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談話研究室にようこそ 第56回 『アバター』における観客の誘導

2013年 6月 27日 木曜日 筆者: 山口 治彦

第56回 『アバター』における観客の誘導

 第54回第55回では,『ダンス・ウィズ・ウルブズ』において観客の評価や解釈がどのように誘導されているのか跡づけました。インディアンの気高さと生活ぶりが丹念に描かれ,白人の醜さがことさらに強調されていました。インディアンを単純に悪者とするハリウッド映画のステレオタイプを乗り越え,インディアンに寄り添って物語を語るためです。主人公と同じ立ち位置に観客を連れて行く,そのための布石です。

 他方,『アバター』には覆すべき不当なステレオタイプはありません。ですが,主人公が異星人ナヴィに共感して地球人の軍隊と戦うという構図は,『ダンス・ウィズ・ウルブズ』のそれと平行的です。そして『アバター』では,『ダンス・ウィズ・ウルブズ』と同様の方法によって観客の評価や解釈が誘導されます。以下に『アバター』における観客誘導の方法を確認します。

 まず,ナヴィの生活や文化がジェイクの目を通して語られます。彼らは,自然との一体感を重視し,自然と共生する存在です。エコロジーを重んじる現代の主潮にそった存在とも言えます。青い肌に体長3mという巨人に対し観客は当初は距離を置いたはずですが,ジェイクがナヴィの文化を学ぶにつれて観客のナヴィに対する共感は次第に高まります。

 これに対し,RDA社側の人間は強欲で無知,そして無慈悲な存在として描かれます。

 RDA社の強欲さは彼らがねらうパンドラ星の希少鉱物に象徴されています。ナヴィの居住地域の地下に眠る希少鉱物はアンオブタニウム(unobtainium)と名付けられています。unobtainable(入手不可能な)にちなんだ命名です。SFの世界では,しばしばこのアンオブタニウムという名称の物質が登場しますが(Wikipediaのunobtaniumの項目を参照ください),これは「テニハイラニウム」とでも訳せそうな命名です。RDA社の責任者セルフリッジ(Selfridge)は,この物質の貴重さをとうとうと説明します。しかし,説明すればするほど「テニハイラニウム」という名前に皮肉が響きます。

 さらに,企業側は無知な存在でもあります。パンドラ星の植物は互いに電気的な交信を行っています。その総和は人間の脳の回路数を上回り,星全体が巨大なデータベースとなっているという設定です。次の例では,主人公に味方する科学者グレース・オーガスティン博士 (Grace Augustine) がその重要性を主張しています。

(71) GRACE: It’s more connections than the human brain. Get it? It’s a network. It’s a global network, and the Na’vi can access it. They can upload and download data. Memories. At sites like the one you just destroyed. Yes! (人間の脳よりも回路が多いの。分かる?ネットワークなの。星全体を網羅するネットワークなの。で,ナヴィはそれに自由にアクセスできる。データを,記憶を,足したり,取りだしたり。そんなサイトをあんたたちはひとつつぶしたのよ。)
SELFRIDGE: What the hell have you people been smoking out there? They’re just goddamn trees. (おい,野外調査で一服やってラリっちゃった,ってのか?たかだか木のことだろう。)

 しかし,目先の欲に目がくらんだセルフリッジには,惑星パンドラの特殊な生態系ネットワークがもつ重要性が理解できません。「一服やってラリっちゃった」のかと,まるで話にならない反応です。

 最後に,企業側は無慈悲で利己的な存在でもあります。彼らはナヴィの聖域でもある「声の木」(Utraya Mokri)をブルドーザーで破壊します。さらには,ナヴィが自分たちの住処とするホームツリー (Hometree) も爆撃し粉砕するのです。

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 このホームツリー爆撃のシーンは,アメリカ国民にとりわけ大きな衝撃をもたらすようです。ミサイル攻撃を受けた巨木が,上からたくさんの破片などを落としながら煙を上げて炎上し,そして倒れます。このシーンを見て,9.11のツインタワー崩落を想起する人は少なくありません。

 アメリカ国民に対してあまりに大きなインパクトを持つ事件が,映画のなかの出来事と(おそらくは)意図的に重ね合わせられているのです。そのことに対する倫理的判断をひとまず置くなら,主観的な評価を引き起こすのにこれ以上強力な方法は,おそらくないでしょう。

 9.11を引き合いに出すのは,キャストの人種的な偏り(第48回第49回第50回第51回を参照ください)と同様,かなり大胆な表現です。ひとえに説得力の強い物語を提示するためでしょう。

 『アバター』で主人公ジェイクは,地球人の編制する軍隊に反旗を翻し,異星人ナヴィとともに地球人と戦います。そのような展開を背負いながらも,観客がなおも主人公に共感できるように,観客の解釈や評価は周到に誘導されてゆきます。映画が商業的に成功するためには,観客を味方につけねばならないのです。そのためのもっとも効率的な手段が『ダンス・ウィズ・ウルブズ』の表現方法をなぞることだったのです。

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【筆者プロフィール】

『明晰な引用,しなやかな引用』(くろしお出版) 『語りのレトリック』(海鳴社)山口治彦(やまぐち・はるひこ)

神戸市外国語大学英米学科教授。
専門は英語学および言語学(談話分析・語用論・文体論)。発話の状況がことばの形式や情報提示の方法に与える影響に関心があり,テクスト分析や引用・話法の研究を中心課題としている。
著書に『語りのレトリック』(海鳴社,1998)『明晰な引用,しなやかな引用』(くろしお出版,2009)などがある。

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【編集部から】

雑誌・新聞・テレビや映画、ゲームにアニメ・小説……等々、身近なメディアのテクストを題材に、そのテクストがなぜそのような特徴を有するか分析かつ考察。
「ファッション誌だからこういう表現をするんだ」「呪文だからこんなことになっているんだ」と漠然と納得する前に、なぜ「ファッション誌だから」「呪文だから」なのかに迫ってみる。
そこにきっと何かが見えてくる。

2013年 6月 27日