地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第263回 日高貢一郎さん:埼玉県秩父には「べえ」がいっぱい

2013年7月20日

埼玉県は特徴的な方言が少なく、方言グッズなどもなかなか見当たらないといわれる地域です(関西の奈良県や滋賀県も同様な傾向にあり、いい勝負かもしれません)。が、県の西部に位置する秩父地方には、北関東的な方言が見られます。

秩父市には、大型連休の頃に見頃を迎える芝桜で有名な「羊山(ひつじやま)公園」があります。ここに出かけたとき、秩父市内で見かけた方言を6つご紹介しましょう。といっても、全部が「べえ」がらみなのですが、2~3種類に分けられます。(群馬の「だんべ」は第220回を、埼玉の「だんべ(え)」は第250回を参照)

① 最寄駅「横瀬」の案内所でもらったパンフレットの一つに、この時期に市内各所で開催中の行事や見どころを載せた案内マップがあり、無料巡回バスのルートに「ちっとんべぇのおもてなし中町停留所」がありました。聞けば、「ちっとんべぇ」とは〔ちょっとした〕といった意味だとのこと。これは「ちっとばかり」の変化したもので、同じ「べえ」でも、この後に紹介する他の「~べえ」とは、ちっとばかりでき方の異なる言い方です。

広~いなだらかな丘一面に咲きほこる色とりどりの見事な芝桜を堪能したあと、実際にここを訪ねると、道路わきのスペースに、お茶が自由に飲めるように給水ジャーと、腰かけてゆっくりくつろげるように緋毛氈を掛けた長イスとが置いてあり、その名のとおり「ちっとんべぇのおもてなし」が用意してありました。

② 秩父札所十三番の、目に御利益があるという「慈眼寺」の入口には、背丈ほどもある塔のような案内標示(【写真1】の「こ」と「い」の間のイラストを参照)が設置してあり、その台座には「開運案内板 どこいくべぇ」と彫ってあり、関連の情報や案内文も書かれていました。これと同じものは、市内の中央六商店街に100本ほど立てられているそうです。

【写真1】観光案内板
【写真1】観光案内板(クリックで拡大表示)

さらに各ブロック(町内)には「どこいくべぇ」と書いたイラスト地図つきの大きな観光案内板【写真1】(制作:秩父市・秩父商工会議所・TMOまちづくりちちぶ)もありました。

【写真2】さけ焼酎『だんべえ』
【写真2】さけ焼酎『だんべえ』

③ お酒を売っている店には、地元の銘柄などがたくさん並んでいましたが、方言で名前がついた『だんべえ』という焼酎が目を引き、飲ん兵衛にはぴったりだんべえと思って早速買い求めました。箱とラベルに「本格焼酎 秩父さけ焼酎」とありますが、日本酒を造る過程でできたアルコールを蒸留して造った焼酎で、この蔵での造語だということです。

④ さらに散策していると、緑色の幟(のぼり)がおりからの強い風にはためいており、それには「貸してんべ 住んでんべ / ちちぶ空き家バンク」とありました。下のほうには「ずっと、もっと、ちちぶ / ちちぶ定住自立圏」の文字とそのロゴマークがありました。「貸してみべえ、住んでみべえ」=〔(空き家の持ち主は)貸してみよう、(借りたい人は)住んでみよう、その仲介を空き家バンクがいたします〕という呼びかけのメッセージです。

⑤ また通りに面した店の入り口に「はたおとギャラリー ~おってんべぇ秩父銘仙~ 機織実演」という横長の看板があり、中をのぞくと店内では機織りの実演をしていました。これも「織ってみべえ」=〔織ってみよう〕の変化したものです。秩父は、群馬の伊勢崎や栃木の足利などと並ぶ「銘仙」〔平織の絹織物の一種〕の産地として知られており、その歴史を紹介する施設「ちちぶ銘仙館」もあります。

⑥ 方言を活かした書名の本『秩父っ言葉 あちゃむ詩だんべ絵』(石橋城呉、秩父プリント社)は、秩父地方の方言を、文章と楽しいイラストで解説したもので、「語呂歌編、片言編、子供編、昔話編」と、シリーズで4冊が出ています。

また『あちゃむしだんべぇ物語』(高田哲郎著、山田えいじ絵)という本もあり、第1巻のサブタイトルには「秩父方言のルーツを探る」、第2巻からは「シリーズ秩父の方言」とあり、これもシリーズで「パート5」まで出ています。(第2巻までは民衆社、第3巻からは幹書房)

なお、「あちゃむし」は〔それではね〕、「だんべえ」は〔~でしょう〕の意で、この地方の代表的な方言とされ、民謡『秩父音頭』のお囃子にも登場します。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 日高 貢一郎(ひだか・こういちろう)

大分大学名誉教授(日本語学・方言学) 宮崎県出身。これまであまり他の研究者が取り上げなかったような分野やテーマを開拓したいと,“すき間産業のフロンティア”をめざす。「マスコミにおける方言の実態」(1986),「宮崎県における方言グッズ」(1991),「「~されてください」考」(1996),「方言によるネーミング」(2005),「福祉社会と方言の役割」(2007),『魅せる方言 地域語の底力』(共著,三省堂 2013)など。

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。