「百学連環」を読む

第119回 体系と方法

筆者:
2013年7月26日

前回読んだ箇所から段落が改まって、次のように続きます。

識は學によつて長し、才は術によつて長すといへとも、人各天禀ありて自から識に長するあり、才に長するありて、一樣ならさるは勿論なり。學術によつて才識を磨かくに二ツの目的たるものあり、system 及ひ method. 學には規模たるものなかるへからす。術には方法たるものなかるへからす。

(「百學連環」第48段落第1文~第4文)

 

ここで一旦区切りましょう。上記のうち system の左には「規模」、method の左には「方法」と振られています。訳せばこうなりましょうか。

識は学によって長じ、才は術によって長ずる。とはいえ、人にはそれぞれ生まれ持った性質というものがある。それだけに識に長ずる人もあれば、才に長ずる人もあって、一様ではないことは言うまでもない。さて、学術によって才識を磨く場合、二つの目的がある。system と method である。学には「体系(system)」がなければならない。術には「方法(method)」がなければならない。

ここのところ続いてきた学術に関わる人間側の性質の話が、ここで締めくくられます。ご覧のように、学と識、術と才の関係を改めて確認した上で、どういう性質を持っているかは人それぞれだというわけです。

そこで話題が少し転じます。では、才識を磨くというけれど、何を目指すのか。それは、system と method の二つであるという見立てです。西先生は、system を「規模」と訳しています。「規模」といえば、現在ではどんな意味で使われているでしょうか。どちらかというと、scale のような、大きさが関係してくるような言葉と結びつけられていることが多いかもしれません。「大規模」「小規模」といった用法ですね。

それに対して西先生の場合、system に対応させていることからも窺えますが、「規模」という言葉を原義に近い意味で使っていると思われます。つまり、「規模」とは、なんらかの物事の「結構」や「仕組み」のことです。あるいは、人間に関わることなら「企画」「構想」のことです。このように読む場合、「規模が大きい」といえば、「大きな構想だ」という意味になります。

それはさておき、この system について、現代語訳では「規模」の代わりに「体系」としてみました。「体系」とはなにか。複数の物事が個別にある。しかし、それらの物事は、ただばらばらにあるのではなくて、なんらかの原理によって組織化されたり、統合されている。そうした様子を指す言葉、というほどのつもりです。

話を戻すと、西先生は、学術を通じて才識を磨こうという場合、「体系」と「方法」という二つの目的があると言っています。どういうことでしょうか。

規模とは A complete exhibition of essential facts arranged in rational dependence and related by some common law, principle or end. と原語の通りニて、何學にもあれ規模なるものなき能はさるものにして、其規模とは眞理の目的を取り留めて、其より相通して條理立ち、殘る所なく明白に知り、一ツに纒まりしを云ふなり。

(「百學連環」第48段落第5文)

 

英文の引用には、その左側に、かなり丁寧に日本語が添えられています。以下の通りです。

 complete  全キ
 exhibition  示シ
 essential  除クベカラザル
 facts  事
 arranged  位タテタル
 rational  道理アル
 dependence  關渉
 related  相關リタル
 some  或ル
 common  相通
 law  理
 principle  道
 end  目的

では、訳してみましょう。

「体系」とは、「不可欠の諸事実〔真理〕を、なんらかの共通法則、原理、目的によって、理にかなった形で配置し、関連づけて、そっくり表現したもの」である。この英文が示すように、なんの学であっても、体系は欠くことができないものである。また、体系とは、真理の目的を取り押さえて、そこから〔諸要素に〕通底する条理が立ち、余すところなくはっきりと分かり、それが一つにまとまったもののことである。

ここでは「体系(system)」について、英文を引用しながら解説しています。現代語訳では、英語部分も翻訳してみました。この英文は、例によって『ウェブスター英語辞典』に、似た説明が出ています。ただし、私たちがここで参照している1865年版の system の定義は、西先生の引用と少し違っています。比較のために並べてみます。

1)  A complete exhibition of essential facts arranged in rational dependence and related by some common law, principle or end.
2)  A complete exhibition of essential principles or facts, arranged in rational dependence or connection; a complete whole of objects related by some common law or principle, or end;

1が「百学連環」での引用、2が『ウェブスター英語辞典』(1865)の定義です。こうして並べてみると、「百学連環」の引用は、『ウェブスター英語辞典』の定義を少し短く整理した形であることが分かります。2ではセミコロンを挟んで二つの文であるところを、1では一つの文にまとめてあるようです。ただし、西先生が参照した辞典には、1の通りの文が記されていたのか、いま述べたように2を見て1のように記したのかは分かりません。

いずれにしても、両者の説明には大きな食い違いはありません。学について考える場合、「体系(システム)」とは、知識がばらばらにあるのではなく、さまざまな知識が或る原理に従って相互に関わりあい、まとまりをなしているという次第です。

具体的にはどういうことでしょうか。西先生は、いつものように具体例を使って説明していますので、次回確認してみることにしましょう。

筆者プロフィール

山本 貴光 ( やまもと・たかみつ)

文筆家・ゲーム作家。
1994年から2004年までコーエーにてゲーム制作(企画/プログラム)に従事の後、フリーランス。現在、東京ネットウエイブ(ゲームデザイン)、一橋大学(映像文化論)で非常勤講師を務める。代表作に、ゲーム:『That’s QT』、『戦国無双』など。書籍:『心脳問題――「脳の世紀」を生き抜く』(吉川浩満と共著、朝日出版社)、『問題がモンダイなのだ』(吉川浩満と共著、ちくまプリマー新書)、『デバッグではじめるCプログラミング』(翔泳社)、『コンピュータのひみつ』(朝日出版社)など。翻訳書:ジョン・サール『MiND――心の哲学』(吉川浩満と共訳、朝日出版社)ジマーマン+サレン『ルールズ・オブ・プレイ』(ソフトバンククリエイティブ)など。目下は、雑誌『考える人』(新潮社)で、「文体百般――ことばのスタイルこそ思考のスタイルである」、朝日出版社第二編集部ブログで「ブックガイド――書物の海のアルゴノート」を連載中。「新たなる百学連環」を構想中。
URL:作品メモランダム(//d.hatena.ne.jp/yakumoizuru/
twitter ID: yakumoizuru

『「百学連環」を読む 』

編集部から

細分化していく科学、遠くなっていく専門家と市民。
深く深く穴を掘っていくうちに、何の穴を掘っていたのだかわからなくなるような……。
しかし、コトは互いに関わり、また、関わることをやめることはできません。
専門特化していくことで見えてくることと、少し引いて全体を俯瞰することで見えてくること。
時は明治。一人の目による、ものの見方に学ぶことはあるのではないか。
編集部のリクエストがかない、連載がスタートしました。毎週金曜日に掲載いたします。