地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第257回 井上史雄さん:グーグル検索による「ドラッグストア」の世界史と地理
World history and geography of “drug store” according to Google search

筆者:
2013年6月8日

地域語、方言の使われ方について、以前は、足を運んで確かめたのですが、最近のインターネット検索の発達のおかげで、座っていても調べられます。しかも地理的な広がりと歴史的背景がすぐに分かります。昔の小さな地域差がその後世界的な違いに発展した例があります。その一つdrug storeを取り上げてみましょう。

最近街で「ドラッグ(ストア)」と名乗る店をよく見ます。Google trends(グーグルトレンド //www.google.co.jp/trends/)という検索エンジンを画面に呼び出して、検索窓に「ドラッグストア」と入れると、グラフと地図が出ます(図は省略)。確かに最近8年間に増えています。地域を日本に指定すると、県別の地図も出ます。大都市で多く使われます。

【図1】 “drugstore”の世界地図 (Google trends)
【図1】 “drugstore”の世界地図 (Google trends)

次に世界全体を見ましょう。英語では綴り方がいくつかあります。検索窓に「drugstore, drug-store, drug store」を入れて、世界地図を見ると、アメリカ(とフィリピン)に多いことが分かります【図1】。日本の「ドラッグストア」という呼び方はアメリカ英語を取り入れたものです。

最近考察できる時間軸が一気に長くなりました。Google Ngram Viewer(グーグルエヌグラムビューア //books.google.com/ngrams/)を使うと、200年間(開始と終了の年を入れ直すと500年以上)の歴史が分かります。英語についてはアメリカ英語とイギリス英語に分けた分析もできます。drug storeは、アメリカ英語で400年近くの前史があることが読み取れます【図2】。

【図2】アメリカ英語500年のdrugstore, drug-store, drug store(Google Ngram Viewer)
【図2】アメリカ英語500年のdrugstore, drug-store, drug store
(Google Ngram Viewer)(クリックで拡大)

そもそも「商店」が発達したのは近世です。イギリス英語ではshopと言われました。アメリカ植民地では、物資を蓄える(store)ところから発展したのでstoreと呼ばれ、英語圏の一部に方言差が生じました。アメリカ入植者にとっては薬drugが重要だったので、薬屋が日用品なども扱うようになり、drug storeが発達しました。つまりdrug storeはアメリカの地域語でした。今は世界各地に広がりつつあります。街角の表示で分かるし、背景には経済がからんでいます。このシリーズのテーマにぴったりです。

Google Ngram Viewerで検索できるのは、Google booksで電子データとして文字を読める書籍(の一部)です。これまで想像もできなかった大量データです。ただし1800年以前のデータは、本の数も少ないし、出版年の誤りも多いので、用心して扱う必要があります。

なお一言語内の方言差が世界全体の違いに発展した例としては、「お茶」の発音が中国北部のchに由来するか、中国南部のtに由来するかという世界地図があります。
参照:
The World Atlas of Language Structures Chapter 138: Tea by Östen Dahl
//wals.info/chapter/138

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 井上 史雄(いのうえ・ふみお)

国立国語研究所客員教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 //www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 //dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/ 
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『日本語ウォッチング』(岩波新書)『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語の値段』(大修館)、『言語楽さんぽ』『計量的方言区画』『社会方言学論考―新方言の基盤』『経済言語学論考 言語・方言・敬語の値打ち』(以上、明治書院)、『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)などがある。

『日本語ウォッチング』『経済言語学論考  言語・方言・敬語の値打ち』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。