歴史を彩った洋楽ナンバー ~キーワードから読み解く歌物語~

第90回 If I Can’t Have You(1978/全米No.1,全英No.4)/ イヴォンヌ・エリマン(1951-)

2013年7月17日
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●歌詞はこちら
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曲のエピソード

世界中にディスコ・ブームを巻き起こすきっかけのひとつとなった、ジョン・トラヴォルタが主人公トニー役を演じた映画『SATURDAY NIGHT FEVER(邦題:サタデー・ナイト・フィーバー)』(1977)は、映画と共にオリジナル・サウンドトラック盤(以下OST盤)も大ヒットした。多くの人々の記憶に最も残っているのは、シングル・カットされたビージーズのNo.1ヒット曲の数々だろう。ご多分に漏れず、当時、筆者も映画館で観た。ストーリーはほとんど憶えていないが、劇中で流れる音楽にすっかり魅せられてしまい、後日、父にねだって2枚組のOST盤を買ってもらったほどだ。その中に、妙に引っ掛かる曲があった。それが、今回の「If I Can’t Have You(邦題:アイ・キャント・ハヴ・ユー)」である。その理由は本文中で後述。

イヴォンヌ・エリマンはハワイ生まれのシンガー/女優で、ソロ・シンガーになる前は、かのエリック・クラプトンのバックグラウンド・シンガーを務めていたことで知られる。また、1970年にロンドンで初演され、翌1971年にブロードウェイでも上演が開始されたミュージカル『JESUS CHRIST SUPERSTAR』(イエス・キリストの弟子のひとりユダの視点を通じてキリストが磔になるまでの最後の7日間を描いた物語)には、4年間、舞台女優として出演した。「If I Can’t Have You」は『SATURDAY NIGHT FEVER』からの3rdシングルで、映画が公開された翌年の1月にリリースされ、見事に全米No.1を獲得(ゴールド・ディスク認定)。それ以前にも「Love Me」(1976/全米No.14)や「Hello Stranger」(1977/全米No.15,ただしアダルト・コンテンポラリー・チャートでは4週間にわたってNo.1)といったヒット曲があったが、やはりイヴォンヌ・エリマンといえば、『SATURDAY NIGHT FEVER』世代の人々はすぐさま「If I Can’t Have You」を思い浮かべることだろう。

オリジナルはビージーズで、やはりOST盤からの全米No.1ヒット曲「Stayin’ Alive」のシングル盤のB面曲だったが、何故だか彼らのヴァージョンはOST盤には収録されていない。ビージーズのヴァージョンとイヴォンヌのカヴァーのアレンジにはそれほど大きな差異はないが、前者はヴォーカル・グループということもあって、コーラス部分が印象に残る。翻って後者は、イヴォンヌが恋する女心を切々と歌い上げる仕上がりになっている。

曲の要旨

独りぼっちの毎日をどうやって乗り越えているのか、自分自身でも判らないの。あなたとの恋が叶わないなら、私の人生はもう終わりよ。どんなに泣いても時間の無駄ね。この恋を諦めてしまったら、私、この先やっていけるかしら? あなたじゃなきゃダメなの。あなたが私のものにならないのなら、他の男性なんて私の目に入らないわ。あなたにあっさりと残らず愛を捧げてしまった私。あなたと結ばれるかも知れないという夢は決して叶わないのね。あなたが私のものになってくれなきゃ、他の誰もいらないのよ。

1978年の主な出来事

アメリカ: 1956年にサンフランシスコで創設された、ジム・ジョーンズ率いる新興宗教団体People’s Temple(日本では「人民寺院」と訳されている)が集団自殺を遂げて世間を驚愕させる。
日本: 千葉県成田市に新東京国際空港(後に成田国際空港に改称)が開港する。
  日中平和友好条約が締結される。
世界: イギリスで世界初の体外受精による乳児が誕生。

1978年の主なヒット曲

(Love Is) Thicker Than Water/アンディ・ギブ
With A Little Luck/ウィングス
Too Much, Too Little, Too Late/ジョニー・マティス&デニース・ウィリアムス
Grease/フランキー・ヴァリ
You Don’t Bring Me Flowers/バーブラ・ストライザンド&ニール・ダイヤモンド

