タイプライターに魅せられた男たち・第74回

谷村貞治(14)

筆者:
2013年2月28日
新興製作所「TEX-A」加入電信宅内装置

新興製作所「TEX-A」加入電信宅内装置

1956年10月15日、電電公社は東京~大阪間で、加入電信サービスすなわちテレックスを開始しました。新しい「加入電信用印刷電信機」が、新興製作所や沖電気工業によって開発・生産され、テレックスに使われました。もちろん、そのキー配列は「シ」と「F」が同じキーになっていて、文字コードも「シ」と「F」が同じ「○○●○●●」でした。

しかし、テレックスの新しいキー配列は、それまで新興製作所の「和欧文印刷電信機」を使ってきた顧客たちに、新たな可能性を見開かせました。キー配列を変更してもかまわないのだ、ということを、顧客たちに気づかせてしまったのです。顧客の中でも、国鉄の石原嘉夫と小鷹勝平は、すこぶる革新的でした。国鉄の電気局通信課にいた石原と小鷹は、国鉄の全てのテレタイプを一新すべく、新たなキー配列とそれに合った文字コードを搭載した遠隔タイプライターを、新興製作所の谷村に要望してきたのです。

国鉄テレタイプのキー配列および文字コード案

国鉄テレタイプのキー配列および文字コード案

石原たちが要望してきたキー配列は、様々な点で谷村を驚かせるものでした。まず、カナキーが全く違っていて、たとえば中段はルハタカシイマサリエロではなく、チトシハキクマノリレと並んでいました。また、数字キーが、上段のシフト側ではなく、中段のシフト側に並んでいました。いずれも、カナモジカイという団体が提唱するカナモジタイプライター用のキー配列を、遠隔タイプライターにも適用しよう、というものでした。アルファベットのキー配列も異様で、中段にQWERTYUIOPが、上段にASDFGHJKLが並んでいました。

アルファベットのキー配列が、こんなおかしなことになっている理由は、谷村にもすぐ理解できました。1234567890とQWERTYUIOPを同じキーにしたいがために、QWERTYUIOPの方を中段に移したのです。その上で、Qと1に同じ「○●●●○●」という文字コードを割り当てることで、『テレタイプ』の上位互換になるように設計しており、新興製作所の「和欧文印刷電信機」とも、Qが同じ文字コードになっていました。同様に、Wと2に同じ「●●●○○●」を割り当てることで、やはり『テレタイプ』の上位互換になっていたのですが、しかし、「和欧文印刷電信機」のW (○●●○○●)とは異なる文字コードになっていました。何と、石原たちが要望した国鉄テレタイプでは、アルファベットの文字コードは全て、穴の数が偶数になるように考慮されていたのです。いわゆる偶数パリティというものを、取り入れていたのでした。

1957年6月、谷村は新興製作所を株式会社化し、谷村株式会社新興製作所としました。石原たちの要望に合わせ、谷村新興製作所が設計した「RS型」国鉄テレタイプは、1958年1月12日に国鉄の主要な幹線に導入され、さらに7月1日には、国鉄の各鉄道管理局を繋ぎました。電電公社のテレックスと、国鉄テレタイプとは、全く異なるキー配列で、文字コードの互換性もありませんでした。電電公社は電電公社で、国鉄は国鉄で、それぞれ独立した電信網を日本中に形成しており、その両方の遠隔タイプライターを谷村新興製作所が作っている、という不思議な構図が成立していたのです。

「RS型」国鉄テレタイプ

「RS型」国鉄テレタイプ

谷村貞治(15)に続く)

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

編集部から

近代文明の進歩に大きな影響を与えた工業製品であるタイプライター。その改良の歴史をひもとく連載です。毎週木曜日の掲載です。