地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第241回 田中宣廣さん: 「いなか」の名物(岩手と香川)

筆者:
2013年2月16日

方言ネーミングの食品に,「いなか」を冠したものがあります。今回は,東北の岩手県と四国の香川県から1例ずつの,2例を紹介します。

「いなか」と言いましても,「在郷」に由来する方言のことです。三省堂の『大辞林』第三版で「在郷」を調べますと,二つの意味があり,その第1に「都会から隔たった地方。いなか。在。在所。ざいご。」とあります。これが主に,東北,北陸,北関東,四国,その他,各地の方言において,「ゼーゴ」「ゼゴ」「ゼンゴ」「ジェーゴ」「ジェゴ」「ジェンゴ」などの語形で使われています。

(写真はクリックで全体を表示)

【写真1】ほんにじぇごの酒
【写真1】ほんにじぇごの酒
【写真2】ざいごうどん
【写真2】ざいごうどん

今回の第1例は,この「在郷(いなか)」を方言ネーミングにしたお酒です。岩手県岩泉町(いわいずみちょう)の泉金酒造(URL=//www.ginga.or.jp/~senkin/)から発売されていました(現在,同社のラインナップには入っていないようです)。「ほんに じぇごの酒」です【写真1】。共通語に直すと「本当にいなかの酒」です。

方言の説明をします。この方言では,2つの母音が連続するところでは,融合します。この例では「在」の部分[zai]が「ゼー」となります。また,仮名の「せ」「ぜ」に相当する音節の具体音声は,古代音の残りで「シェ」「ジェ」となります。さらに,特殊音(長音,撥音,促音)が短く弱い音節構造(「シラビーム方言」と呼ばれます)なので,この場合,長音(のばす音)はほとんど出ません。よって,「在郷」は「ジェゴ」となっています。

第2例は,「在郷(いなか)」を方言ネーミングにしたうどんです。うどんと言えば讃岐,香川県高松市です。高松市の本家わら家(URL=//www.wara-ya.co.jp/)の中心商品「ざいごうどん」です【写真2】。この「ざいご」によるネーミングについては,同社のネットサイトで「ざいごうどんの“ざいご”とは「在郷(ざいごう)」(田舎・郷里にいる、といった意味)が訛った言葉です。直訳すれば、“いなかうどん”となります。」と明確に説明してあります。「ざいごうどん」は登録商標となり,ロゴタイプも定めています。

皆さんも,『在郷』の味を楽しんでみては如何でしょうか? ~その前に,「お酒は二十歳になってから」です。忘れないようにしましょう。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 田中 宣廣(たなか・のぶひろ)

岩手県立大学 宮古短期大学部 図書館長 教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『近代日本方言資料[郡誌編]』全8巻(共編著,港の人)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。

『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。