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Do They Know It’s Christmas? (1984/全米No.13,全英No.1)/バンド・エイド(1984)

2012年 12月 19日 水曜日 筆者: 泉山 真奈美

歴史を彩った洋楽ナンバー〜キーワードから読み解く歌詞物語〜 第62回

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●歌詞はこちら

http://www.lyricstime.com/band-aid-do-they-know-it-s-christmas-lyrics.html

曲のエピソード

1980年代初期〜半ばに、世界的な社会問題となったエチオピアの飢餓。他国の人々にとっては対岸の火事だったその問題を深刻に受け止め、何かをしなければ…という使命感に駆られたのが、本連載第55回で採り上げた、ブームタウン・ラッツ(「I Don’t Like Mondays(邦題:哀愁のマンデイ)」(1973/全米No.73,全英No.1)の中心人物だった、アーティスト兼社会活動家のボブ・ゲルドフである。たまたま見ていたBBCのリポート番組で、エチオピアの飢餓が深刻な状態にあることを知り、基金を集めることを思いついたという。彼が賛同者を求めて真っ先に声を掛けたのが、1970年代半ば〜1980年代に活躍した、イギリス出身のニュー・ウェイヴ・バンド、ウルトラヴォックス(Ultravox)の新加入メンバー、ミッジ・ユーロ(Midge Ure)であった。両者の共作によるエチオピアの飢餓救済チャリティ・ソング「Do They Know It’s Christmas?」には、当時、人気を博していたイギリスやアイルランド出身の錚々たるアーティストたちが参加(例外は、同曲のレコーディング時にたまたまプロモーションやライヴのためにロンドンに滞在していた、アメリカのアーティストのジョディ・ワトリーとクール&ザ・ギャングのメンバー3人)。この曲は、世界中の人々の関心をエチオピアに集めることに成功したばかりでなく、収益金を全て飢餓救済やその他の事件の被害者救済(例えば2001年9月11日のアメリカ同時多発テロなど)に充てるという、“著名アーティストたちによるチャリティ・シングル”の嚆矢にもなった。1984年11月25日(まさにクリスマスのちょうど1ヶ月前)、36組のアーティストたちがロンドンのスタジオに集結してレコーディングを行い、わずか4日後にリリースされるや、瞬く間に全英チャートを駆け上り、同チャートで5週間にわたってNo.1の座に君臨。当時、イギリス国内だけで300万枚以上の売り上げを記録し、その時点で全英チャート史上で最も売れたシングルの記録を打ち立てた。“Band Aid”なる暫定的なグループ名は、有名な絆創膏“BAND-AID”との掛詞になっており、実に巧いネーミングだった。

シングルの翌1985年5月には、バンド・エイドが募った救援物資が初めて船便でエチオピアに到着。翌6月には、“Live Aid”と銘打ったチャリティ・コンサートも行われ、その収益金も同地の飢餓救済に充てられた。「Do They Know It’s Christmas?」から遅れること約半年後、ようやくアメリカのアーティストたちが集結し、バンド・エイドの二番煎じ(と言っては言い過ぎか?)であるUSA・フォー・アフリカと銘打った暫定的集団を結成して、「We Are The World」(1985/全米,全英の両チャートでNo.1/アメリカ国内だけで400万枚以上の売り上げを記録)なるチャリティ・シングルを発表。発起人は、「Banana Boat (Day-O)」(1957/全米No.5)の大ヒットで知られる、アフリカン・アメリカンのシンガー、ハリー・ベラフォンテ(Harry Belafonte/1927-)で、当然のことながら、バンド・エイドの活動に触発されてのことだった。そうして出来上がったのが「We Are The World」だったのだが、歌詞に込められた切なる思いは、「Do They Know It’s Christmas?」の方が優っていると、個人的には思う。

曲の要旨

今年もクリスマスの季節がやってきた。どうしても心が浮き立つものだけれど、こういう時こそ他人のことを思いやって祈りを捧げてみてもいいんじゃないかな? この世には、(飢餓の)恐怖に恐れおののきながら暮らす人々のいる国もあるんだよ。かの地(エチオピア)でも、クリスマスのシーズン到来を告げる鐘の音が鳴り響いている。けれど、そこでは何よりもありがたいクリスマス・プレゼントが人命を救うことなんだ。(干ばつのせいで)その地では雨も降らなければ河も干上がってしまっている。かの国に暮らす人々は、今がクリスマスの季節だということに気付いているのだろうか? みんなで力を合わせて飢えに苦しんでいる人々を救おう。

1984年の主な出来事

アメリカ: ロサンゼルスでオリンピックが開催される(ただし、旧ソ連と東欧諸国は不参加)。
日本: 江崎グリコの社長が誘拐され、後のグリコ・森永事件へと発展。
世界: イギリスのサッチャー首相が中国を訪問し、1997年に香港を返還するとの共同声明を発表。

1984年の主なヒット曲

Jump/ヴァン・ヘイレン
Against All Odds (Take A Look At Me Now)/フィル・コリンズ
Let’s Hear It For The Boy/デニース・ウィリアムス
The Reflex/デュラン・デュラン
I Just Called To Say I Love You/スティーヴィー・ワンダー

