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「百学連環」を読む:方法とはなにか

2013年 9月 6日 金曜日 筆者: 山本 貴光

第124回 方法とはなにか

 「体系(system)」の話を終えて、次は「方法(method)」の検討に入ります。といっても、「体系」と比べると「方法」の議論はあっさりしています。「方法」を論じるくだりは、わずかに次の一文だけなのです。

method ち方法は regular mode peculiar to anything to be done にして、何事にもあれ條理立チ順序ありて極りたる仕方なり。

(「百學連環」第50段落第9文)

 英文には、例によってその左側に訳語が添えてあります。

 regular  極リタル
 mode  仕方
 peculiar  適當シタル
 anything  何事ニテモ
 done  爲スベキ

 また、細かいことですが、ここに出てくる英文と同じ文が、「百学連環覚書」にも記されています。そこでは、anything ではなく、”any thing”と2語になっています(『西周全集』第4巻、331ページ)。

 では訳してみましょう。

「方法(method)」とは、「どんなことであれ、なにかをする際に、そのことに固有の決まったやり方」のことだ。何事であれ、条理と順序があり、決まった仕方である。

 現代語訳では、英語の引用部分も日本語に訳出していますので、それに続く西先生の日本語による言い換えと重なって、やや冗語になっています。いずれにしても、なにかを行う際に、そのものごとに合わせて決められた手順というほどの意味ですね。

 西先生が、学には「体系」があり、術には「方法」があると言っていたことを思い出しましょう。また、method という言葉の語源について、第112回「雷の三段階」で述べたように、method とは、もともと古典ギリシア語で「道に沿ってゆく」というほどの意味でした。

 つまり、なんらかの術を行う際には、その術固有の道に沿って進んでゆくというわけです。それは、かつて道なき場所を先人が切り拓き、踏み固めてできた通り道であり、道があることで、私たちはそこを歩いてゆきやすくもなり、結果的に目的地へも到着しやすくなるのでした。ある術の方法を学び習得することで、その「方法」、道に沿って目的に向かって進めるようになる、という次第です。そう考えると、method とはなんとも含蓄のある言葉ではないでしょうか。

 さて、もう一つ検討しておきたいのは英文の出所です。本連載でお世話になっている1865年版の『ウェブスター英語辞典』を見ておきましょう。method の定義は三つ出ており、その最初にこう書かれています。

1. An orderly procedure or process; a rational way of investigating or exhibiting truth; regular mode or manner of doing any thing; characteristic manner.

(Noah Webster, An American Dictionary of the English Language, 1865, p.834)

 太字部分にご注目ください。西先生による英文とは異なっていますが、文章のかたちはとてもよく似ています。並べればこうなります。

百学連環:regular mode peculiar to anything to be done
英語辞典:regular mode or manner of doing any thing

 ご覧のように、西先生の文では、peculiar という語があって、これは上記の辞書には見られません。また、辞書では”mode or manner”と複数の語を挙げていますが、西先生の文では mode だけです。

 この違いはなにによるものか。西先生が実際に参照していた書物は、私たちがこの連載で参考にしている1865年版の辞書とは違うものであるという可能性もあります。その特定には、さらなる調査が必要ですが、いまは措きましょう。

 以上のように「方法」について述べたうえで、改めて「体系」と「方法」についてまとめられます。

凡そ學に規模なく術に方法なきときは學術と稱しかたしとす。

(「百學連環」第50段落第10文)

 訳します。

もし学に体系がなく、術に方法がない場合は、学術とはいえない。

 これは、第119回「体系と方法」で、「學には規模たるものなかるへからす。術には方法たるものなかるへからす」と述べたことと呼応しています。「体系」と「方法」の説明を終えるにあたって、いま一度強調したのだろうと思われます。

 さて、次回からは、いよいよこれまで読んできた「百学連環総論」全体のまとめに入ります。

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=卽(U+537D)

◆この連載のほかの回をお読みになる方は⇒「「百学連環」を読む」目次へ

筆者プロフィール

山本貴光(やまもと・たかみつ)

『コンピュータのひみつ』(朝日出版社) ジマーマン+サレン『ルールズ・オブ・プレイ』(ソフトバンククリエイティブ)文筆家・ゲーム作家。
1994年から2004年までコーエーにてゲーム制作(企画/プログラム)に従事の後、フリーランス。現在、東京ネットウエイブ(ゲームデザイン)、一橋大学(映像文化論)で非常勤講師を務める。代表作に、ゲーム:『That’s QT』、『戦国無双』など。書籍:『心脳問題――「脳の世紀」を生き抜く』(吉川浩満と共著、朝日出版社)、『問題がモンダイなのだ』(吉川浩満と共著、ちくまプリマー新書)、『デバッグではじめるCプログラミング』(翔泳社)、『コンピュータのひみつ』(朝日出版社)など。翻訳書:ジョン・サール『MiND――心の哲学』(吉川浩満と共訳、朝日出版社)ジマーマン+サレン『ルールズ・オブ・プレイ』(ソフトバンククリエイティブ)など。目下は、雑誌『考える人』(新潮社)で、「文体百般――ことばのスタイルこそ思考のスタイルである」、朝日出版社第二編集部ブログで「ブックガイド――書物の海のアルゴノート」を連載中。「新たなる百学連環」を構想中。
URL:作品メモランダム(http://d.hatena.ne.jp/yakumoizuru/
twitter ID: yakumoizuru

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【編集部から】
細分化していく科学、遠くなっていく専門家と市民。
深く深く穴を掘っていくうちに、何の穴を掘っていたのだかわからなくなるような……。
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専門特化していくことで見えてくることと、少し引いて全体を俯瞰することで見えてくること。
時は明治。一人の目による、ものの見方に学ぶことはあるのではないか。
編集部のリクエストがかない、連載がスタートしました。毎週金曜日に掲載いたします。

2013年 9月 6日