地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第222回 井上史雄さん:方言絵はがきの再評価
Reevaluation of dialect post cards

筆者:
2012年10月6日

今回はちょっと趣向を変えて、方言絵はがきをみます。「買える方言」の典型ですが、通俗的で、文字化も不正確かと思われて、学問対象としては、無視されていました。しかし日本の方言絵はがきでは過去の方言会話が分かるので、貴重です。

試しに、山形県庄内地方の例をみましょう。袋には「あつみ方言入 あつみ自慢」と書いてあります。裏の切手欄に「一億一心」と書いてありますから、戦時中のものです。1枚全体を図1に示します。方言と訳の部分を拡大して、図2に示します。

図1「あつみ自慢」 全体
【図1】「あつみ自慢」全体(クリックで拡大表示)

フテ(食って)など、古い発音の特徴をよくとらえていて、信頼できそうです。ただ「やゆよ」や「つ」を小さく書く習慣がなかったので、発音を確かめるためには、方言を知っている人の知恵を借りる必要があります。幸いに筆者はここの方言のネイティブです。できるだけ当時の発音に近く、書きあらわしてみましょう。カ行とタ行の濁音化がみられます。「カ゜」「コ゜」で鼻濁音をあらわします。

【図2】方言と訳の部分
【図2】方言と訳の部分(クリックで拡大表示)

エッペン トリダデノ アダラシ サガナ フテ ミチャ

ソゴラノ マズノ レゾコガラ ダシタナドワ アジダテ チカ゜ウデバ

ソレワ オラカ゜ダダテ リッパダ ジュコ゜ノ オナコ゜ダモ エッデ タゲゴドワ シネエ

実は山形県庄内地方には、江戸時代の方言会話を記した『温海土産』という本があります。戦前の方言絵はがきを使うと、江戸時代と現代をつなぐことができます。これまでなおざりにされていた絵はがきを見直す必要があります。

なお第3回30回197回などで戦後の方言絵はがきが、第112回219回などで海外の方言絵はがきが、扱われています。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 井上 史雄(いのうえ・ふみお)

国立国語研究所客員教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 //www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 //dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/ 
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『日本語ウォッチング』(岩波新書)『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語の値段』(大修館)、『言語楽さんぽ』『計量的方言区画』『社会方言学論考―新方言の基盤』『経済言語学論考 言語・方言・敬語の値打ち』(以上、明治書院)、『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)などがある。

『日本語ウォッチング』『経済言語学論考  言語・方言・敬語の値打ち』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。