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第58回 汗と涙のシンデレラ

筆者:
2013年7月25日

仕事でうまくいった,人からほめられた,ピンチをなんとか切り抜けた。何らかの成功を収めたとき,その話を私たちはどのように語るでしょうか? 成功のかたちはさまざまだから,語り方のスタイルもたくさんあってよいはずです。しかし実際は,一定のパタンを踏襲することが多いのです。

米国の言語学者バーバラ・ジョンストンは次のように述べています。米国中西部の女性は偶然人に助けられてうまくいったと語ることが多いのに対して,男性は自分の力で窮地を脱したと語る傾向にあると。(1) 日本の女性と男性についても,同じことが言えるかもしれません。

そう言えば,女性は横並びの協調性を重視して,自分が他から突出して目立ってしまうことを避けがちなのではないでしょうか。また,男性は社会的ピラミッドの頂上を目指す傾向が強く,ともすれば自分の手柄を主張します。(デボラ・タネンの『わかりあえる理由わかりあえない理由』(講談社+α文庫,2003年)はこのあたりの男女差について詳しいです。)

つまりは,話を語る人が自分自身に対して抱く理想像のようなもの――自分は社会の中でこうありたい,こうあるべきだという姿――があって,体験談はその理想像を反映するのです。

もっとも,皆が皆必ずそうだというわけではありません。また,話すトピックによっても語りの進め方は異なるでしょう。たとえば,一般に恋バナ(恋愛話)と呼ばれるトピックにおいて,日本の女性はときに積極的で策略家です。

(73)  初対面は主人がバイクで事故り、医者と患者という関係でした。当時は話が面白い人というだけ。
 その後留学先で再会し(向こうは企業の研究者)、一緒に遊んでもらい、ユニークな友人を紹介されたり思い出がたくさん!
 で、惚れてしまい、日本に帰ってから一念発起して、
 「絶対掴まえちゃる」
と思い、ポケモンじゃないけど見事Getしました。
 落とすのは大変でした。
 インドア派の私がアウトドアのバイクを年甲斐もなく購入し、畑違いの彼の研究内容を頭に叩き込み、長期出張の彼にたった2時間会うために新幹線に乗り、それだとストーカーかと思われそうなので「たまたま」をアレンジし、とか。
 未だに彼は私がアプローチしたこと気づかず、彼自身が惚れて一念発起して私を口説いたと思っています。

(//komachi.yomiuri.co.jp/t/2010/0702/327848.htm;2013年7月19日確認)

「落とすのは大変でした」以降は,彼女のひたむきな(?)努力と行動が語られます。ですが,旦那様のほうは自分が「口説いたと思って」いる。なんだか,仏様の手のひらの悟空のようですね。

要するに,ジェンダー(性別)によって語り方が異なる傾向は現にあるのでしょうが,語り手の意向やトピックの別によって例外はしばしばある。変わらないのは,成功談の語り方にふたつのタイプがあるということです。

そこでここでは,ジェンダーによる差異ではなく,成功について語るとき二種類のパタンが繰り返されるという事実に注目してみます。他力本願と自力本願の語りのふたつです。

他力本願型の語りでは,語り手と聞き手が主人公(ふつうは語り手自身)の幸運を喜び合い,その幸運が主人公にふさわしいことを両者は確認します。いわゆる「シンデレラストーリー」はその典型例です。自分の成功をひけらかすことのない謙譲と協力の物語です。

他方,自力本願型は主人公(語り手)の苦労・努力・才覚を積極的にたたえます。「(血と)汗と涙の物語」と呼んでいいでしょう。そこでは主人公の決断と行動が活路を切り開きます。

そして,このふたつはたいてい交わりません。汗と涙のシンデレラ根性物語なんて,聞いたことないですよね。無理に絵にするとこんな感じになります。

58_1_s.jpg

汗と涙の根性物語を絵にするなら,やはり星飛雄馬のうさぎ跳びのシーンではないでしょうか。(この辺りの昭和的消息が分りにくい方は,「巨人の星」「飛雄馬」などで画像検索してください。) ですが,変身後の華麗なはずのシンデレラの衣装と,飛雄馬の根性顔を形作るゲジゲジ眉やくっきりとくぼんだ腹筋(そして洗濯でぼろぼろになった袖口)は,どうもつり合わないようです。

話を戻しましょう。サクセスストーリーには,他力本願のシンデレラタイプと自力本願の「汗と涙」タイプのふたつが存在します。このふたつは,それぞれどのような特徴を持っているでしょうか。そもそも,私たちはなぜステレオタイプ的な語り方をするのでしょうか。次回からは,これらの疑問について考えてみましょう。

* * *

(1) “Community and contest: Midwestern men and women creating their worlds in conversational storytelling” Tannen, Deborah (ed.) Gender and Conversational Interaction. New York: Oxford University Press. 1993.

*

この回は「汗と涙のシンデレラ―サクセス・ストーリーの語り方」(『言語』37:1, 66-71. 2008.)の内容に加筆修正を加えたものです。

筆者プロフィール

山口 治彦 ( やまぐち・はるひこ)

神戸市外国語大学英米学科教授。

専門は英語学および言語学(談話分析・語用論・文体論)。発話の状況がことばの形式や情報提示の方法に与える影響に関心があり,テクスト分析や引用・話法の研究を中心課題としている。

著書に『語りのレトリック』(海鳴社,1998),『明晰な引用,しなやかな引用』(くろしお出版,2009)などがある。

『明晰な引用,しなやかな引用』(くろしお出版)

 

『語りのレトリック』(海鳴社)

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