漢字の現在

第246回 琉球方言と文字

筆者:
2012年12月14日

ガジュマルの樹が街中でも太陽を浴びている。ガジュマルの原を意味する原名(はるなー)という地名「榕原」(ようばる)の1字目は、JISの第2水準に「穃」となって入り込んだ。それは、『国土行政区画総覧』という資料の中で、部首の木偏が禾偏に変化したもののようだった。同じくJIS第2水準に採用された「汳」は、中国の「ベン・ヘン」(宋の都「汴京」(べんけい:開封)の1字目の異体字(本字))という読みとは関係なく、同じ資料に出現していた「汳田原(はんたばる)」から入ったものだった。この珍しい地名用の漢字は、当地で崖を意味する方言「ハンタ」(狩俣繁久「琉球語と地名研究の可能性」『平凡社日本歴史地名大系』50 月報など参照)を、音義ともにそれらしい字面をもつもので表現しようとしたものであろう。

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琉球王国の王族は、尚(しょう)氏と、音読み一字であって中国的だ。かつて王族や士族たちは中国向けに唐名(からなー)も持っていた。この地で見かける姓は、前田ではなく「真栄田」、中曽根ではなく「仲宗根」と特徴がある。部屋の掃除をしてくれる係の方は「仲本」、ザ・ドリフターズの仲本工事も後に沖縄の姓だと知った。「儀間」「与那覇」「与那嶺」、「喜屋武」で「きゃん」など、大半は県内の地名から来たものだそうだ。そして下の名前も「伊波 普猷」(ふゆう)「具志堅 用高」(ようこう)のように音読みが多い。なお、小柄な人が多いことは、全国の高校生の平均身長で比べてみても明らかで、本州のとくに東北とは数センチの差があり、こうした形質にも南方的な要素が現れている。

自販機では「シークヮサー」と書かれたジュースが売っている。「シークヮーサー」プリン、「シークァーサー」パイも売っている。この果実は、ほかにも「シークワーサー」「シークヮサー」「シクァサー」などとも書かれており、内閣告示の「外来語の表記」を参照したくなるが、これは方言なので対象外である。「クワ」と読んでしまいがちだが、ここでは「クヮ」(kwa)という発音が残っていて、沖縄出身の学生は上手に喋るのだが、自然に真似できない。この発音が本土でどう広まるか、観察したいという研究者もいらした。各地で衰退しつつある合拗音である。この地の人は、「グヮバ」や、韓国語の「果」「科」などの「kwa/gwa」の発音も、きっとうまいのだろう。本土でもこの果物を流行らせたいとのことで、少し流通しだしたが、うまく出回るだろうか。意味は、酢(酸っぱい)を食わせるもの、ともいわれる。なお、「さーたーあんだぎー」も、「砂糖油揚げ」と対応するそうだ。

土産物店の「お菓子御殿」は「うくわ(ゎ)ーしうどぅん」と振り仮名があり、そのお陰で意味と読みとが同時に分かる。「うどぅん」の意味も理解できた。またスローガンには「清ら心」と書かれている。和語の訓読み(定訓)としては、このほうが沿っているが、「美ら」は「海」のほかにも随所で目にした。これは地域訓といえ、本土でもだいぶ定着してきた。Tシャツにもプリントされている。語形は「kiyora」が「chura」に変化したものであった。現在の琉球方言(琉球語)には原則として三母音しかない。「ちゅらさん」も、もとは「きよらさあり」で、そこから転じたものと考えられている。

屏風をヒンプン、ピンプンと呼ぶのは、中国語からだそうだ。漢語や唐宋音よりも新しそうな単語が流入しているのは、地理的にも文化的にも中国に近いことの表れだ。太陽をティーダというのも、漢字の発音が介在しているといわれる。「打花鼓」を「たーふぁくー」と読むものなどはどちらだろう、こうしたものがここには結構ある。

「でいご」は県花になっている。有名なかのひめゆりの「梯梧之塔」には、木偏で揃えた当て字が用いられていた。「246_2_s.png(木+筆)」という会意による造字も姓にあったという。「はなぐすく」は「玻名城」で地名や店名にあり、姓では「はなしろ」「花城」に変える人もいた。「玻座真」(はざま)は本土の名字には珍しい字を使った3字姓だ。

筆者プロフィール

笹原 宏之 ( ささはら・ひろゆき)

早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』、この連載がもととなった『漢字の現在』(以上2点 三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、『日本人と漢字』(集英社インターナショナル)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。『漢字の現在』は『漢字的現在』として中国語版が刊行された。最新刊は、『謎の漢字 由来と変遷を調べてみれば』(中公新書)。

『国字の位相と展開』 『漢字の現在 リアルな文字生活と日本語』

編集部から

漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。