Do They Know It’s Christmas?のキーワード&フレーズ

(a) throw one’s arms around the world
(b) Do they know it’s Christmas time at all?
(c) Feed the world

今でも忘れられないのは、初めて「Do They Know It’s Christmas?」のプロモーション・ヴィデオを目にした時、思わず涙腺が緩んでしまったことである。主な参加アーティストたち――音頭を取ったボブ・ゲルドフ、デュラン・デュラン、カルチャー・クラブ、スタイル・カウンシルのポール・ウェラー、ジョージ・マイケル、ポリスのスティング、U2のボノ、ポール・マッカートニー、フィル・コリンズ…etc.――は、USA・フォー・アフリカが醸し出していたお祭り気分とは違い、全員が、共同作業に伴うある種の楽しさの中にも真摯な表情を湛えていた。中には、悲痛な面持ちで歌っているアーティストも…(この点が、USA・フォー・アフリカとは決定的に違う。国民性の相違だろうか?)。「やったもん勝ち」という日本語は美しくないが、恐らくUSA・フォー・アフリカの中心人物だったクインシー・ジョーンズやライオネル・リッチーらは、「ヤラレた!」とホゾを噛んだことだろう。曲の要旨で“二番煎じ”と一刀両断したのには、そういう理由がある。アメリカのアーティストたちがモタついているうちに、ボブ・ゲルドフは思い立ったが吉日とばかりに、素早く行動を起こしたのだ。ゆえに筆者は、未だに「We Are The World」に偽善の匂いが感じられてならないのである。歌詞も浅薄な同曲を好んで聴くことも、全くない。

翻って「Do They Know It’s Christmas?」は、繊細で奥深い歌詞、美麗なメロディ、大仰になり過ぎていないアレンジ、アーティストに与えられた適材適所のパートと、どれをとっても申し分がない。同曲とバンド・エイドの活動を機に、いよいよボブ・ゲルドフは社会活動にのめり込んでいくのだが、彼の存在があったればこそ、この曲は生まれ得た。アメリカにボブ・ゲルドフほど社会的意識の高いアーティストがいなかったことが、アメリカにとっての最大の不幸、なおかつ失策だったと言ってもいいだろう。何であれ、筆者は猿真似と二番煎じが大嫌いである。卑怯でみっともないと思うからだ。

(a)は、辞書の“arm”の項目にイディオムとして載っている“throw one’s arms around someone’s neck(〜の首に抱きつく)”をアレンジした言い回しで、「世界中の人々(とりわけ、飢餓で苦しんでいるエチオピアの人々)に抱きつけ=エチオピアの人々に救いの手を差し伸べよう」という意味で歌われている。文字通りエチオピアの人々に抱きつけ、と言っているのではない。違う英文に置き換えるなら、以下のようになるだろうか。

♪Give your helping hands to the people in Ethiopia

タイトルを含む(b)で肝心なのは、“at all(全く、ちっとも)”というイディオムである。もちろん、エチオピアの人々が全てクリスチャンとは限らない。が、タイトル部分にある“Christmas time”は、ある種の比喩であり、「人々の心が浮き立つ季節」の代わりに用いられているに過ぎない。従って、(b)を意訳するなら、「エチオピアの人々は、今が一年で最も楽しい季節だということに少しも気付かずにいるのだろうか?(=飢餓で苦しむ余り、一年で最も心浮き立つ季節だということに気付く心の余裕がこれっぽっちもないのだろうか?)」となる。ここに“at all”がなければ、歌詞に込められた切実なる祈りの思いが半減してしまう。筆者はこの曲を聴く度にいつも一緒に歌ってしまうのだが、この“at all”を声に出して歌うと、胸が締め付けられるような感覚に陥るのをどうしても抑えられない。

本稿で散々ケナしてしまった「We Are The World」だが、更に言い募るなら、筆者は同曲のサビの部分が特に耳障りでならない。「人類みな兄弟(どこかで見聞きした標語だが…/苦笑)、人類みな同じ音楽を奏でる」といったその歌詞が余りに抽象的過ぎて、飢餓に苦しむ人々、そしてそれを憂える人々の心にストレートに届くとは思えないからである。だから余計に(c)のフレーズが心に響く。「世界中の(飢餓に苦しむ)人々に食料を!」という、これ以上ないほど直球勝負のフレーズであるが、少なくとも、“We are the world…”といった抽象的な表現でチャリティを歌われる(謳われる)より、ずっとずっと耳と心にズシリと重く響き渡るのだ。

事件・事故、社会問題はその重大さの大小に拘らず、何事につけてもスピード時代の現代では、いとも簡単に風化し易い。が、せめてこの季節だけでも、アナログ盤であれCDであれ、そして動画サイトであれ、「Do They Know It’s Christmas?」に耳を傾け、今も世界中のどこかで飢餓に苦しんでいるであろう人々の心に寄り添いたいものである。

Happy holidays to y’all!

【筆者プロフィール】

泉山真奈美(いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「泉山式 翻訳力×英文法講座」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。マーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツを担当した。その他、ジャンルを問わずポップス、ロックの訳詞も手がける。

2012年 12月 19日