三省堂辞書の歩み

第15回 国漢文辞典

筆者:
2013年4月10日

国漢文辞典

明治39年(1906)10月5日刊行
三省堂編輯所編/本文1758頁/四六判半裁(縦125mm)

【国漢文辞典】再版(明治39年)と縮刷版(大正7年)

【本文1ページめ】

「国漢文」という書名のとおり、国文と漢文の両方をミックスした辞典。本文には、漢字1字の字音項目が豊富にあり、熟語は独立した項目による五十音順である。書名に「国語漢文」を冠した辞典は、すでに他社から刊行されていたが、例言に「前人未発の編纂法を取りたる創作の新字典なり」とある。ただし、この辞典は「前人」「未発」を掲載していない。

本書の三分の一は、中等教科書にある難解な単語、熟字、古語、俚諺、格言、専門用語を載せた。そして、読書・作文に必要ない俗語、方言、漢字などは採録しなかったという。そのせいで、「犬」はあっても「猫」の項目はないのである。

巻頭に漢字索引(計177頁)があり、読み方が分からない漢字が引けるようになっていることは、当時の五十音引き辞典になかった工夫だ。また、字音便覧(71頁)もあって、字音の仮名遣いが分かるようになっている。たとえば、「コー」と発音する字音の歴史的仮名遣いは「かう、こう、かふ、こふ、くわう」があり、紛らわしくて覚えにくい。さらに、それぞれを呉音・漢音・慣用音に分けて掲載してあるから、同じ字に複数の字音仮名遣いがある理由がはっきりする。

簡便な辞典として好評だったため、大正7年(1918)には3段組に変えた縮刷版(本文782頁)が刊行された。

●最終項目

をんわ〔温和〕①気象のおだやかに、落ち付きてあること、すなほにおとなしきこと。②気候の暖かにして、のどかなること、寒熱其の中を得ること。

●「猫」の項目

不掲載

●「犬」の項目

いぬ〔犬 狗〕①獣の名、家に飼養し、善く人に馴る、其の種類甚だ多し。②まはしもの、間者。

筆者プロフィール

境田 稔信 ( さかいだ・としのぶ)

1959年千葉県生まれ。辞書研究家、フリー校正者、日本エディタースクール講師。
共著・共編に『明治期国語辞書大系』(大空社、1997~)、『タイポグラフィの基礎』(誠文堂新光社、2010)がある。

編集部から

2011年11月、三省堂創業130周年を記念し三省堂書店神保町本店にて開催した「三省堂 近代辞書の歴史展」では、たくさんの方からご来場いただきましたこと、企画に関わった側としてお礼申し上げます。期間限定、東京のみの開催でしたので、いらっしゃることができなかった方も多かったのではと思います。また、ご紹介できなかったものもございます。
そこで、このたび、三省堂の辞書の歩みをウェブ上でご覧いただく連載を始めることとしました。
ご執筆は、この方しかいません。
境田稔信さんから、毎月1冊(または1セット)ずつご紹介いただきます。
現在、実物を確認することが難しい資料のため、本文から、最終項目と「猫」「犬」の項目を引用していただくとともに、ウェブ上で本文を見ることができるものには、できるだけリンクを示すこととしました。辞書の世界をぜひお楽しみください。
毎月第2水曜日の公開を予定しております。