地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第268回 日高貢一郎さん:高校生が「方言」を活かして商品化~山口県防府市~

2013年8月24日

山口県の代表的な方言としてよく挙げられるものの一つに、「幸せます」という言い方があります。丁寧な意味あいは何となくわかるものの、共通語だと「幸せです」と言いますから、共通語からすると、ちょっと変な? 変わった? 表現です。

が、山口では〔幸いだ、助かる、都合が良い、うれしく思う、便利だ〕といった意味あいでひんぱんに使われており、学校や役所からの文書に「○月○日までにご回答いただくと幸せます」「ご多忙とは存じますが、多数ご参加いただければ幸せます」といった表現が見られるなど、地元では方言だという意識が薄く、共通語だと思っている人も少なくないということです。

町おこし・村おこしに「方言」を活用しているところは、全国各地にあると思われますが、防府市では平成22年、防府商業高校(現在は防府商工高校)の生徒たちが提案して、「幸せます」を地域のブランドにし商品の名前につけて町おこしに活用しようという取り組みが始まりました。そして、それに賛同した市の商工会議所によって、「幸せます」が商標登録されました。

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【写真1】「幸せます」のロゴ  写真提供:防府商工会議所
【写真1】「幸せます」のロゴ
写真提供:防府商工会議所

「幸せます」のロゴや名前を使いたい企業は商工会議所に申請し、《それを利用した人が「幸せだ」と感じるような商品やサービスである》と認定されれば、「幸せます」ブランドとして使えるようになります。利益は地元企業に還元され、これまでに『幸せますクッキー』や『幸せます外郎』などのお菓子類をはじめ、弁当やコーヒー、ポロシャツや長襦袢、銀行の預金、などのほか、『幸せますクレーン作業車』『幸せます引っ越しバリューパック』など、すでに50種もの商品やサービスが認定されています。防府市の中心部にある商店街も、「幸せます通り」と改称されました。

【写真2】『幸せますパフェ』
写真提供:防府商工会議所

山口県防府市の高校生たちが、この「幸せます」を活かした商品の開発に取り組み、新しいお菓子『幸せますパフェ』を誕生させました。

女子高校生2人が、学校近くの喫茶店の協力を得て新しいお菓子作りに挑戦。あれこれ試行錯誤の末に、「しあわせ」ということばから「四合わせ」という語呂合わせを考え、アイスクリーム、ムース、ケーキ、ゼリーの4つの層を重ねたパフェを考案。しかもいちばん下の層には「幸」と書いたキャンディーを入れてサプライズを演出し、これを食べると豊かな気分になって「幸せ」が「増す」というストーリーも加えて完成させました。

商工会議所での審査でも好評で、その喫茶店以外でも、「防府市内の店」で、「4層以上」で「地元産のものを入れた」パフェであれば、どの店でも『幸せますパフェ』と称することができる、ということになりました。今では、これまであまりパフェを食べたことのなかったお客さんも興味を持って注文することが多くなっているということです。

なお、「幸せます」から丁寧の「ます」を除いた基本形は、古語の「しあわす」(為合わす・仕合わす)〔意味:つじつまを合うようにする、~をうまく間に合わせる、二つの物や事柄をぴったり合うようにする〕が、「しあわせる」と変化したものだと考えられます。語形は、最近では「しあわす」よりも「しあわせる」のほうがよく使われ、漢字で書くときには「幸せる」「仕合せる」の両方の表記がありますが、「幸せる」のほうがよく使われているということです。

《参考》
① 「幸せます」について詳しくは、防府商工会議所のホームページの「防府ブランド幸せます」を参照。
  //shiawasemasu.jp/
② 「方言」が商標登録された事例は、山本特許事務所のホームページを参照。
  //yamamotopat.com/blog/brand-blog/dialect/
③ NHKラジオ第1放送の「ここはふるさと旅するラジオ」で「幸せます」が紹介されたときの体験記「アナウンサー旅日記」が、次に載っています。
  //www.nhk.or.jp/furu-tabi/80chan/past/diary/20120516.html
④ NHKオンラインのホームページ「トクする日本語」の「幸せます」も参照。
  http://www.nhk.or.jp/kininaru-blog/149216.html

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 日高 貢一郎(ひだか・こういちろう)

大分大学名誉教授(日本語学・方言学) 宮崎県出身。これまであまり他の研究者が取り上げなかったような分野やテーマを開拓したいと,“すき間産業のフロンティア”をめざす。「マスコミにおける方言の実態」(1986),「宮崎県における方言グッズ」(1991),「「~されてください」考」(1996),「方言によるネーミング」(2005),「福祉社会と方言の役割」(2007),『魅せる方言 地域語の底力』(共著,三省堂 2013)など。

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。