日本語社会 のぞきキャラくり

補遺第37回 「なりすます」について

筆者:
2013年6月23日

前回も含めてこれまでたびたび述べてきた『ニセ者』糾弾の原理からすれば,「なりすます」という語がつい先頃まで,必ずしも悪いイメージを持っていなかったということは意外なことかもしれない。たとえば次の2つの文(1)(2)を見てみよう。

(1) 彼はつい近頃父を失った結果として,当然一家の主人に成り済ましていた。

[夏目漱石『行人』1912-1913.]

(2) 郷里宛城(えんじょう)の田舎に引籠(ひきこも)っていた司馬懿(しばい)仲達は,退官ののちは,まったく閑居の好々爺(こうこうや)になりすまし,兄司馬師(し),弟司馬昭(しょう)のふたりの息子あいてに,至極うららかに生活していた。

[吉川英治『三国志(八)』1939-1940,講談社吉川英治歴史時代文庫.]

文(1)では,久しぶりに会った旧友・三沢の様子が描かれている。また,文(2)では魏の将軍・司馬懿仲達の退官後の様子が描かれている。が,いずれの文も,これらの人物を否定的に描くものではない。

だがこれは,昔は『ニセ者』に寛容だったということではない。というのは,三沢にせよ司馬懿仲達にせよ,『ニセ者』などではないからである。三沢が一家の主人になっていたのは,父を亡くした「当然」の結果と述べられており,司馬懿仲達の好々爺ぶりも,裏のない「至極うららか」なものとされている。

『ニセ者』が叩かれることは,今も昔も変わりがない。変わったのは,「なりすます」という動詞の意味である。動詞「なりすます」は,もともと「すっかりそうなる」という完了の意味を持っていたが(第1段階),やがて「『ニセ者』が取りつくろう」という悪い意味が広がり(第2段階),今では悪貨が良貨を駆逐するように,この悪い意味がもとの完了の意味を駆逐している(第3段階)と言えそうだ。たとえば知人の社長就任を祝うスピーチで,(3a)ではなく,(3b)のように言ったりすれば,どうなるか。

(3) a. まー,○○さんも立派な社長さんになられて,本当におめでとうございます。
b. まー,○○さんも立派な社長さんになりすまされて,本当におめでとうございます。

もちろん,その場ではだーれも面と向かって注意などしないけれども,そういうことを言う人は,人生のいろんな局面でソンをしていくことになるのではなかろうか。そうとわかって「いや私はあの時「すっかりそうなる」という意味で言ったんだ」「「まんまと」とは言ってない」などと抗弁したところでムダだろう。

さらに言えば,「『ニセ者』が取りつくろう」という意味の発生は,「なりすます」という動詞の内部構造とも無縁ではないだろう。

他動詞(「なす」「やる」)に完了の他動詞(「とげる」)が後接した合成的表現(「なしとげる」「やりとげる」)は,勇壮で肯定的なイメージを持っている。

また,自動詞(「なる」)に完了の自動詞(「果てる」「しまう」)が後接した合成的表現(「なり果てる」「なってしまう」)は,否定的ではあるけれども『ニセ者』とは無縁のイメージを持っている。

だが,「なりすます」の構造はこれらとは違い,自動詞(「なる」)に完了の他動詞(「すます」)が後接した構造である。「なりすます」と同様,やはり自動詞(「なる」)に他動詞(「果(おお)せる」)が後接した「なりおおせる」にも,「すっかりそうなる」だけでなく「『ニセ者』が取りつくろう」という悪い意味を感じる話者は少なくない。これは上述した,「なりすます」の意味変化における第2段階(完了の意味と悪い意味の共存段階)と似た状況と言える。つまり多くの話者は,たとえば高田屋嘉兵衛(かへえ)の果敢な生涯を評した次の(4a)の「なりおおせた」を特に不自然と感じない一方で,スピーチの場で(4b)は言えないと感じる。

(4) a. 嘉兵衛にとって自国の海で外国船にいわれなく拿捕(だほ)されるなど,まことに事態は唐突だった。が,かれはとっさにこの運命を甘受し,さらにはその運命にのしかかって主人役になり了(おお)せた。
    [司馬遼太郎『この国のかたち 一』1990.]
b. まー,○○さんも立派な社長さんになりおおせられて,本当におめでとうございます。

そのうち,(1)(2)と同様の違和感が(4a)にもじわじわ感じられだすのかもしれない。

筆者プロフィール

定延 利之 ( さだのぶ・としゆき)

神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

最新刊『煩悩の文法』(ちくま新書)

編集部から

「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。