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絵巻で見る 平安時代の暮らし 第12回

2013年 9月 14日 土曜日 筆者: 倉田 実

第12回『年中行事絵巻』巻四「賭弓」を読み解く

場面:賭弓(のりゆみ)
場所:紫宸殿南庭の西側
時節:1月18日

(画像はクリックで拡大)

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人物:[ア]冠直衣姿の帝 [イ]侍臣 [ウ]上卿 [エ][オ]射手 [カ]的付(録的。まとつけ) [キ]左近衛府の武官 [ク]右近衛府の武官 [ケ]左兵衛府の武官 [コ]右兵衛府の武官

建物:Ⓐ紫宸殿(ししんでん) Ⓑ紫宸殿十八級の御階 Ⓒ射場(いば) Ⓓ無名門(むみょうもん) Ⓔ大宋屏風(たいそうのびょうぶ) Ⓕ倚子(いし) Ⓖ弓場殿(ゆばどの) Ⓗ校書殿(きょうしょでん) Ⓘ月花門(げっかもん) Ⓙ安福殿(あんぷくでん) Ⓚ回廊 Ⓛ永安門(えいあんもん)

庭上:①右近の橘 ②裾(きょ) ③的付の座 ④弓 ⑤平胡簶(ひらやなぐい) ⑥太刀 ⑦鞆(とも) ⑧弓・矢 ⑨上卿(しょうけい)の座 ⑩的(まと) ⑪垜(堋。あずち) ⑫・⑬幔 ⑭巻纓(けんえい)の冠 ⑮緌(おいかけ) ⑯衝重(ついがさね) ⑰筵 ⑱半畳(はんじょう) ⑲兵部省官人の座

絵巻の場面 この場面は、何を描いているのでしょうか。画面右上で二人が④弓を射ていますね。これは、1月18日に行われた賭弓と呼ばれる儀式を描いています。賭物(のりもの)[注1]が出されて弓の勝負をしますので、このように呼びます。賭弓には、天皇の出御(しゅつぎょ)があり、王卿(親王と公卿)が臨席し、弓を射る人(射手)は、左右の近衛府・兵衛府の武官です。競射が儀式の中心ですが、臨席した王卿や、射手の武官たちなどには、天皇から、饗饌(きょうせん。もてなす膳)が供されます。画面下部は、射手たちへの饗饌の様子です。賭弓は、武力で天皇に奉仕することを確認する儀式で、それによって天皇と官人たちとの秩序を明確にするという意味があったようです。ですから、饗饌も用意されるのです。それでは具体的に、この場面を見ていきましょう。

賭弓が行われる場所 賭弓が行われているのは、どこになるでしょうか。画面の左右は少しカットしていますが、これだけでも判断できます。画面右下の角が分かりやすいでしょう。はっきり数えられませんが、段数(級数)の多い階(はし)がありますね。これは、平安京内裏の中心となるⒶ紫宸殿の、南面にあるⒷ十八級の御階になります。そうしますと、その横にある木は、「左近の桜」と対になる①「右近の橘」です。すなわち、紫宸殿南庭(だんてい、なんてい)の西側が賭弓の場でした。紫宸殿と南庭は、天皇が支配する最も重要な内裏の空間でした。

弓場殿(射場殿)の帝 それでは、天皇はどこにいるのでしょうか。画面右上を見てください。Ⓔ大宋屏風[注2]を横にしてⒻ倚子に座る[ア]の人が見えます。内裏の行事で倚子に座れる人は天皇だけですので、ここに座っているのが天皇なのです。この一画はⒼ弓場殿(射場殿)といいます。Ⓗ校書殿と呼ぶ殿舎の東廂北側に張り出した東面する方一間の建物で、天皇の観覧席として他の行事でも使用されます。絵でははっきりしませんが、賭弓ではここに弓矢を置く台が据えられます。賭弓は、天皇自らも弓矢を帯して御覧になるところに意義があるのです。

臨席する臣下 続いて、射場殿の右側を見ましょう。立っている四人の束帯姿が見える所が、Ⓓ無名門で、この奥が「侍臣の座」になります。この手前に束帯姿が座っている所は、⑨「上卿(行事の責任者となる公卿)の座」で、近衛の大将や兵衛の督(かみ)、あるいは大臣などが居並びます。実際の絵には五人座しています。そして、その前にも⑧弓・矢が置かれます。大将たちも、射ることはなくても弓矢を持つのです。

賭弓の設営 12_noriyumi_allnum_a.png次に、賭弓の設営の様子を確認しましょう。画面の上部です。矢を射る所がⒸ「射場」で、④弓をつがえた[エ]射手が二人、その後ろには、[オ]次の者が立って控えています。65メートルほど離れた、画面左上には⑩的を掛ける⑪垜が築かれます。矢の流失を防ぐためで、木を交差させた山形を布で覆い、屋根が付きます。射場のもとで、②裾(きょ)を引いた二人の束帯姿が座っている所は、③的付の座です。ここで兵部省の録(さかん。四等官)が勝負の記録をとります。この他に、⑫・⑬の幔の西側にも賭弓用の設営がありますが、画面に見えませんので省略します。

