館
zoological 鳥獸學ノ(右側にさらに「動物學ノ」)
botanical 草木
anatomical 解剖館
reading’s 新書館

また、「亞墨利加の~供すと云ふ」は、ポイントを下げて、本文一行に対して二行で印刷されています。

では、現代語に訳してみます。

上に述べた博物館には、貨幣〔博物館〕というものがあり、そこには世界中古今の貨幣が集め置かれている。また、器械〔博物館〕、地理〔博物館〕というものもある。万国の地図はもちろんのこと、その他にも土地々々の形勢を手短にまとめて見てとれるようにしてある。また、農業〔博物館〕もある。およそ耕作に関する万国の器械を集め置いて、耕作する人がその便宜を得て耕作に励めるようにしているのだ。そこには併せて肥やしになるものも集め置いてある。アメリカの海岸数十キロメートルにわたって、鳥が多く集まる場所がある。鳥の糞は肥やしになるので、その地ではこれを各国との交易に用いているという。
また、動物園や植物園というものもある。世界中の鳥獣草木を集め置き、〔そうした動植物が生息する〕その地域がどのような状態であるかを示すものだ。また、解剖〔博物館〕もある。人体や内臓はもちろんのこと、さまざまな病変組織の標本などをことごとく集めて置いてある。これらは多くの場合、医学のために提供されたものだ。
また、新書館というものもある。これは、会を組織して世間で刊行される新しい書籍を端から買い集めて置くもので、会員は自由に閲覧できる。会員でない人もお金をいくらか払えば見ることができる。

ご覧のように各種テーマを限定した専門博物館について、いろいろな種類のものが列挙されています。

ところで「博物館」という言葉には、西先生以前に用例があります。参考のために石井研堂の『明治事物起原』を覗いてみましょう。「第七編 教育学術部」の「博物館」の項目です。

万延元年『村垣日記』閏三月二十九日の条に、「大統領へ送りし品々、大統領の所持にはならず、その事どもを記録して、百物館に納る事のよし」。また四月十四日の条に、「スミスヲエヲといへる、奇品、又究理の館なるよし、百物館と同じく、石造の高堂なり」とあり、今日ならば、百物館とはいはず、みな博物館といひしならん。

(石井研堂『明治事物起原4』、ちくま学芸文庫、pp.323-324)

 

ここで『村垣日記』と書かれているのは、江戸幕府が派遣した万延元年遣米使節の副使を務めた村垣範正(1813-1880)による日記です。後に書籍として刊行された『万延元年第一遣米使節日記』(大正7年)には、「副使村垣範正記述航海日記」と題して収録されています。

「百物館」とは現在では聞き慣れない言葉ですが、『論語』(陽貨第一七)や『春秋左氏伝』(宣公三年)といった漢籍にも「百物」という語が見えます。「百学連環」の「百」が「全ての学」を尽くすといった意味合いを持つ表現であるように、この場合の「百」にもそうした意味が込められていると思います。「百物館」とは、これはこれで言い得た表現ではないでしょうか。

研堂はこれに続けてもう一つ、今度は福澤諭吉(1835-1901)の例を紹介しています。

文籍中に、始めて博物館と記せしは、慶應二年版福沢氏の『事情』なり。いはく、「博物館は世界中の物産、古物、珍物を集めて人に示し、見聞を博くする為めに設くるものなり。禽獣は皮を取り、皮中に物を塡めて、其形を保ち、皆生物を見るが如し、小魚虫は、火酒に漬けしものも有り」と、博物館の新語を出せり。

(石井研堂『明治事物起原4』、ちくま学芸文庫、pp.324)

 

福澤諭吉は、咸臨丸に乗ってこの使節に随行した一人でした。アメリカや、後にヨーロッパにも渡り、そこで見聞したものを何篇かにわたってまとめたのが『西洋事情』です。

彼はさすがと言うべきか、この施設についてかなり具体的に説明しています。研堂がここに引いているのはその一部です。「博物館は世界中の物産、古物、珍物を集めて人に示し、見聞を博くする為めに設くるものなり」と、「世界中」の「古物」を含むものを対象としているという具合に、前回読んだ西先生の説明と重なっています。

また、福澤の『西洋事情』の該当箇所を読んでみると分かるように、彼はたくさんの具体例を挙げて博物館について詳しく説明しています。ここにその要素だけを抽出すれば、こんな具合です。

・ミネラロジカル・ミュヂヱム
・ゾーロジカル・ミュヂヱム
・動物園
・植物園
・メヂカル・ミュヂヱム

西先生が挙げている博物館と重なるところもありますね。また、動物園、植物園、医学博物館という並び順が両者に共通しているのも面白いところです。

長くなりましたので、続きは次回にしたいと思います。

*「百物」という言葉が『論語』に見えることについて、竹中朗氏からご示唆をいただきました。記して感謝いたします。

筆者プロフィール

山本 貴光 ( やまもと・たかみつ)

文筆家・ゲーム作家。
1994年から2004年までコーエーにてゲーム制作(企画/プログラム)に従事の後、フリーランス。現在、東京ネットウエイブ(ゲームデザイン)、一橋大学(映像文化論)で非常勤講師を務める。代表作に、ゲーム:『That’s QT』、『戦国無双』など。書籍:『心脳問題――「脳の世紀」を生き抜く』(吉川浩満と共著、朝日出版社)、『問題がモンダイなのだ』(吉川浩満と共著、ちくまプリマー新書)、『デバッグではじめるCプログラミング』(翔泳社)、『コンピュータのひみつ』(朝日出版社)など。翻訳書:ジョン・サール『MiND――心の哲学』(吉川浩満と共訳、朝日出版社)ジマーマン+サレン『ルールズ・オブ・プレイ』(ソフトバンククリエイティブ)など。目下は、雑誌『考える人』(新潮社)で、「文体百般――ことばのスタイルこそ思考のスタイルである」、朝日出版社第二編集部ブログで「ブックガイド――書物の海のアルゴノート」を連載中。「新たなる百学連環」を構想中。
URL:作品メモランダム(//d.hatena.ne.jp/yakumoizuru/
twitter ID: yakumoizuru

『「百学連環」を読む 』

編集部から

細分化していく科学、遠くなっていく専門家と市民。
深く深く穴を掘っていくうちに、何の穴を掘っていたのだかわからなくなるような……。
しかし、コトは互いに関わり、また、関わることをやめることはできません。
専門特化していくことで見えてくることと、少し引いて全体を俯瞰することで見えてくること。
時は明治。一人の目による、ものの見方に学ぶことはあるのではないか。
編集部のリクエストがかない、連載がスタートしました。毎週金曜日に掲載いたします。