地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第229回 山下暁美さん:冷蔵庫の主(沖縄県)

筆者:
2012年11月24日

我が家には一か月ほど前から冷蔵庫にセイウチが住んでいます【写真1】。セイウチは寒いところに住む動物で口の周りには髭があって、牙が発達しています。冷蔵庫のドアを開けるとセイウチが「よく来たね。僕の家に」と沖縄方言のアクセントであいさつします。ときによっては「お疲れやー(お疲れ様)」や「いきなり開けるからびっくりしたよ!」と言うときもあります。「~やー」は、後述の「~さー」とともに「ね」「なあ」に相当し、念押しや確認の意味があります。

【写真1】
【写真1 冷蔵庫の主・セイウチ】

夕食の献立を考えながらゴソゴソと食品をとり出そうとしていると「何探しているわけ(さがしているの)」と聞きます。「僕も食べたいさー(食べたいよ)」や「ちかごろ、ちゃーやが?(調子はどう?)」と話しかけてきます。「ちゃー」は「いかが」「どう。元気か」の意味です。いつも寂しく冷蔵庫のなかでひとりぼっちなのでドアを開けると、このときとばかりに次から次へいろいろ話しかけます。

無視して返事しないでいると、すかさず「あっきさみよ(あらまあ)! 電気がでーじ(とても)もったいない!」「早く閉めないと!」と怒り出します。「あっきさみよ」は「あきさみよー」とも言われ、「あらまあ」と驚いたとき、悲しいときなどに発することばです。

【写真2】
【写真2 方言を話す動物たち】
(クリックで拡大表示)

制作に関わっていらっしゃる小野暁海さん(ソリッドアライアンス株式会社)に電話で尋ねました。現在、岩手県(アザラシ)、京都府(ペンギン)、鹿児島県(シロクマ)、沖縄県(セイウチ)の4つのバージョン【写真2】があるそうです。

理由を聞いたところ、東北、関西、九州、沖縄にそれぞれ一県ずつ作って全国の方に楽しんでもらおうと考えたとのこと。4つのなかで京都府だけが女性の声優が話しています。「Fridgeezoo HOUGEN」という商品名ですが、4頭すべての動物を冷蔵庫で飼ったらさぞうるさいことだろうと想像しています。「地球の温暖化や環境汚染のため住処をなくした動物たちが行き着いた場所。それは冷蔵庫だった。」と説明書きがあります。この動物たちはそれぞれの地域で覚えた言葉(方言)を毎日顔を合わせる人間に向かってしゃべりはじめたのです。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 山下 暁美(やました・あけみ)

明海大学客員教授(日本語教育学・社会言語学)。博士(学術)。
研究テーマは、言語変化、談話分析による待遇表現、日本語教育政策。在日外国人のための「もっとやさしい日本語」構想、災害時の『命綱カード』作成に取り組んでいる。
著書に『書き込み式でよくわかる日本語教育文法講義ノート』(共著、アルク)、『海外の日本語の新しい言語秩序』(単著、三元社)、『スキルアップ文章表現』(共著、おうふう)、『スキルアップ日本語表現』(単著、おうふう)、『解説日本語教育史年表(Excel 年表データ付)』(単著、国書刊行会)、『ふしぎびっくり語源博物館4 歴史・芸能・遊びのことば』(共著、ほるぷ出版)などがある。

『書き込み式でよくわかる 日本語教育文法講義ノート』 『海外の日本語の新しい言語秩序―日系ブラジル・日系アメリカ人社会における日本語による敬意表現』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。