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I Want You Back(1970/全米No.8,全英No.2)/ジャクソン・ファイヴ(1964-1976)

2013年 7月 24日 水曜日 筆者: 泉山 真奈美

歴史を彩った洋楽ナンバー~キーワードから読み解く歌物語~ 第91回

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●歌詞はこちら
http://www.lyrics.com/i-want-you-back-lyrics-the-jackson-5.html

曲のエピソード

世界的スーパースターのマイケル・ジャクソンが亡くなってから、早いもので4年以上になる。しかしながら、彼の人気は今なお衰えることを知らず、それどころか没後に彼のファンになったという人々が増えているようだ。それほど彼は偉大なエンターテイナーだった。マイケルと言えば超人的なダンスを真っ先に思い浮かべる人も多いだろうが、筆者は幼少時代にFEN(現AFN)で初めてジャクソン・ファイヴ(以下J5)のモータウンからのデビュー曲「I Want You Back(邦題:帰ってほしいの)」(リリースは1969年暮れだが、ヒットしたのは翌1970年)を聴いた時の衝撃を未だに忘れられない。この曲を耳にしたからこそ、今の自分があると言っても過言ではないぐらいだ。

J5はモータウンと契約する前に地元インディアナ州のマイナー・レーベルからデビューしているのだが、全くヒットせず。よって、大多数の人々は、この「I Want You Back」を彼らのデビュー曲と捉えている。兄弟5人で結成されたJ5がモータウンと契約し、第一弾シングル「I Want You Back」から立て続けに4曲もの全米No.1ヒット曲――同曲を始めとして、「ABC」、「The Love You Save」、「I’ll Be There」――を放ったことは、今も語り草だ。子供向けの音楽を英語では“bubble-gum music”と呼ぶが、そこには「大人が聴くに堪えないジャンク・ミュージック」というネガティヴな意味合いもある。が、J5のそれは決して“bubble-gum”な音楽などではなかった。何故なら、マイケルの歌唱力がずば抜けていたからである。だから世界中の老若男女が世代の差を超えてJ5に夢中になった。

アイドル的存在ながら、マイケルの卓越した歌唱力のお蔭で実力派グループでもあったJ5。モータウンは、大袈裟に言えば、社運を賭けて彼らを売り出すことに知恵を絞った。この「I Want You Back」が収録されているJ5のモータウンからのデビュー・アルバムのタイトルを日本語に訳すと「ダイアナ・ロスがJ5をみなさんにご紹介します」となるが、彼らを発掘したのはダイアナではなく、実はグラディス・ナイトとボビー・テイラーという、モータウン所属のアーティスト2名だったことが後に公になる。当時は、「あのダイアナ・ロスが発掘した天才兄弟グループ!」という謳い文句に世間の人々が飛びつくとレーベル側は判断したのだろう。そしてJ5を売り出すためのもうひとつの大きな戦略のひとつが、彼らのオリジナル・ソングのほとんどを手掛けていたザ・コーポレイションなる謎の集団だった。これまた、同集団がモータウンの創設者で社長だったベリー・ゴーディ・Jr.を中心とするソングライター/プロデューサーのチームだったことが後に公になった。J5のデビューには、様々な仕掛けが施されていたのだが、戦略が奏功したとは言え、彼らの楽曲は本当に素晴らしかった。とりわけ、人々はマイケルの伸びやかでソウルフルな歌声に魅せられたのである。筆者もまた、そのひとりだった。

曲の要旨

君が僕のガールフレンドだった時は、君のことが鬱陶しいと思ったりしてたよ。けれど、ある時、他のヤツに君を奪われてから、君の大切さに気付いたんだ。お願いだから、僕のもとへ戻ってきてくれないかな。君から愛されない毎日なんて、まるで眠れずに過ごす長い長い夜みたいなものさ。もう一度、君とやり直すチャンスを僕に与えて欲しいんだ。僕は君のことをあいつから取り戻したいんだ。

1970年の主な出来事

アメリカ: ヴェトナム戦争への反戦デモに参加していたオハイオ州立ケント大学の学生4名が射殺される。
日本: 赤軍派による日本航空よど号のハイジャック事件が世間を震撼させる。
世界: ビートルズ解散のニュースが世界中に衝撃を与える。

1970年の主なヒット曲

Raindrops Keep Falling On My Head/B. J. トーマス
Love Grows/エディソン・ライトハウス
Thank You (Falletinme Be Mice Elf Agin)/スライ&ザ・ファミリー・ストーン
Call Me/アレサ・フランクリン
Let It Be/ビートルズ

