地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第225回 大橋敦夫さん:江戸まさりの町の方言グッズ(千葉県香取市佐原)

筆者:
2012年10月27日

江戸期、佐原では、水郷地帯で収穫された早場米を生かした醸造文化が栄え、みそ・しょう油・みりん・酒が船便によって江戸に運ばれ、その食文化を支えました。天領として、また、自由闊達な商業地域として、江戸の文化や風習も入って栄えた佐原の様子は、

 お江戸見たけりゃ佐原へござれ 佐原本町江戸まさり

と、うたわれるほどでした。

(画像はクリックで全体表示)

【写真1】江戸まさり
【写真1】江戸まさり

現在も、観光ポスターのコピーで「東京にはない江戸がある」と自負するごとく、「江戸まさり」が町づくりのコンセプトとなっています。

また、ことばの面でも、佐原の旦那衆の話し方は、語尾が下がる江戸口調であると言われます。そこで、佐原で江戸弁をあしらった方言グッズがあるか、探してみました。

で、見つけたものは、佐原方言を生かしたものでした。

まずは、拍子木のことを当地では、「チャキ」と言いますが、実物とミニチュアが観光協会で売られています。

【写真2】チャキ
【写真2】チャキ

次に、その名も「でぼけ」という焼酎ですが、ビンの裏に説明のラベルが貼られています。

【写真3】でぼけ
【写真3】でぼけ

水郷佐原「でぼけ」の話

佐原では昔から旅に出る時や、祭礼で山車が出発する時など、安全を祈り皆で酒を一気に飲み干し、清め、元気をつけて出て行きました。
このことを「でぼけ(出祝)」といい、「でぼかえ」ともいいます。又、帰りついたときは無事を感謝し「いりぼけ」と称し、酒を飲みます。

「でぼけ」の語源は、「出る」+「ほく(=祝う)」と考えられ、「ほく」の部分は、ほく(ほぐ)> ほかう > ほかい > ほがい > ほかえ、のような語形変化が見てとれます。なお、県境を越えた、北側の茨城県内にも似た語形が分布します。

でぼけーざげ…… 祭りや祝いの儀式などにでかける前に飲む酒。(出島・麻生)
でぼかい…… 祝いの儀式に出発する前にする祝い。(酒宴もしくは酒を飲む)(潮来・鹿島)
いりぼがい…… 結婚式のとりきめなどの使者が帰ってきたときにする祝い酒。(桜川・麻生)

(『茨城方言民俗語辞典』東京堂出版による)

佐原側では、利根川をはさんで一つの地域とくくることもできるとして、「ちばらぎ」と称することもあるそうで、その名を冠した銘菓もあります。

ベースには、地域の文化があってこそ花開いた江戸まさりであることが実感できました。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 大橋 敦夫(おおはし・あつお)

上田女子短期大学総合文化学科教授。上智大学国文学科、同大学院国文学博士課程単位取得退学。
専攻は国語史。近代日本語の歴史に興味を持ち、「外から見た日本語」の特質をテーマに、日本語教育に取り組む。共著に『新版文章構成法』(東海大学出版会)、監修したものに『3日でわかる古典文学』(ダイヤモンド社)、『今さら聞けない! 正しい日本語の使い方【総まとめ編】』(永岡書店)がある。

大橋敦夫先生監修の本

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。