歴史を彩った洋楽ナンバー ~キーワードから読み解く歌物語~

第59回 You Don’t Have To Be A Star (To Be In My Show)(1976/全米、全英共にNo.1)/ マリリン・マックー&ビリー・デイヴィス・Jr.(1975-)

2012年11月28日
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●歌詞はこちら
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曲のエピソード

アメリカのR&B界きっての仲良し夫婦――「おしどり夫婦」という言葉は使わない。何故ならオシドリは人間にたとえるなら一夫一妻ではなく乱交するのが習性だからである――と言えば、本連載の第38回「Ain’t No Mountain High Enough」でも触れた、故ニコラス・アシュフォードとヴァレリー・シンプソンが有名だったが、元フィフス・ディメンションのマリリン・マックー&ビリー・デイヴィス・Jr.もまた、仲睦まじい夫妻として知られる。今年で結婚43周年(!)を迎えた夫妻は、以前にもまして絆が深まっているように見える。この夫妻に子供はいない。そのこともあってか、今でもメディアに登場する夫妻の姿からは、恋人同士だった頃の新鮮さが感じられる。何とも羨ましい限り。

夫婦デュオの活動に専念するため、1975年にフィフス・ディメンションを揃って脱退し、翌1976年には夫婦名義の1stアルバム『I HOPE WE GET TO LOVE IN TIME』(R&Bアルバム・チャートNo.7、全米No.30/ゴールド・ディスク認定)をリリース。この曲は、同アルバムからの2ndシングルで、夫妻に初の大ヒットをもたらし(R&BチャートでもNo.1を獲得)、グラミー賞のR&Bデュオもしくはグループ部門で最優秀賞を獲得。同曲以外にも、R&Bチャートでは1976〜1978年の間に約10曲のヒット曲を放っているが、全米チャートでは、「星空のふたり」(アルバムA面の1曲目)という邦題を持つこの曲と、「Your Love」(同2曲目/R&BチャートNo.9、全米No.15)の2曲のみ。が、フィフス・ディメンションの頃からの“阿吽の呼吸”を考えれば、双方が夫婦デュオとして再スタートを切ることは必定だったと考えるし、今も胸に響く歌詞とメロディ、アレンジと三拍子が揃ったこの曲には、“一発屋”以上の価値が何倍もあると思う。もうひとつ付け加えるなら、男女のデュエット・ナンバーの大ヒットというのはそれほど多くなく、ましてや夫婦デュオによる全米No.1ソングには、滅多にお目に掛かれない。ヒット曲の数こそ少ないが、マリリン・マックー&ビリー・デイヴィス・Jr. 夫妻の名は、それこそ夜空にきらめく星の如く、名曲「星空のふたり」と共に、R&B界、ひいてはポピュラー・ミュージック史上にいつまでも燦然と輝き続けることだろう。

曲の要旨

僕は君のその心根に惹かれているんだから、今の君をありのままに受け止めるよ。他人がどう思うか知らないけれど、僕にとっては、君の内に秘めた思いやりが何よりも価値あるものだからね。僕に必要なのはスーパースターのようにきらびやかな女性やミスコンで優勝するような女性じゃない。今のままの君が僕には一番魅力的に見えるよ。

ふたりが寄り添っていれば、この先の人生は毎日バラ色ね。ふたりは、世間からチヤホヤされる派手なカップルでもなければ、テレビのドラマや舞台の恋愛物語の主人公でもないけれど、それでも死がふたりを分かつまでいつまでもあなたと一緒よ。

今のままのお互いを受け止め、自然体で愛し合うふたり。ふたりがスーパースターである必要なんてどこにもない。お互いの存在は、ふたりの心の中でこそ輝くのだから――。

1976年の主な出来事

アメリカ: 民主党のジミー・カーターが大統領選挙で当選。
  アレックス・ヘイリー著『ルーツ(The Roots)』がベストセラーに。
日本: いわゆるロッキード事件で田中角栄前首相が逮捕される。
世界: 中国の初代国家主席の毛沢東死去。