I Want You Backのキーワード&フレーズ

(a) want someone around
(b) be blind to〜
(c) want someone (something) back

筆者が生まれて初めて耳にしたマイケル・ジャクソンの歌声、それがこの「I Want You Back」だった。当時はまだ6歳ぐらいだったので、歌詞の内容はまるで理解できなかったが、とにかく全身が震えるほど感動したものだ。今なら「背中に電流が走った」と表現できるが、あの頃の自分は、たとえようのない感動と感激に包まれた。そしてそれが、筆者とモータウン・サウンドとの出逢いだった。

小学校6年生の時に、実家の近所にオープンした英会話塾に通わせてくれと両親に頼み込んだ最大の理由は、この曲(そして他のJ5の曲やモータウンの曲)の意味が知りたかったから。この曲がなかったなら、筆者はここまで英語に興味を持つことはなかっただろう。実家の子供部屋には、今でもJ5のポートレイトのようなものが飾ってある。そして今でも、J5の音楽を聴き続けている。彼らの音楽は、今なお色褪せない。

副詞としての“around”が、口語的扱いで“nearby(近くに、側に)”という意味を持つ、ということを知ったのは、R&Bヴォーカル・グループ、スピナーズの大ヒット曲「I’ll Be Around」(1972/全米No.3)の歌詞の意味を調べた時のこと。確か、中学時代だったと記憶している。同曲は「君が僕を必要とする時は、君の側へ駆け付けるよ(=I’ll be around)」という内容だった。(a)は、それと似た言い回しで、「〜に側にいて欲しい」という意味。そしてマイケルは、ガールフレンドが自分だけのものだった時は「君に側にいて欲しくなかった=僕にまとわりついて欲しくなかった」と歌っているのだ。ところが、彼女が他の男の子にさらわれた途端に、彼女の大切さに気付く。こうした内容の洋楽ナンバーは枚挙にいとまがないが、レコーディング時に11歳だったマイケルが歌うにしては、歌詞の内容が大人っぽくて、聴く側は面食らったことだろう。と同時に、子供が情感たっぷりに歌い上げるこの曲に多くの人々が驚嘆したはずだ。そうでなければ、いきなり全米No.1を獲得するはずがない。

魔女狩りではないが、訳詞をする際には、ちょっとした制約がある。例えば、麻薬の名前をそのまま出したり、アメリカ先住民を「インディアン」とカタカナ表記したりすることが禁止されている。(b)にある“blind”も要注意の単語で、みなさんもよくご存知の諺“Love is blind.(恋は盲目)”という諺が歌詞に登場した場合にそう訳すのはセーフだが、“blind”を差別的な日本語に訳してはダメなのである。“blind”を辞書で調べてみると、「盲目」の他に「無学な、知らない、気付かない」という意味もある。この曲では、「君を手放してしまった僕はblindだった」と歌われているから、(b)の“blind”が“foolish”に近い意味合いであることが解る。ここのフレーズを書き換えてみると――

♪I was foolish to let you go
♪I was a fool to let you go

つまり、「君を他の男の子に簡単に奪われてしまった僕がバカだったよ」というわけ。

問題は、タイトルにもなっている(c)である。筆者は英語が解りかけた時から、このタイトルにずっと違和感を持ち続けてきた。本来なら、こうではないかと。

♪I want you to be back

が、筆者は、アメリカ人男性が実際に(c)を用いた言い回しを口にしたのを耳にしたことがあり、この表現に得心した。今から10数年前の話だが、某R&Bアーティストの来日公演が当日になってドタキャンされた時のこと。観客席にいたアフリカン・アメリカン男性のひとりが、“I want my money back!(チケット代を返せ!)”と叫んだのである。お目当てのアーティストのライヴを観ることなく帰宅した筆者は、早速、辞書で“want”の項目を調べてみた。そうしたら、ちゃんと“want 〜 back(〜を返して欲しい)”という意味が載っていたのである。ナルホド、(c)の言い回しはこういう時に使うのだな、と。

筆者が初めて耳にしたR&B/ソウル・ミュージック、それがこの「I Want You Back」。どういう運命の巡り合わせか、筆者は日本盤CD用にこの曲の訳詞を担当させて頂いた。子供の頃、将来、まさか自分がこの曲を訳す日が訪れるとは夢にも思わずに。しかしながら、自然とそらで歌えるまで歌詞を暗記してしまった。世界中のマイケル・ファンは、きっとこう思っていることだろう。“We want you back!”と。

【筆者プロフィール】

泉山真奈美(いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、2012年まで翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「泉山式 翻訳力×英文法講座」)の講師を務めた。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。マーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツを担当した。その他、ジャンルを問わずポップス、ロックの訳詞も手がける。

2013年 7月 24日