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Boogie Wonderland(1979/全米No.6,全英No.4)/アース・ウィンド&ファイアー(1969-)with エモーションズ(1968-)

2013年 1月 9日 水曜日 筆者: 泉山 真奈美

歴史を彩った洋楽ナンバー~キーワードから読み解く歌物語~ 第64回

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●歌詞はこちら
http://www.musicsonglyrics.com/boogie-wonderland-lyrics-earth-wind-and-fire.html

曲のエピソード

アース・ウィンド&ファイアー(以下EW&F)と言えば、日本でも根強い人気を誇るR&B/ソウル・ミュージックのバンドである。一部では“ディスコ・バンド”と呼ばれているが、結成当初はジャズに深く影響を受けた演奏中心のバンドであって、たまたまディスコ・ブーム到来時に時流に乗ってディスコ・ナンバーの大ヒット曲を連発しただけだ(と、筆者は捉えている)。筆者がこの仕事に就いたばかりの大学生の頃、EW&F来日時にリーダーのモーリス・ホワイトにインタヴューしたのだが、その際、「インストゥルメンタル・バンドであれディスコ・バンドであれ、どう呼ばれようと自分たちの音楽がひとりでも多くの人を幸せにするなら、それで本望だ」と語っていたことが印象に残っている。

日本では「Fantasy(邦題:宇宙のファンタジー)」(1978/全米No.32,全英No.14)や「September」(1978/全米No.8,全英No.3)などが有名で、TVドラマのテーマ曲やCMソングなどに用いられていることから、世代を超えて聴き継がれている。ところが意外なことに、それら2曲は、今回採り上げた「Boogie Wonderland」を凌駕するほどヒットしていない。実力派の女性ヴォーカル・グループ、エモーションズの代表曲「Best of My Love」(1977年に全米チャートで5週間にわたってNo.1/プラチナ・ディスク認定/全英No.4)をモーリス・ホワイトがプロデュースしたことが縁で、「Boogie Wonderland」に彼女たちが参加し、アーティスト名義にもしっかりとクレジットされている。

一聴すると、「Fantasy」や「September」同様、ダンス・フロア向けのディスコ・ナンバーにしか聞こえないかも知れないが、これは、「愛(と愛欲)に飢えた人々に架空の世界=ブギー・ワンダーランドで踊り狂う自分自身を夢想」してもらうために書かれた曲である。作詞作曲者のひとりであるアリー・ウィリス(Allee Willis/「September」でもペンを執っていたソングライター)によれば、アメリカの作家ジュディス・ロスナーの原作を映画化した『LOOKING FOR MR. GOODBAR(邦題:ミスター・グッドバーを探して)』(1975)にインスパイアされて「Boogie Wonderland」の歌詞を綴ったという。同映画の内容をかいつまんで説明すると、昼間はろうあ学校勤務の真面目な女性教師が、夜になると豹変し、繁華街に繰り出して男という男を物色しまくり、やがてセックスで身を持ち崩して悲劇的な最期を遂げる、というもの。原作は、実話に基づいている。よって、“Boogie Wonderland”は、EW&Fが歌詞の中にたびたび登場させるユートピア的な空間や世界ではない。そのことは、ある点に着目すれば判然とする。

曲の要旨

真夜中が訪れると、男の心には更なる欲望が芽生え、夜に男を漁りまくっていた女は、真っ昼間に罪悪感に駆られる。かたちだけは懺悔する素振りを見せるけれど、結局は欲望を満たしたり罪悪感を拭い去ったりするために、夜になればまたダンス・フロアに繰り出して踊るしかない。ここはブギー・ワンダーランド。さぁ、みんなで踊りましょう。踊り始めれば、きっと誰かとの間に恋が芽生える。世界中の愛がなくなるはずなどないし、愛を求めている人々が非難されるいわれなどないのだから。世界中のレコードというレコードを一斉にターンテイブルで回して音楽を流せば、心は“ブギー・ワンダーランド最高!”と、呪文を唱えるようにくり返し叫ぶ。

1979年の主な出来事

アメリカ: スリーマイル島の原子力発電所で大量の放射能漏れ事故が発生。
日本: 携帯用小型カセットテープ・プレイヤーのWALKMANをソニーが発売。
世界: イギリスでマーガレット・サッチャーが同国初の女性首相に任命される。

1979年の主なヒット曲

What A Fool Believes/ドゥービー・ブラザーズ
Reunited/ピーチェス&ハーブ
Sad Eyes/ロバート・ジョン
Rise/ハーブ・アルパート
Still/コモドアーズ

Boogie Wonderlandのキーワード&フレーズ

(a) say one’s prayers
(b) Boogie Wonderland
(c) S + can’t be wrong

どういうわけだか、筆者はR&B/ソウル・ミュージックを愛聴してきた長い歳月の中で、EW&Fだけはほとんど真剣に聴いてこなかった。理由は今もって判らない。ただ、記憶にあるのは、中学時代、同級生の女子が学校にラジカセを持ち込み、教室内で毎日のように「宇宙のファンタジー」を休み時間に流していたこと。前回の「Sky High」でも書いたが、筆者は強制的に同じ曲を聴かされるのが大の苦手である。結果、その曲が大嫌いになってしまうのだ。もしかしたら、中学時代に毎日、教室で大音量で聴かされた「宇宙のファンタジー」がトラウマとなって、EW&Fをなるべく避けて通ってきたのかも知れない。が、そんな筆者にも、唯一の例外があった。それが、この「Boogie Wonderland」である。ヒットしていた当時、TVの洋楽番組でライヴ仕立てのプロモーション・ヴィデオ(PV)を一度だけ目にしたことを今もはっきりと記憶しており、エモーションズが歌うコーラス部分に甚く感銘を受けて、故郷の町にあったレコード屋さんにシングル盤を買いに行ったものの、店頭にあったのは“ジャンボ・シングル”なるLPサイズの大きなシングル盤だけ。今にして思えば、あれが筆者が初めて目にして手に取った12インチ・シングルだった。ところが、シングル盤(当時の定価は¥600)を買うお金しか持って行かなかったため、そのジャンボ・シングルなるLPサイズのシングル盤を買うのを泣く泣く諦めた。以来、一度もEW&Fのレコードを自分でお金を出して買ったことがない。否、なかった。