1976年の主なヒット曲

I Write The Songs/バリー・マニロウ
Love Rollercoaster/オハイオ・プレイヤーズ
Disco Lady/ジョニー・テイラー
Love Hangover/ダイアナ・ロス
You Should Be Dancing/ビージーズ

You Don’t Have To Be A Star (To Be In My Show)のキーワード&フレーズ

(a) come as you are
(b) don’t need no 〜
(c) You don’t have to be a star to be in my show

本連載の第48回に続き、今回も日本盤シングルのピクチャー・スリーヴを図版として用いた。その理由は、筆者が当時、お小遣いで(笑)買ったこのドーナツ盤(←死語か?)を、今でも大切に保管し、年に何度かターンテイブルに乗せて聴くからである。マリリン・マックー&ビリー・デイヴィス・Jr.の1stアルバムのLPも持っているが(CD化されているかどうかは知らない。あったとしても恐らく買わない)、この曲が聴きたくなった時には、LPの存在をすっかり忘れてしまっていて、約200枚のシングル盤を収めてある専用箱からドーナツ盤をゴソゴソと取り出すのが常だ。アーティストの日本語表記“マリリン・マックーとビリー・デイヴィス・ジュニアー”にシビレる。もしもアーティスト名の前に“唄”とでもプリントされていたなら、このシングル盤にもっとシビレていたこと必至。ちなみに、筆者が最も愛する男女デュオのマーヴィン・ゲイ&タミー・テレルの1960年代当時の手持ちの日本盤シングル「ユア・プレシャス・ラブ」(1967)には、“唄/マービン・ゲイとタミー・テレル”とある。ああ、五感がシビレる……ピリピリ。「You Don’t Have To Be A Star (To Be In My Show)」の日本盤シングルに関して言えば、最もシビレるのはその邦題であろうか。一見、安直ながら、実は非常に的を射た美しい邦題である。

個人的シュミの話はさておき、これは数ある男女デュオによる洋楽ナンバーの中でも、決して避けては通れない1曲に数えられる(筆者が個人的に大好き、ということもあるが、全米No.1の座に就いた男女デュオのナンバーは実は意外と少ない)。仮にこの曲が全米チャートを制覇しなかったとしても、幼少期の筆者は間違いなく日本盤シングルを買っていたと思う(当時、日本の田舎のレコード屋には輸入盤のドーナツ盤なんて入荷しなかった)。とにかく曲全体に漂うロマンティックな雰囲気に瞬時にして(デュエット愛好家なら)KOされること請け合い。純真で伸びやかなマリリンのヴォーカルと、それを包み込むようにソウルフルに歌う包容力タップリのビリーのそれとが、あたかも魂を通わせて歌っているかのようにひとつに溶け合う。男女デュエットの神髄、ここにあり。

本連載で取り上げたビリー・ジョエルの「Just The Way You Are(素顔のままで)」(1977/全米No.3/ゴールド・ディスク認定/奇しくも「星空のふたり」の翌年に大ヒットしている)を始めとして、「今のままの君を(あなたを)ありのままに受け止める」、即ち「今のままの君が(あなたが)好き」という内容を持つ洋楽ナンバーは無数にある。が、「星空のふたり」ほど、それが詩的に綴られた歌詞もまたとないのでは、と、筆者は昔からずっと思ってきた。夫ビリーが歌い出しでいきなり口にする(a)は、たった4つの単語から成るシンプルなフレーズだが、そこには、相手の女性(妻マリリン)に対する深い愛情が脈打っている。直訳すれば「今のままの君で(そのまま僕のもとへ)来ればいい」となるが、これだと、鍋釜下げた押し掛け女房のように聞こえなくもない(笑)。「身ひとつで」とはわけが違うのである。せっかく詩的に綴られた歌詞だから、(a)も少し言葉を添えて意訳してみたい。例えばこんなのはどうだろうか。「今のままの君で充分に美しい」。あるいは「ありのままの君が最も魅力的だ」。……女は、愛する相手にこう言ってもらうのが一番嬉しいのだが、一方では、愛する人のために着飾りたい、と思う生き物でもある。「Just The Way You Are」の拙稿にも書いたが、女もトウが立ってくれば、家の中ならいざ知らず、いくら美人といえども、スッピン顔で外出なんてとてもじゃないができない。が、マリリンは若い頃から飛び切りの美人だったため(年齢を重ねた今も美しい女性である)、ビリーは素のままでも美しい奥方をめとった果報者だと思う。相手がマリリンなら、(a)のフレーズも活きてくる(ああ、羨ましい……)。

(b)は例によってエボニクスである。いつものように、その言い回しが含まれるフレーズを通常の英語に書き換えてみると――

♪I don’t need a superstar.
♪I need no superstar.

