地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第228回 日高貢一郎さん:『方言トランプ』の変わり種

2012年11月17日

前に、第208回で全国各地の『方言トランプ』のいろいろを取り上げましたが、今回は、そのちょっと変わり種をご紹介しましょう。(第210回も参照)

富士通(FUJITSU)が、かつて販売促進用のノベルティーグッズとして作った、大阪弁の『方言トランプ』がそれです。第208回で取り上げたものはここ数年の間に制作されたものでしたが、これはだいぶ先輩に当たります。

カードの裏には、小さい丸い鼻メガネに、ちょびヒゲ、腹巻き、ステテコ姿の「タッチおじさん」が載っています。(1994年から2001年にかけて、同社のパソコンのPRに活躍したキャラクターでした。今では懐かしい存在ですが、きっとどこかで元気に過ごしていることでしょう)

(クリックで拡大表示)

【写真】 タッチおじさんの『大阪弁のトランプ』
【写真】 タッチおじさんの『大阪弁のトランプ』

これは、通常のトランプのマークと数字の他に、併せて大阪弁が漢字かな交じりで書かれているのですが、それが単語ではなくてすべて会話体の文になっています。その表現の意味も英語訳が上のほうに大きく書かれ、共通語訳は下のほうに小さくローマ字で表記されています。

その場面に合わせたイラストもあって、幼い坊やと、右の耳がちょっと倒れたかわいい子犬がどのカードにも登場します。

これをカードの種類別に並べて番号順に見て行くと、関連する表現が並び、ストーリーが展開するように配慮されています。例えば、ダイヤの場合は、次のようになっています。

1. それを見せてくれへん。 Please show it to me.
Sore o misete kudasai.
2. これは、何ぼでんねん。 How much is this?
Korewa ikura desuka?
3. もうかってまっか。 Are you making a money?
Hanjô shite imasuka?
4. こうてこうてこうてぇな 。 Buy out please. 
Katte katte katteyo.
5. もっと安いのを見せて~な。 Please show me some cheaper ones.
Motto yasui no-o misete kudasai.
6. まけてぇな。 Discount please.
Yasuku narimasenka.

以上のように、ある場面でのやりとり、この場合には「買い物」の際の客と店員との会話が続いています。 

その企画・制作の意図をかつての担当者に聞いたところ、「単なるトランプではありきたりになるので、タッチおじさんキャラクターの持つ強い特長(関西弁など)を活かしてストーリー性を持たせることで楽しめること、さらにはプレミアムとしてもお客様に喜ばれるグッズにしたかった狙いがありました」とのこと。

その狙いどおり、もらった人たちからもユニークで、個性的で、おもしろい、と、大変好評だったということです。

近年、日本の方言をローマ字表記にし、その意味を英訳して示すケースが見られますが、このトランプもその例のひとつです。

【参考】富士通のキャラクター「タッチおじさん」については、「タッチおじさんわーるど」でプロフィールなどが紹介されています。//pr.fujitsu.com/jp/news/1999/Oct/29.html

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 日高 貢一郎(ひだか・こういちろう)

大分大学名誉教授(日本語学・方言学) 宮崎県出身。これまであまり他の研究者が取り上げなかったような分野やテーマを開拓したいと,“すき間産業のフロンティア”をめざす。「マスコミにおける方言の実態」(1986),「宮崎県における方言グッズ」(1991),「「~されてください」考」(1996),「方言によるネーミング」(2005),「福祉社会と方言の役割」(2007),『魅せる方言 地域語の底力』(共著,三省堂 2013)など。

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。