射手と競射 さらに射手を見ましょう。⑭巻纓の冠をかぶり、⑮緌[注3]を付け、矢を入れた⑤平胡簶を背につけて④弓を持ち、近衛のみ⑥太刀を帯びています。武官の正装です。[エ]の射手の左腕には、⑦鞆[注4]が巻かれています。射手は、近衛府の将監(しょうげん。三等官)以下から左右10人ずつ、兵衛府の尉(じょう。三等官)以下から左右7人ずつが選ばれます。「荒手結(あらてつがい)」、「真手結(まてつがい)」と称する下稽古を行ってから賭弓の日を迎えます。射手の名簿は、当日、競技に先だって天皇に奏上され、これを「射手奏(いてのそう)」と言います。名簿の奏上は、配下の確認となる重要な儀礼でした。

 Ⓒ射場には左右一人ずつ入り、近衛・兵衛の順に競射します。これを十度行い、それぞれで結果を出し、総計しました。一度ごとに勝ち方に天皇から「賭物」が下され、負け方は罰酒を飲まされました。「賭物」は、多く衣類でした。

饗饌の場 矢を一度射る間に、饗饌が用意されます。王卿にも供され、射手たちには、画面下のように座が設営されます。紫宸殿側から、[キ]左近衛・[ク]右近衛・[ケ]左兵衛・[コ]右兵衛の順で、二列ずつ背中合わせに⑰筵に座ります。それぞれの前には、⑯衝重[注5]を据え、菓子・干物を盛り、土器(かわらけ)に箸が添えられます。⑬幔の手前に、⑰筵に⑱半畳を置いた四つの席は、それぞれの次官たち、すなわち近衛の中将か少将、兵衛の佐(すけ)用でした。こうした場に参加できることは、武官にとって、名誉であったことでしょう。

勝負の結果 勝負が決しますと、勝ち方は、笛や太鼓で奏せられる「乱声(らんじょう)」を行い、左が勝てば「羅陵王(らりょうおう)」、右が勝てば「納蘇利(なそり)」という舞がされ、賭弓の終了となります。これらのことは、絵巻では描かれていません。

 賭弓に勝ったほうの大将は、自邸でも饗饌がされました。これを「還饗(かえりあるじ)」「還立(かえりだち)」と呼び、『源氏物語』などにも用例があります。しかし、費用がかかって嫌われるようになり、平安時代後期には行われなくなりました。

他の弓を射る競技 賭弓は、馬上で射る騎射(うまゆみ)に対して、徒歩(かち)による歩射(かちゆみ)の一つです。歩射には、主に10月15日に同じ場所で行われた「弓場始(ゆばはじめ)」「射場始(いばはじめ)」と呼ばれる行事がありました。公卿や殿上人が束帯姿で弓を射る行事です。また、「殿上の賭弓」と呼ぶ、殿上人などに弓を射させる臨時の遊興もありました。騎射も含めて、多様な弓の競技は、平安時代の重要な儀式なのです。

*2017年2月22日に一部、修正を行いました。

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  1. 勝負の際に賭ける金品。
  2. 天皇の御座の周りに立てる屏風。中国人の打球の絵が描かれる。
  3. 冠に着け、顔の左右を覆う半月状の飾り。
  4. 弓を射る時に左手首に巻きつける革製の道具。弦が手首を打つのを防ぐ。
  5. 食器用の台。
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◆この連載のほかの回をお読みになる方は⇒「絵巻で見る 平安時代の暮らし」目次へ

【筆者プロフィール】

『全訳読解古語辞典』■文:倉田実(くらた・みのる)
大妻女子大学文学部教授。博士(文学)。専門は『源氏物語』をはじめとする平安文学。文学のみならず邸宅、婚姻、養子女など、平安時代の歴史的・文化的背景から文学表現を読み解いている。『三省堂 全訳読解古語辞典』『三省堂 詳説古語辞典』編集委員。ほかに『狭衣の恋』(翰林書房)、『王朝摂関期の養女たち』(翰林書房、紫式部学術賞受賞)、『王朝文学と建築・庭園 平安文学と隣接諸学1』(編著、竹林舎)、『王朝人の婚姻と信仰』(編著、森話社)、『王朝文学文化歴史大事典』(共編著、笠間書院)など、平安文学にかかわる編著書多数。

■画:高橋夕香(たかはし・ゆうか)
茨城県出身。武蔵野美術大学造形学部日本画学科卒。個展を中心に活動し、国内外でコンペティション入賞。近年は辞書の挿絵も手がける。
※本連載の文・挿絵の無断転載は禁じられております

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【編集部から】
三省堂 全訳読解古語辞典』『三省堂 詳説古語辞典』編集委員の倉田実先生が、著名な絵巻の一場面・一部を取り上げながら、その背景や、絵に込められた意味について絵解き式でご解説くださる本連載。次回からは、「寝殿造」について詳しく取り上げる連続シリーズが始まります。ご一緒に、平安貴族の邸宅の中を探検しませんか。どうぞお楽しみに。

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◆紙面例:おんやうじ(クリックで拡大)

【『三省堂 全訳読解古語辞典』について】
このたび大改訂した学習用古語辞典のベストセラー『三省堂 全訳読解古語辞典』〈第四版〉では、ワイドな絵巻型の図版と、絵解き式のキャプションが採用されています。

 

 

 
2013年 9月 14日