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Let’s Get It On(1973/全米No.1,全英No.31)/マーヴィン・ゲイ(1939-1984)

2013年 7月 3日 水曜日 筆者: 泉山 真奈美

歴史を彩った洋楽ナンバー~キーワードから読み解く歌詞物語~ 第88回

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●歌詞はこちら
http://www.romantic-lyrics.com/ll69.shtml

曲のエピソード

本連載第1回目で採り上げたマーヴィン・ゲイの反戦歌「What’s Going On」(1971)はメッセージ・ソングだったが、この「Let’s Get It On」は、彼にとって「I Heard It Through The Grapevine(邦題:悲しいうわさ)」/1968)以来、5年ぶりとなる全米No.1ヒット曲であり、テーマはズバリ“セックス讃歌”である。ご存知の方も多いと思うが、キリスト教ペンテコステ派の牧師だったマーヴィンの父親は、息子がこの曲を世に出した際に“Don’t go too far.(無茶なことをし過ぎるな)”と諭したという。その父親にマーヴィンが1984年4月1日に射殺された、というのは何とも皮肉な話ではあるが……。

この曲は、1973年よりも遥か以前に雛形が完成していた。共作者としてクレジットされているエド・タウンゼンドが作り、世に出さぬまま温存していたこの曲にマーヴィンが手を加え、歌詞もメロディも変えたのである。この曲を手掛けていた頃のマーヴィンは、まだ先妻(モータウンの創始者ベリー・ゴーディ・Jr.の姉アンナ)と結婚していたが、その関係は冷めきっていた。そして当時、マーヴィンはジャイヴ・ミュージックの第一人者として名高いスリム・ゲイラード(1916-1991)の娘さんであるジャニス・ハンターと激しい恋に落ちていたのである。最初の妻アンナが17歳年上、二度目の妻となるジャニスが17歳年下というのも、何か不思議な符合のように思えてならない。この曲の発送の源はジャニスに外ならないのだ。

“セックス讃歌”であるにも拘らず、歌詞のどこにも「セックスする」を意味する“have sex”や“make love”といったフレーズが出てこない。何故か? その点が、この曲が大ヒット曲に至った要因のひとつだと筆者は考える。

曲の要旨

君と身体を重ね合わせて愛し合いたいという思いをずっと抑えてきたけれど、もう限界だ。今すぐ生まれたままの姿で愛し合おう。せっかくこの世に生を受けたんだから、人生を謳歌しようよ。君が愛を信じているのなら、僕と愛し合おう。僕をじらす態度はもうやめて、僕にその身をなげうって欲しいんだ。セックスすることに罪悪感を感じる必要はないのさ。さぁ、ふたりでひとつになろうよ。

1973年の主な出来事

アメリカ: アメリカ軍が南ヴェトナムから完全に撤退。
日本: 韓国の政治家、金大中が都内のホテルで拉致される。世に言う「金大中事件」。
世界: 第4次中東戦争に端を発する石油危機。

1973年の主なヒット曲

Killing Me Softly With His Song/ロバータ・フラック
Love Train/オージェイズ
My Love/ポール・マッカートニー&ウィングス
Half-Breed/シェール
Angie/ローリング・ストーンズ

Let’s Get It Onのキーワード&フレーズ

(a) get it on
(b) beat around the bush
(c) groove

ジャクソン・ファイヴのマイケルに夢中だった幼少時代、FEN(現AFN)でこの曲を耳にした記憶がある。が、筆者はこの曲に全くと言っていいほど心を動かされなかった。だいたい、小学生に「セックスしようよ」というスラング的な言い回しのこの曲の意味が解るはずもないし、大人の男性の色気に惹かれる年齢でもなかった。ただ、とにかくしょっちゅうラジオから流れていたことだけは記憶している。そして筆者は、18歳の時に突然マーヴィン・ゲイの魅力に目覚め、ようやくこの曲の意味を知るに至ったのだった。ラジオでよく耳にしていた頃は、まさかこの曲が“セックス讃歌”だとは夢にも思わなかったのだが、大先輩の某音楽評論家さんは、何十年もの間、この曲の意味を知らずに聴いていたそうである。お会いした際にそのことを教えたところ、かなり驚愕されておられた。

アフリカン・アメリカンの人々の間で1950年代から既に用いられていたスラングの(a)は、先述の“have sex”,“make love”と同義である。今では普通の英和辞典の“get”の項目に、俗語扱いのイディオムとして載っているので、ご存知の方も多いだろう。これは息の長いスラングで、今でも洋楽ナンバーでたまに見聞きする表現だから、一般の人々の間でかなり浸透してる言い回しである。が、(a)の意味を多くの人々が知るきっかけとなったのは、やはりこの曲が大ヒットしたことに負うところが大きいと思う。

(b)は、辞書の“beat”の項目に載っているイディオムで、「遠回しに言う、要点を避けて言う」という意味が載っているのだが、筆者がこの曲の訳詞を担当させて頂いた際には「思わせぶりな態度はやめてくれ」と意訳した。つまりこの曲の主人公=マーヴィンは、愛する女性がなかなか身体を許してくれないことに業を煮やしてこう言ったのだと判断したから。「故意に要点を避ける→相手の気持ちに気付いていながら他のことに気を取られているフリをする→思わせぶりな態度を取りながら相手をじらす」という発想のもとに、そうした意訳を施してみたのだが、如何だろうか?

(c)は、最も日本語に訳しにくい英単語のひとつで、この曲では「君を気持ちよくグルーヴさせてくれ」と歌われているが、これだとサッパリ意味が解らない。“groove”(他動詞の場合)を辞書で引いてみると、俗語扱いで「(相手を)楽しませる、興奮させる」という意味が載っている。ダンスでノリノリになる状態を“groove”で表現することもあるが、洋楽ナンバーでは、“groove=セックスで相手を喜ばせる”という意味でも頻繁に使われ、複数の意味を持つことに気付く。つまるところ、その行為が何であれ、“楽しむ”ことが前提の動詞なのである。「君をグルーヴさせてあげたいんだ」という訳では、如何にもつまらない。ここはひとつ大胆に、「君にエクスタシーを感じさせてあげるよ」という意訳ではどうだろう? ちょっと飛躍し過ぎかも知れないが……。

マーヴィンの最高傑作のひとつと言われている『LET’S GET IT ON』(R&Bアルバム・チャートで11週間にわたってNo.1,全米No.2)のリリースから、今年でちょうど40年を迎える。Time flies.(光陰矢の如し)。それでも、この世に男と女がいる限り(そして筆者は同性愛者に理解を示すタイプである。人間の恋愛は自由であるべきだと思うから)、“get it on”は、人間の果てなき究極のテーマだと思う。

【筆者プロフィール】

泉山真奈美(いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、2012年まで翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「泉山式 翻訳力×英文法講座」)の講師を務めた。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。マーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツを担当した。その他、ジャンルを問わずポップス、ロックの訳詞も手がける。

2013年 7月 3日