最近になって、「Boogie Wonderland」の12インチ・シングルの再発盤をシールド(未開封)で2枚入手(聴き過ぎてレコード盤が擦り切れるのが怖いので)。レコード針を落とした瞬間から、高1の時にたった一度だけ目にしたPVの映像がありありと脳裏に思い浮かび、演奏時間8分18秒の間、一度も休むことなく歌い倒し(歌詞を記憶していた! これには自分でもビックリ!)、そして肥満体を揺すってエモーションズそっくりの身振り手振りで(これまた憶えていた自分自身に驚愕!)踊り倒してしまった(苦笑)。目下、消化器系のちょっと悪い病気を発症中の筆者は、音楽仲間でもある主治医から「食べた後ですぐに横にならないように」と命じられているため、「Boogie Wonderland」の12インチ・シングルを入手したその日から、大音量で流してオーディオ・セットの前に仁王立ちして歌い踊っている、と教えたところ、「それはいいねえ! しばらく“ブギー・ワンダーランド・エクササイズ”を続けてて(笑)。確かアルバムは『I AM』だったよね。俺もあのアルバム好きだったんだよ」とのお返事。結果、2枚のうち1枚の12インチ・シングルを、普段から大変お世話になっている主治医に献上することに……。

この曲の主人公は、男でもなければ女でもない。愛と愛欲に飢えた、全ての人類である。しかも、そのことに対して罪悪感を感じている人間たちだ。だから(a)のイディオム(意味は「祈りを捧げる、お祈りをする」)が、楽しげなこの曲の中でひときわ重たく響くのである。歌詞の中にハッキリとは出てはこないが、恐らく愛と愛欲への探究心にがんじがらめにされた人々は、「どうか罪深き私を赦して下さい」と、神様に祈るのだろう。が、そこに続くフレーズが、そんな殊勝な気持ちをかき消してしまう。曰く「どうなろうと知ったこっちゃないと思いながら」祈っているからである。ここは、かなり捨て鉢なフレーズだ。

曲のエピソードで、「Boogie Wonderland はユートピアではない」、と書いた。その根拠は、タイトルの(b)が登場するフレーズ。理由は、冠詞が付いていないから。例えば、実際に愛と愛欲に飢えた人々を解放する場所がこの地上にあったとするなら、そこには定冠詞の“the”が付いて然るべきだし、仮に架空の場所だったとするなら、不定冠詞の“a”が付いていなければならない。ちなみに、有名なクリスマス・ソング「Winter Wonderland」の歌詞では、タイトルにしっかり不定冠詞の“a”が付いている。ところが“Boogie Wonderland”には、そのどちらも付いていない。ささいなことかも知れないが、それだけでその場所がこの世のどこにもない――敢えて作詞者の意図を代弁するなら、この曲を耳にする人々の心象風景によって如何様にも思い描ける“架空の快楽の空間”か?――ことが判然とする。筆者は、EW&Fと真面目に対峙したことがないとは言え、この「Boogie Wonderland」だけは若い頃から大好きだったので、当時から何故にそこにあるべき冠詞がないのかが不思議でならなかった。今回、久しぶりに歌詞とじっくりと向き合ってみて、改めてナルホド、と得心した。

洋楽ナンバーの歌詞でよく見聞きする(c)は、直訳すれば「~が間違っているはずなどない」となるが、それだとその言い回しの本当の意味が伝わりにくい。例えば洋楽ナンバーでは、次のようなフレーズに使われることが多い。ちょっと意訳を加えてみる。

♪Loving you can’t be wrong.(あなたを愛するのはいけないことじゃない=あなたを愛するのは私にとって素晴らしいこと)

♪It can’t be wrong when it feels good to be by your side.(あなたの側にいて心地好さを感じるなら、あなたと一緒にいることが私にとっての幸せなんだわ)

「Boogie Wonderland」では、「愛されたいと望む気持ちにやましいところなどあるはずがない」と歌われている。そして筆者は、そのフレーズと、そこに続く♪All the records are playing…(♪All the CD’s are playing… じゃないところがミソ/もしそこが“CD’s”なら、筆者はこの曲をここまで好きになれなかった)を聴いて一緒になって歌う度に、ある種のトランス状態に陥ってしまうのだ。取り分け、エモーションズのそれこそ情感タップリのコーラスは筆舌に尽くし難い。

結局のところ、“Boogie Wonderland”は自分自身で見つけるしかないのだろう。筆者にとってのそれは、暇を見つけては家人と共に取り憑かれたようにアナログ盤(LP、シングル盤、12インチ・シングル)を大音量で聴いている時の空間である。その間、拙宅の居間は“THE Boogie Wonderland”と化すのだ。

【筆者プロフィール】

泉山真奈美(いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「泉山式 翻訳力×英文法講座」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。マーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツを担当した。その他、ジャンルを問わずポップス、ロックの訳詞も手がける。

2013年 1月 9日