If I Can’t Have Youのキーワード&フレーズ

(a) see something through
(b) I don’t want nobody
(c) let go

残念なことに、今、筆者の手元には『SATURDAY NIGHT FEVER』のOST盤がない。大学進学のために実家を離れる際に手放してしまったのだ。あんなに毎日のように聴いていたのに……。本連載に以前も記したように、実家を出る際に、R&B/ソウル・ミュージック以外のレコードは全て中古レコード屋さんに売り払ってしまった。その中には、数多くのOST盤も含まれており、うち1枚が『SATURDAY NIGHT FEVER』だったというわけ。が、どうしても忘れられない曲があった。そう、この「If I Can’t Have You」である。数ヶ月前、中古レコード屋さんで日本盤シングルを見つけた時は、思わず「あった!」と店内で声に出して狂喜乱舞してしまったほど。その晩、居間のターンテイブルで永遠リピートで聴きまくったのは言うまでもない。ちなみに、日本盤シングルのピクチャー・スリーヴには、OST盤のジャケ写に写るトラヴォルタのあの有名なポーズがトリミングされ、イヴォンヌのアップの笑顔の右下にちょこんとプリントされてある。

単純な歌詞だが、筆者が引っ掛かったのは(順番が前後するが)(b)のフレーズ。OST盤を持っていた頃から、何故に“I don’t want ANYBODY”ではなく“I don’t want NOBODY”なのか不思議でならなかった。後年、スラングを自分なりに調べ始めるようになって、否定+否定は二重否定ではなく、否定の強調だと知るに至り、ようやく(b)のフレーズの謎が解けたのだった。もしかしたら、筆者が初めて意識した否定+否定=否定の強調が含まれていたのがこの曲だったかも知れない。子供の頃から洋楽に親しんでいたとは言え、その時は歌詞を聞き取ることなどできなかったから、(b)のような表現が含まれる曲を耳にしても、気にも留めなかったのだろうと思う。(b)のフレーズを否定の強調にしたことで、この曲に込められた思いが一層強まっている気がする。

(a)は、本連載第81回のフォー・トップス「Reach Out I’ll Be There」で採り上げた“see someone through(第三者に救いの手を差し伸べる、困っている人の面倒を最後までみる)と似た表現だが、目的語が人物ではない場合、意味合いが違ってくる。目的語が人物以外だと、「やり遂げる」という意味になるのだ。この曲の中では、「私は(愛する彼との恋が叶わないことの辛さを)乗り越えられるほど強い人間かしら?」と歌われており、この「乗り越える」が(a)にあたる。「やり遂げる→歯を食いしばる→辛さを乗り越える」という発想の転換だろう。

洋楽ナンバーに数え切れないほど登場する(c)は、辞書では“let”の項目にイディオムとして載っており、意味は「解放する、手放す」など。(c)は2ndヴァースの最初のフレーズに出てくるが、そこには歌い出しの1stヴァース同様、主語の“I”がない。これは洋楽ナンバーの歌詞によくみられることで、いきなり動詞で始まっていても命令形ではなかったり、いきなり助動詞で始まっていても疑問文でなかったりする。試しに、この曲の1st&2ndヴァースの頭に“I”をくっつけて歌ってみると、メロディに乗っからないことがお判り頂けると思う。(c)もこの曲の主人公の思いをぶつけたフレーズだから、意訳するなら「私、あなたを諦めないわ」といった感じ。

『SATURDAY NIGHT FEVER』は日本でも大ヒットしたが、筆者の中学時代のクラスメイトの男子のひとりが、映画館で観てすっかりハマッてしまい、休み時間になるとトラヴォルタの例のポーズをとってみせたり、ぎこちないながらもステップを踏んで踊ってみせたりしたことを思い出す(学校には内緒で八戸市内のディスコにも通っていたらしい)。そして彼の口癖は、今ではすっかり死語となってしまった「フィーバーする」であった。

筆者プロフィール

泉山 真奈美 ( いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「リリック英文法」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。近作はマーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツ。

編集部から

ポピュラー・ミュージック史に残る名曲や、特に日本で人気の高い洋楽ナンバーを毎回1曲ずつ採り上げ、時代背景を探る意味でその曲がヒットした年の主な出来事、その曲以外のヒット曲もあわせて紹介します。アーティスト名は原則的に音楽業界で流通している表記を採りました。煩雑さを避けるためもあって、「ザ・~」も割愛しました。アーティスト名の直後にあるカッコ内には、生没年や活動期間などを示しました。全米もしくは全英チャートでの最高順位、その曲がヒットした年(レコーディングされた年と異なることがあります)も添えました。

曲の誕生には様々なエピソードが潜んでいるものです。それを細かく拾い上げてみました。また、歌詞の要旨もその都度まとめましたので、ご参考になさって下さい。