二重否定による否定の強調のエボニクスの方が、「私にはスーパースターの恋人なんて要らないのよ」という気持ちが強く前面に出る。まあ、当時のビリーは充分に“スター”だったのだが……。

タイトルが歌われているこの曲での最大の見せ場(c)は、直訳するとかなりヘンテコな日本語になってしまう。「私の(僕の)ショウに出演するために、あなたは(君は)スターになる必要なんてない」。お判りのように、この男女は舞台俳優でも何でもない。「星空のふたり」という絶妙の邦題を考えた当時のディレクターさんは、原題がカッコ付きの上に長いため、何とか知恵を絞って邦題を考え出したのだろう。「星空のふたり」の「星」が、原題の“a star”をヒントにしてあることは間違いないが、そこに「空」を付けてくれたことに拍手を送りたい。もちろん、地球上の人類であるマリリンとビリーは実際に“星空に暮らす夫婦”ではなく(邦題は、曲解するなら“天に召された夫婦”とも受け止められるが、それは深読みというものだろう)、“星空=ロマンティックな空間”という舞台装置を意味しているに過ぎない。それを踏まえて(b)を意訳すると、「私の(僕の)心の中に設置してあるステージ上で、あなたは(君は)スターでいる必要なんてない」となるだろうか。もっと飛躍した意訳を施すなら、「あなたは(君は)私と(僕と)一緒にいる時、ありのままの姿でいい」となる。愛する人の前では、自分を繕ったり無理して着飾ったりする必要などないのだと。やや演歌調(?)な邦題をちょっと遊び心を出して考えてみた。「あばたもエクボ」――これじゃあ邦題の企画会議で通りませんね。

今や、著名人の恋愛沙汰や離婚沙汰が瞬時にして世界中を駆け巡る時代である。筆者はTVを全くと言っていいほど見ず、女性週刊誌は美容院に行った時にパラパラとページを繰る程度でほとんど読んだことがなく、ために、スポーツ紙や週刊誌などに「××と××が熱愛!」だの「熱愛報道」だのという言葉が躍っているのを目にするだけでゲンナリしてしまう。本来、恋愛は当事者同士の問題であって、第三者にこれ見よがしに見せつけるものではないと考えるから。それにしても「熱愛」という日本語の響きは、一体いつからこんなにも下品なものになってしまったんだろうか。マリリン&ビリー夫妻は今でも「熱愛」関係にあるが、この言葉でふたりが長年にわたって築き上げてきた夫婦の深い絆を表すのは失礼なのでは、とさえ思う。よって夫妻には、「星空まで届くほどに昇華させた愛情」をいつまでも大切にして下さい、と伝えたい。

筆者プロフィール

泉山 真奈美 ( いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「リリック英文法」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。近作はマーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツ。

編集部から

ポピュラー・ミュージック史に残る名曲や、特に日本で人気の高い洋楽ナンバーを毎回1曲ずつ採り上げ、時代背景を探る意味でその曲がヒットした年の主な出来事、その曲以外のヒット曲もあわせて紹介します。アーティスト名は原則的に音楽業界で流通している表記を採りました。煩雑さを避けるためもあって、「ザ・~」も割愛しました。アーティスト名の直後にあるカッコ内には、生没年や活動期間などを示しました。全米もしくは全英チャートでの最高順位、その曲がヒットした年(レコーディングされた年と異なることがあります)も添えました。

曲の誕生には様々なエピソードが潜んでいるものです。それを細かく拾い上げてみました。また、歌詞の要旨もその都度まとめましたので、ご参考になさって下さい。