地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第236回 田中宣廣さん: 「方言エール」のまとめ-3(全3回)

筆者:
2013年1月12日

方言エールのまとめの最終回です。節や写真の番号は,第226回からの通し番号です。

[4]方言エールの類型:これまでの例から,方言エールは,他の拡張活用法と違って類型化され,「エール部+地名」となっています。地名の使用は,この用法が特に地域と一体化している証しです。 ~類型などの特殊性は,方言景観について継続的に記録しているからこそ,全用法のなかで位置づけることができました~

方言エールは,[1]のとおり,具体的内容よりも方言の使用自体が重要で,エール部は状況もよく表現しています。[3]の(ア)や(イ)は,地域内での使用なので,勧誘が基本です。「おらもがんばる」は意志のようですが,「――も」により勧誘の意となっています。同(ウ)では,発信者から被災民への激励から「けっぱれ」など命令表現が基本です。「まげねど」は表面では意志ですが,“皆さんも一緒に”の気持ちです。「c がんばっぺ」は勧誘ですが,仙台から同じ宮城県への派遣なので,外部からというより,地元で一緒に頑張ろうとの意です。多くの用例に感嘆符「!」が用いられているのも目立ちます。

(写真はクリックで他の例も)

【写真12】沖縄から「チバリヨー」
【写真12】沖縄から「チバリヨー」
【写真13】方言エールから方言グッズに
【写真13】方言エールから方言グッズに
【写真14】方言エールから方言ネーミングに
【写真14】方言エールから方言ネーミングに

[5]エール部の使用方言:[3]の各例は,発信者がどの地方の人でも,受け手の気持ちに寄り添うよう,被災地の方言を使っています。発信者側の方言を使った例もあります【写真12】。

[6]方言エールの発展:方言エールは,震災直後,また,のちの数カ月間に,地域住民の全く純粋な感情から湧き出てきましたが,その後,応用的利用もなされました。これにより,初めは地域内部に向けていた方言エールを,広く外部に示し,被災地住民の精神を他地域に伝えています。方言エールの応用方式には2種類あります。

《第1応用》方言エールを商品に貼ったり,方言みやげ・グッズに提示したりして,商業的利用にした応用方式(販売目的のTシャツやステッカー,ボールペンなど)です。価格を決めて店舗等で販売します【写真13】。ただし,業者の作った製品がすべてこの方式なのではありません。仲間内で,思いを共有するために注文して作った(販売しない)Tシャツなどは,方言エールの提示法のうちです。注意してください。

《第2応用》震災後の復興を願う行事などの方言ネーミングに方言エールを利用した応用方式です【写真14】。

以上のとおり,方言エールは,方言と地域の人々の結び付きや地域語の底力を,明確に示してくれました。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 田中 宣廣(たなか・のぶひろ)

岩手県立大学 宮古短期大学部 図書館長 教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『近代日本方言資料[郡誌編]』全8巻(共編著,港の人)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。

『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。